第15話 チートで仲介してみる
ドワーフ。
鍛冶仕事を好む、短躯頑健の種族。
ラノベとかで親の顔より見た存在。
そのドワーフが不意に、本当に突然話しかけてきた。
「キミ。
少しいいかね?
ここに解体屋が開業するのかね?」
『あ、はい。
今日、明日辺りから仕事を始めようかと。』
「キミは丁稚さん?
親方はおられるの?」
『はい、見習い丁稚のチートと言います。
外回りを担当しております。
師匠は備品の買い出しに行っております。
もうすぐ帰ってくるかと。』
「おお!
助かった。
ワシら冒険者ギルドを出禁になっとてな。
ギルド内の解体サービスを受けられないんだよ。
で、さっき街に帰ってきたら行きつけの解体屋が閉店しとったから。
途方に暮れておったんだよ。」
『失礼ですが、ホプキンス部材会社のお客様でしょうか?』
「ん? そうだけど。」
『ここは支店長のバランが独立して開業した工房なんです。』
「おお!
ここバラン君の店かぁ!
独立したんだなぁ。
いやあ、おめでとう!
彼の様な腕利きは雇われで終わっていいわけがないんだよ。」
『ありがとうございます。』
「カイン、ゲレル。
荷台を搬入してくれ。」
ドワーフが背後にいた男女に指示を出して荷下ろしを始める。
「この獲物はな、キミの師匠でないと捌けないかも知れない。」
『珍しい魔物なんですか?』
「フレイムキマイラだ。
東方から流れて来た個体らしくてな。
雌雄一対を狩ってきた。」
うおおお。
ファイナルファンタジーに出て来そうなコテコテした魔獣の遺骸だ。
滅茶苦茶デカいな。
こんなのを倒せるのか?
流石ドワーフ。
「ワシの名前はゲド。
冒険者ギルドは資格停止中。
ドワーフの里からは永久追放中。
只のゲドだ。」
凄いなこの人。
この手短な自己紹介で只物では無いことが分かる。
などと言っている間にバランとラルフ君が帰って来て、ゲドと談笑を始めた。
相性は良いらしい。
「フレイムキマイラだよ。
狩ってる時は夢中でそこまで考えなかったんだけど。
キマイラと部材単価違うんだろうか?
どこで売ればいいとか知ってる?」
「いえ、フレイムキマイラ自体初めて見ました。
かなり東の魔物ですよね。
解体の要領はキマイラと同じだと思うんですが…
ラルフ2番包丁。」
「はい!」
通常のキマイラとは、見た目が全然異なるのが不安要素らしい。
部下のカインさんは騎士時代にフレイムキマイラの討伐任務に従事した経験はあるのだが、軍隊行動だったのでその死骸がどうなったかまでは覚えていないということ。
ゲレルさんは遥か北方の遊牧民であり、これまたフレイムキマイラは初見。
羽根とか奇麗なので、何らかの値段が付きそうな気もするが…
「何か儲かりそうだからノリで狩ってみたんだが…
どの部位が材料需要あるんだろうか?
え?
もう魔石取れたの?
美品? え? 早? マジで?」
「ゲドさん。
毒袋の位置に見慣れない部位があるんですけど…
心当たりありますか?」
「ああ、コイツら生意気にも火を吐くんだよ。
それじゃね?
結構遠くから火炎放射してきやがってさあ。
盾が焦げちまったよ。」
「うーん、これどこで買い取りしてくれるんだろう?」
そんなやり取りが聞こえたので、俺はふと思い立ち自室から《魔石取扱マニュアル》を持ってきた。
「兄弟子、それは?」
『昔の本だよ。
ゴードンさんの店で購入してさ。』
「いやあ、昔の本とかいうレベルじゃないですよ。」
「うむ。
それはかなり年代物の古文書だな。
それこそ皇帝時代の書籍じゃないか?」
『神聖歴23年って書いてます。
これって古いんですか?』
「ワシの御先祖様がアンタらの御先祖様とドンパチやってた頃じゃな。
ここに居るゲレルの先祖が世界中を荒らしまわってた頃。」
「ああ、歴史の授業で習ったなあ。
俺成績悪かったから細かくは知らんけど。」
「ドワーフ的にもかなり昔の話だよ?
いやワシも勉強嫌いだから、正確にどれくらい古いかは知らんけど。」
「アタシの部族の言い伝えで帝国皇帝は何度も出て来る。
いや、アタシは人の話を聞かない方だから正確なことは知らないけどさ。」
要はかなり昔の書籍である事だけが判明するが、ここに教養人が居ないので正確な事情はわからない。
学校教育って大事だな。
『本の価値は後で調べましょう。
その魔物の名前はフレイムキマイラでいいんですよね?』
「あ、うん。
ワシらの地元ではみんなそう呼んでたけど。」
『バーニングキマイラという魔物なら記載されてるんですが。』
「ああ、それ昔の言い回しだな。
時代劇には《バーニング~》って魔物が出て来るんだ。」
「劇とか見てたたらありますよね。
バーニングドラゴンとかバーニングオックスとか。」
「あるあるw
子供の頃、憧れたわ。」
皆の話を聞く限り、この本で説明されている《バーニングキマイラ》というのは現在の彼らが《フレイムキマイラ》と呼ぶ生物で間違いないだろう。
そうか…
チートで本を読んだ所で、俺がこの世界の常識を知らない以上、1人で読み込むのは不可能だな。
『すみません。
【火炎を吐く為の《燃焼袋》が舌の根本に存在する】
と書かれているのですが…
それは該当しそうですか?』
「間違いない!
舌の奥に繋がっていた!」
「おお! 凄いなキミ!
で、《燃焼袋》についての説明は書いてあるのかい?」
『はい。
【目先の利益に捉われず、火炎魔法用杖の材料か大型暖房機の製造の為に取り置きすべし】
と説明書きがあります。』
「魔法かぁ…。 そっちは駄目だな。
でも大型暖房機なら帝都で売れる?
単価が高い事は解るんだけど…
えー、ワシにはちょっと思いつかんなあ。」
『俺、後で冒険者ギルドに行って来ましょうか?』
「あ、そっか。
ここの工房名義なら普通に鑑定して貰えるし、売れるのか。
なあ、バラン君。
物は相談なんだが、この部材アンタらの名義で売ってきてくれんか?
勿論、解体料+名義料を抜いて貰って構わない。
ワシらは腕には自信があるんだが、商人の様に上手な取引が出来んのだ。」
「じゃあ、後でギルドに顔を出してみます。
チート任せるから、その本を読みこんでおいてくれ。
売れそうな部位や用法が知りたい。
はい、頭部完了。」
「バラン君、本当に手際がいいな!?
いや! キミ凄いよ!?」
「いえ、ゲドさんの血抜きと臓物抜きが完璧だからですよ。
理想的な下処理です。
討伐部位の尻尾、どうしますか?」
「どのみちワシらは売れないから。
他のパーティーに何とか売れないだろうか?
勿論、安く譲るつもりだよ!」
「では、取り敢えずこっちに除けておきます。
ラルフ、トレーに置いて拭き取り。」
「はい!」
『師匠。
【ご存じの通りバーニングキマイラの皮は特に火炎耐性が高い】
【羽根の鱗粉は強化薬の材料として知られる】
【爪は発色性が高いので砕いて顔料とする。】
とも書かれてました。
ゲドさん、どうですか?』
「ああ、言われてみれば耐火系の大盾って皮みたいなのが貼ってるな。
今まで意識したことなかったけど。
強化薬は聞いたことない…」
「ステータスアップ関連の薬品でしょうか?
あ、ゲドさん。 解体した爪、そこの小さなトレーに並べておきます。」
「うーん。
経験値系かなあ?
薬剤師に知り合いが居れば聞けるんだが。」
『あ、最後に。
【オーク族には骨を煮込んで粘液を抽出する習慣がある】
と追記されてます!』
「じゃあ、バラン君。
一応骨もお願い出来ますか?」
「ですね、念の為ストックしましょう。」
話ながらもバランは物凄いスピードでフレイムキマイラを解体し終わり。
部位毎にトレーに並べた。
「おいおい! バラン君、早すぎだろ!?」
「優秀なアシスタントが来てくれましたから。
あそこの、ラルフ君。
多分優秀な職人になると思いますので、贔屓にしてやって下さい。」
「そっかあ。 今までワンオペだったもんなあ。
助手1人増えるだけでここまで作業が捗るのか。」
「今だから言える事ですけど。
自分より大きな生き物を一人で解体するって無茶でしたよ。
手の届かない所に手を回さなきゃ行けないんですから。」
「うん、素人目から見ても。
あれは可哀想だった。」
解体が一段落した様子なので、俺は隣の冒険者ギルドに顔を出す。
何人か見覚えのある人が手を振ってくれたので、少しずつ俺もこの街に馴染めてるのかも知れない。
大きく貼りだされている買取表には《キマイラ》は記載されているのだが、《フレイムキマイラ》が書かれていない。
《キマイラ系》で一まとめにされてしまうのだろうか?
ラウンジの隅っこに魔石売買メンバーがたむろしていたので、親し気に声を掛けてくれたお爺さんに《フレイムキマイラ》の相場を尋ねる。
どうもキマイラとは別軸で相場が動いているようで、希少価値の高さから製薬業界が欲しがっているとのこと。
底値ラインは150万ウェン。
お爺さんに礼を言って、その場を立ち去ろうとすると若い冒険者に話し掛けられる。
確かアンダーソンのメンバーだ。
「チートさん。
今、フレイムキマイラの話を小耳に挟んだんですけど。」
『えっと、マルコさんですよね。
え?マルロさん? 失礼しました。
はい、ウチにフレイムキマイラが持ち込まれたんですけど、討伐部位を持て余してて。』
「え? 普通にギルドに報告したら懸賞金出ますよ。」
『あ、いや。
そのパーティーが出禁中らしくて…』
「ああ、ゲドさん案件ですか…」
『あの人、何をやらかしたんですか?』
「売春婦を無礼討ちにしちゃったんですよ。
ギルドの玄関前で。」
『え? それって地味にヤバくないですか?』
「派手にヤバいですね。」
『よく捕まりませんでしたね。』
「ほら売春は厳禁なんで、法律的にはギリギリグレーなんですが…
まあ道義的に完全にアウトなんで…」
『なるほど。』
「ああ、それでレアモンスターを討伐したけど困ってる、と。」
『誰か買い取ってくれたら…
ってゲドさんは仰ってたんですよ。』
「うーーん。
討伐部位の売買かぁ…
現場では行われることもありますけど…
地味にグレーですよ?」
『ですよねー。』
「ウチのボスが奥で食事してるんで聞いてきます。」
根が親切なのだろう。
マルロさんは廊下の向こうに消えていく。
それにしてもゲドさんやべーな。
俺が暇つぶしに【皆の心を読んでいる】と奥からアンダーソンがドタドタ駆けてくる。
口をモシャモシャ動かしながら小走りしてきているあたり、やや多動症気味なのかも知れない。
「モグモグ、ゴクン!
チート君! 探したんだよ!
いつもの場所に居ないから!」
『すみません。
店舗を確保出来たので、急遽そこにバランギル工房を開業することになったんです。
宿も引き払ってしまって。』
「え!? マジ!?
おお、開店おめでとう。
ロングスネーク荷台に積みっぱなしなんだけど、行ける?
あ、80匹チョイあると思う。」
この男… 味を占めたな。
こちらがスキルを発動するまでもなく
【もうゴチャゴチャ考えずに、とにかくバランに持ち込んだらええわ。】
という心の声が聞こえてくる。
詳細計算は放棄したらしい。
『あの。
俺はよくわからないんですけど…
冒険者さんの間で討伐部位の売買とかOKなんですか?』
「え? 勿論、駄目だけど。
でも、みんなやってるよ。
ほら。
ランク上げたい奴が高レベル魔物の部位を買って、自分が討伐したことにしたりさ。
冒険者の風上にも置けないよなあ。」
『フレイムキマイラの尻尾2本を売りたがってる人が居るんです。』
「え? ひょっとしてゲドさん?」
『あ、はい。』
アンダーソンが声をひそめる。
「幾らで売ってくれるの?」
もの凄く真剣な顔だ。
風上に置けない男だな。
『ゲドさん、隣に居るんですけど。
お話されます?』
「うん、する。」
と言う訳でアンダーソンを工房に招く。
「おお、アンダーソン君! 久しぶりだね!」
「ゲドさん! どもどもどもです。
ってバランさん、凄いところに工房を構えましたね。」
「いきなりで悪いんだけど、フレイムキマイラの尻尾、買ってくれない?」
「幾らくらいっすか?」
「10万でどう?」
「2本で?」
「え? 合計だと20万だけど…」
「え? じゃあ1本10万じゃないっすか?」
「え? そうだけど。」
「え? いやあ。 それじゃあリスクとリターンが見合って無いというか…」
「じゃあ幾らがいいの?」
「2本で10万なら、この場で払います。」
「うーん、それってキミ。
右から左に動かしただけで大儲けじゃない?」
「いやいやいや!
なんかあった時、ウチのパーティーが責任被るんですよ?」
「いやいやいや!」
「いやいやいや!」
埒が明かないので、双方の心を読んでみる。
アンダーソンの【本音買取価格上限2本17万ウェン】。
ゲドの【本音売却価格下限2本13万ウェン】だったので、調整に入る。
お互い3万ずつのバッファを持たせて交渉していたらしい。
『ゲドさん、もしも売り手が見つからなかった場合
俺が2本15万ウェンで買い取りします。』
「え? ワシはすっごく助かるけど。
冒険者じゃないと討伐報酬貰えないよ?」
『なので他の冒険者さんで欲しい人を自腹で探します。
アンダーソンさんの気が変わったら、この値段のままでお譲りしますよ。』
「え? マジ!? 買う買う、欲しい欲しい!」
『じゃあ。
お二人とも納得されておられるみたいなので
2本15万で取引されませんか?
丁度お二人の希望価格の中間ですし。
お互いにとって損では無いと見受けました。』
二人とも不思議そうな顔をしていたが、納得したらしくアンダーソンが金貨を取り出す。
円満とまでは行かないが、まあスムーズな取引だ。
「バラン君よ、アンタいいお弟子さんを捕まえたね。」
「自慢の相棒なんですよ。」
ゲドとアンダーソンはやや打ち解けたのか、フレイムキマイラの換金方法について盛り上がる。
で、結局出た結論は「バランギル工房に丸投げした方が儲かるんじゃね?」というものだった。
マルロさんがロングスネークを搬入してきたので、バランはそちらの解体に移る。
「ラルフ。 今日は店じまい。 搬入口のシャッターも下ろそう。
チートはフレイムキマイラ頼む。
売り先探って来てくれ。」
『あ、報告遅れました。 美品魔石は150万が底値とのことです。
これは魔石市場よりも製薬関連に直接交渉した方が良いかも知れません。』
「え?
じゃあ、この2つで300万確定ってこと?
いや、チート君仕事が早いわ。
本は読めるし、交渉も上手いし。
若いのに大したもんだ。
バラン君。
アンタ本当に当たりを引いたな。」
『恐縮です。
それでは皮・燃焼袋・鱗粉・爪・骨の5部位を探って来ます。』
俺は礼も兼ねてゴードン道具店に向かう。
奥様も店頭におられたので、まずは先日の礼を述べようとする。
『あの書籍、助かりました!
早速仕事に活用出来てますよ!』
本心からの礼だったが、老夫婦は困った様な表情でこちらを見ている。
『あ、すみません。
俺、また何かやっちまいました?』
「チート君、アレ読めたんだ。
てっきり私は美術品として購入したのかと…」
『あ、すみません。
何となく読めちゃったというか…
今日も本で読んだ部位が手に入ったので、相談に上がったと言うか…』
「チートさん。
あの本は、帝都で考古学を専攻した人にしか読めないものよ?
専攻外の学者になると、辞書と睨めっこしてようやく解読するの。」
『あ、そうなんですか。
なんかすみません。』
「貴方、帝都の大学にでもおられたの?」
『あ、いえ。
恥ずかしながら、ちゃんと学校に行った事がなくて。
教育を受ける機会はあったのですが、怠けてしまっていたと言いますか。』
「あら。 勤勉な方だと噂になってますよ。」
『きっと今の職場を気に入っているからではないでしょうか?
みんなの役に立ちたいので。』
「ああ、それは素晴らしいことだな。
自分に合った職場なんて中々巡り合えるものじゃない。」
『詮索はしませんが、もしも勉強をやり直したいなら
商都の市民権を入手される事をお勧めします。
あそこには立派な図書館もありますし。』
「うーん、実はですね。
昨日、こっちの市民権を買ってしまったので…」
俺はモリソン親子との取引顛末を説明する。
「忙しい男だな。
で、早速希少部位に行き当たったと。」
『はい。 フレイムキマイラが2頭入ったのですが…』
老夫婦が顔を見合わせる。
『あ、まずかったですか?』
「いえ、私の様に製薬を生業にする人間にとってはね?
フレイムキマイラの魔石は無理をしてでも仕入れたいものなよ。
どうせバランさんのことだから…」
『はい。 2頭とも美品魔石です。
《燃焼袋》も二つとも綺麗な状態に見えました。
爪・骨・鱗粉も全て揃ってます。』
「ああ、貴方本当に読めるのね。
そうじゃなければ骨をわざわざ残さないものね。」
『オーク族が粘液作りに使うと書いてありました…』
「あらあ、そこまで読み込めるんだ。
じゃあ話は早いわね。
バランさんのお店で直接買い取らせて貰えない?
勿論、他よりは高く買い取らせて貰うつもりよ。
それに、最初に声を掛けてくれたお礼に
私が秘蔵している書籍を貴方になら見せてあげてもいいわ。」
『え!?
それは助かります。
では、何時頃にご来店されますか?』
「この足で伺います。」
言うなり、ゴードン夫妻は店じまいしてしまった。
判断が早い。
そして30分も掛からず工房に戻った。
バランギル工房・ゲドパーティー・アンダーソンパーティー・ゴードン夫妻とかなりの大人数が一堂に会する。
初対面の者も多かったので、まずはペコペコ挨拶タイム。
そして本題。
ゴードン夫人がゲドに価格提示する。
「皮以外を買い取らせて下さい。
総額は820万ウェンを希望します。
高額なので白金貨(1枚100万ウェン)を用意してきました。」
とのこと。
金額を聞いてゲドが驚き、アンダーソンがコソコソすり寄って来る。
やっぱり冒険者って儲かるんだろうな。
3人で分配しても250万弱。
一年遊んで暮らせる金額だ。
ゲドは軽くメンバーの表情を見てから頷いた。
「ゴードン夫人。
この中からバランギル工房へ幾らか仲介料を払っても…」
「それは賛成。
区切り良く20万取って貰いますか?」
「それと…
プラスでこの皮を贈呈しても良いかな?
どれだけ高く売れても文句は言わんよ。」
「決まりですね。
私はゲドさんに820万支払い。
端数と同額の20万を工房に支払い。
バランさんはこれで宜しい?」
「異存ありません。
むしろ貰い過ぎて恐縮です。
部位の売り先が見つからないレア魔物に関しては、今後も仲介に徹しようと思います。」
「これからも私達を優先して下されば助かりますわ。
皮に関しては職工ギルドに相談される事を薦めます。
勿論、現物を持っている事は伏せたままでね。」
ありがたいアドバイスだ。
ゴードン夫妻は遊牧民のゲレルさんに部位ごと送迎されていった。
その間にもバランは淡々とロングスネークを捌いて行く。
美品率もかなり高い。
『アンダーソンさん。
忌憚の無い意見を伺いたいのですが。
魔石を解体料代わりに頂く方式の評判はどうでした?』
「うーん。
総額は確実に上がってるんだけど…
やっぱり感情的に反発するメンバーが居るんだ。
実際に出征するチームは納得してるんだけど、その家族とかバックオフィス組とか。
普段解体しない連中が、もう少し何とかならないか、って。」
『確かに。
実際触ってれば、解体難度はわかりますよね。』
「俺も練習してみたけどさ。
魔石を取りだすどころか、切る為に掴むだけで精一杯だよ。
ほら、後方の連中って切り分けられた部材しか見てないからさ。」
「アンダーソンさん。
美品10個出す度に1個贈呈するよ。
それで皆さんを納得させてくれませんか?」
「え? いいんですか?」
「アンダーソンさんの今期のロングスネーク限定だから。
皆には内緒にして下さいね。
後、どれくらい狩るつもりなの?」
「今年は最低でも500匹くらい狩れると思います。」
「じゃあ10分の1方式でも利益は出ますね?」
「はい、かなり助かります。」
「じゃあ今日は4つは確定ね。」
「本当に助かります!」
「明日の15時には仕上げるけど。
どうします?
明日はスネーク狩り行くんですか?」
「うーん。
装備の消耗激しいし負傷者も多いので
準備と部位売却に徹します。」
「あ、そうだ。
アンダーソンさん。
食肉って幾らで販売されてますか?」
「㌔300です。」
「ウチも300で買いますよ?」
「え!? 本当に?
助かります。
肉を運ぶの、正直疲れるんで…」
「じゃあ、明日の引き渡し時に重量測定しましょう。
これなら部下の方を納得させられそうですか?」
「ありがとうございます!
もうこれ以上の待遇は無い、と言い聞かせます。」
満面の笑みでアンダーソンは帰って行った。
マルロさんも明日の積み込みの打ち合わせを終えると帰って行った。
その後は4人で解体に精を出す。
と言っても俺は役に立たないので、皆の夜食を買い込んだり、回収屋を訪問してゴミ引き取り契約(月間7万ウェン)をしたりした。
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《バラン=バランギル》 ※アシスト2名
ロングスネーク81匹解体記録
所要時間501分
美品魔石66/キズ物魔石11/破損魔石4 (うち美品6つを依頼主にキャッシュバック)
美品毛皮73/キズ物毛皮7/破損毛皮1
美品毒袋79/キズ物毒袋1/破損毒袋1
食肉890キロ(買取相場は㌔300ウェン)
牙・尻尾(討伐部位)は略
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ギルドで様子を見て来たが、ロングスネークの相場はやや下がって65000円。
下落理由はどう考えてもアンダーソンパーティーの乱獲。
サービス魔石の6つも彼らはすぐに売り払ってしまうだろう。
3人で相談してしばらく寝かす事に決める。
平均6万で売りさばけたとしたら360万ウェン以上のキャッシュイン。
売値が1万上がるごとに60万ウェン利益が上乗せされるのだから、少しでも有利な相場で売りたい。
とりあえず放出ラインは8万5000ウェンに定める。
ゴードン雑貨店のように自前でポーションを作れれば儲かるのだろうか?
もっとも今は自前で肉を加工できるだけで十分だけど。
資格持ちのドランさんはスパイスジャーキー用の原液を職工ギルドに買いに行く。
指定の原液を使わないと卸市場が買い取ってくれない所為だ。
その日は想定以上に遅くなったので、仕事が終わるとシャワーを浴びて寝た。
次の日は目を覚ましたのが4人共昼だったので、やはり疲れが溜まってたのだろう。
バランを消耗させない為にも、1日の解体数に上限を設ける事にする。
『1日50匹を上限にしましょう』と俺が提案すると、バランは不服そうに「もっとやれる」と反論したが、ラルフ君に言わせるとそもそもが50頭だって超人的なオーバーワークだそうなので、納得して貰った。
かなり手持ちに余裕が出て来た。
理由は明白、テナント付き不動産を現金一括で激安取得したからだ。
バランギルという凄腕の職人が入居してくれているおかげで、仕事や情報のタネには全く困らない。
恐らく、かなりスムーズな異世界転移のスタートダッシュを切れたと言っても過言ではないだろう。
なので。
『女が欲しいです。』
と夕飯の食卓で素直に皆に打ち明けた。
「俺も。」
「俺も。」
「ボクもですよ兄弟子!」
と3人の賛成を貰う。
まあ男所帯だしね。
そりゃあ本音はそうなるだろうね。
『率直に申し上げると、皆のおかげでかなり生活の軌道に乗ったと感じてるんです。
少なくとも今日明日の心配はしなくて済む様になりました。』
「あ、わかる。
正直、余裕出来たよな。
割に合わない仕事は請けないようになったし。」
「相乗効果あるよな。
解体屋のオマエと乾燥屋の俺。
一緒のテナントで作業するだけで、ここまでキャッシュが生まれるとは思わなかた。」
そう。
仕事はもう惰性でやってもカネになる事が判明している。
アンダーソンの持ち込むロングスネークを捌くだけで、毎日相当な額の現金現物が入っている。
正直、俺は居ても居なくてもいい状態になっている。
《家主》という立場の所為か、バラン達は気を遣ってキャッシュを多めに俺に持たせてくれているのも大きい。
住所と職業に仲間、そして貯金。
これらが充実した事で、俺はようやく異世界生活が一段落した事を実感し、当然女が欲しくなった。
『あの…
この街に来てから女性をあんまり見かけないんですけど
女って普段どこに居るんですか?
形振り構わず女が欲しいんですけど。』
「自営業の娘さんは100%家業を手伝ってるな。」
『なるほど。』
「だから看板娘の居る店には独身男が殺到してアピールしまくる。」
『その気持ちわかります。
あ、でも親御さんが商売していない家の娘は何をしてるんですか?』
「一般的には女子ばっかりの職場に集団で就職するな。
牧場とか裁縫工場とか小農園とか。」
『?
じゃあ殆どの子は職場で男と出逢うんですか?』
「いや、それはないな。
チートの地元がどうだったのかは分からないが、この前線都市や商都では職場は男女で別れてるから。
例えば《男ばっかり働いてる牧場》と《女ばっかり働いている牧場》が併存していたりしてね。」
「それで牧場主同士は交流があるんで、たまに業界内パーティーとかを開くんだよ。
で、そこでカップルが生まれる。
ほら、やっぱり似たような仕事してると話が弾むしな。」
「工房は工房同士、農園は農園同士。
大体、同業者でカップルになるな。」
『じゃあ女ばっかりの解体屋もあるんですね!?』
「ないよ。 ある訳ないじゃん。」
『ぐぬぬ。
じゃあ、解体屋はどうやって女と出逢うんですか!?』
「…チート。
それは俺が教えて欲しいくらいだよ。」
『…ドランさん。 乾燥工房はどうですか?』
「うーん、乾燥業って精肉業の一部だからな。
で、精肉業界が男社会な訳じゃない?
だから、少なくとも俺には女は回って来なかった。
だからバランも俺もこの歳まで独り者なんだよ。」
「チート。
これが若者が解体屋に就職してくれない理由だ。
この職場は《女に縁が無い職場》なんだよ。」
『地味にキツいッスね。』
「派手にキツいぞ。」
「兄弟子…
商都での話なんですが、ボクの先輩にも《給料少ない癖に女っ気がなさすぎる》という理由で退職した方が多いです。
中堅・ベテランでもそれが理由で退職される方が何人か居られました。」
『それでもどうしても女にモテたい場合…
みんなどうしてるの?』
「…ナンパだな。」
「ナンパですね。」
「ナンパ… しかないな。」
『俺、正直今までモテたことないし、ナンパとか未経験なんですけど。』
「俺もだ。」
「ボクもです。」
「勿論、俺もだよ。」
『なんかアドバイスとか…』
「俺に聞くのが間違ってると思うぞ。」
「いや、ボクはそっち方面本当に疎くて」
「人に助言できる位なら、先に俺が実践してるし。」
『なるほど。
せめてこれだけは教えて欲しいんですけど…
ナンパってどこで行われてるんですか?』
「酒場… だな。」
「酒場… かな。」
「酒場… でしょうね。」
『わかりました!
俺、今から酒場に行ってみます!』
「おお! マジか!?」
「多めに女子が釣れたらここに持って帰って来てくれ」
「あ、兄弟子… あの、その!」
『ラルフ君も来る?』
「緊張して来たので次回から連れて行って下さい!」
『じゃあ偵察して来ます。』
という訳で冒険者ギルドの地下階にある酒場に来てみた。
建物が隣って便利でいいよね。
正直、自信がない。
少なくとも地球の女は俺に冷ややかな目線を浴びせて来たし、異世界でたまにすれ違う女も露骨に侮蔑的な雰囲気だったからだ。
普通なら最初から諦めていただろう。
だが、今の俺には【心を読む能力】がある。
相手の思考が読めれば、不向きなナンパも有利に立ち回れるのではないだろうか?
地階に辿り着くと、一種独特の夜の空間の雰囲気があった。
幾人かの見覚えのある冒険者も居る。
キョロキョロしながら進んでいくと「お、酒場デビューかw?」と冷やかされた。
システムの詳細はよく分からないのだが、男区画と女区画に分かれている事はよくわかった。
しばらく観察してみて朧気に理解出来たのだが、基本的には男が女区画に入って行き気に入った女に順にアピールしていくようだ。
でアピールが成功するとカップル成立。
成立男女はどこか(宿に決まってるよね?)に消えていく。
なるほど。
女をゲットするには女区画に乗り込んで口説き落とさなきゃ駄目なんだ。
更に観察していると、やはりイケメンやマッチョは有利で、可愛い順に女を確保して消えていく。
言うまでも無いことが、ブサメンは不利であり手当たり次第に声を掛けているにも関わらず、誰からも相手にされていなかった。
結構、苛酷だな…
俺がよく分からないまま、アップルサワーの様な味のする酒を飲んでいると、何組かの美男美女が満面の笑みでどこかに消えていき、無数のブサメンが肩を落として去って行った。
女区画を眺めていると、どんどん可愛い子がイケメンに持ち去られ、顔面偏差値がどんどん下がって行くのがわかった。
要するにここは《イケメン優位早い者勝ち》の世界なのだ。
(いや、地球もそうだが…)
人の多い場所で使いたくは無いが、とりあえず【心読む能力】を発動してみる。
すると一斉に弱者男性の嘆きと怨嗟が聞こえてくる
【ああ… 結局イケメンが有利なんだよなあ】
【あの女、BBAの分際で俺をあしらいやがって】
【若い子は言葉がキツいから辛いッス】
【何で俺はこんなにモテないんだ?】
【冒険者になったらモテるって聞いてたのに! 話と約束が違う!】
あまりの負のオーラに驚いた俺は思わず能力を遮断する。
そう。
スキルを使い慣れてきたのか、俺は最近ほぼオンオフを自由に出来るようになっていた。
(勿論、常時能力を発動している方が生活上は有利に決まっているのだが、流石にしんどい。)
男の声に辟易した俺は、女区画に入ってから能力を発動した。
【何? コイツ。 キモイ】
【ぶっさ】
【宿に鏡ないんか?】
【職人の丁稚? それにしてはヒョロいなぁ…】
【ああ、駄目この子生理的に無理】
【何? この不細工は?】
【その見た目でよく男女酒場に来れるよね?】
【ってか身長170ないと人権ないのわかってる?】
一斉に俺に向けられる冷ややかな目線と、心無い罵倒の数々。
そ、そこまで言うか?
(いや口には出してないんだけどさ)
確かに俺はイケメンではないが、そこまで不細工ではないぞ!
ガチッったらフツメンくらいは行けるんちゃう?
【うっわーw この子自分をフツメンとか思ってそうw】
【なーに勘違いしてんだかw オマエはブサメンやっちゅーねんw】
【ガチッたらモテるとか勘違いしてそうww】
くっそ。
ピンポイントで反論しやがって!
女ってデフォルトで心が読めるのか?
俺は折れそうになる自分を叱咤しながら、何とか相手にしてくれそうな女を探した。
女区画には30人ほど居たが、俺が目を合わすとどの女も鼻で笑って別の方向を向いてしまった。
こ、これ地味にメンタルやられる…
アカン、泣きそう…
俺が敗北感を噛み締めながら女区画を進んでいくと、一人だけこちらをガン見している女が居た。
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
【誰でもいいから抱いて!】
うおおお!?
なんだこの女は!?
頭おかしいんじゃないか?
それとなく女を観察してみると化粧が濃い。
甘目に見ても40代中盤、いや50歳くらいは行ってるか…
職業差別をするつもりは無いのだが、ホステスっぽい顔つきをしている…
多分、若い頃はそこそこ可愛… 若い頃は若かったのだろう。
今はそうでないから、不満なのだろうなあ。
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】
俺が一歩進む為に、ホステスおばさんの圧が強まる。
まあ俺童貞だし。
もうこのおばさんでいいか。
とりあえず誰でもいいからセックスしたいしな。
カネはあるからどこかの宿屋を借りればいいか。
俺は覚悟を決めてホステスおばさんの席にまっすぐ進む。
【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
【え? この子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
【え? この子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】
よし。
1人寝よりはマシだろう。
『こんばんは。 一緒に飲みませんか?』
俺がそう言った瞬間。
「は? 嫌に決まってるでしょ。 アンタ鏡見た事ないんか?」
【キッモ、無理。 私にも選ぶ権利あるし!】
おばさんの心中が一瞬にして切り替わった。
おいおい。
それは… 無しやろ…
いやいやいや。
俺はアンタが【即ハメ】って言ってたから、わざわざ声を掛けたのに…
いや、それは反則だろ…
えー、こんなパターンもあるのか?
【気が変わった】と言うパターンか。
その後、俺は他の女にも声を掛けてみるが、全員に言葉と【心】で拒絶された。
俺、そんなに不細工か?
いや、ちょ… アカン… マジで… あ、これ立ち直れないかも。
俺は男区画にトボトボ帰って来ると、残った酒を飲み干した。
もっと強い酒を飲んでから帰ろう…
俺がマスターに何かを注文しようとすると、つまみと清酒のセットが卓に置かれた。
「やあ、お疲れ様。」
誰かと思って相手の顔を見返すと、魔石転売で何度か話した事のある小太りのおじさんだった。
『あ、どもども。 いつも取引させて貰ってありがとうございます。
いやあ、恥ずかしい所を見られてしまいました。』
近場でナンパなんてするもんじゃないよな。
失敗した現場を知り合いに見られるほど恥ずかしいことはない。
「そうか?
俺はさっきの現場を見て、いっそう君への評価を引き上げたんだが?」
『いや、からかわないで下さいよ。
見ての通り、全員に振られました。』
「あのさ。
全員に声を掛けれる男なんて、俺は初めて見たぞ。
君、凄いな。」
『え? そこですか?』
「いや、そこだよ!
普通、途中まで声を掛けて失敗してたら
他の女がその遣り取りを見てる訳じゃない?
で、当然断る雰囲気が席全体に広がる訳じゃない?」
『確かに。
途中から《話し掛けるなオーラ》が全開でした。』
「うん。
そこは察していたんだね。
にも関わらず…
どうして全員に話し掛けたんだい?」
『いや駄目元というか。
いざ話し掛けたら気が変わる子も居るかな?と。
1人に振られる恥も全員に振られる恥も似たようなものじゃないですか。』
「うーむ。
常々、只者ではないと思っていたが…
その若さでここまでの境地に辿り着くとは…」
『あ、ありがとうございます。』
「結構、ナンパ慣れしてるの?」
『いえいえ! さっき思いついて遊びに来ただけです。』
「え? 初ナンパであの度胸!?
君、凄いな。
そりゃあ魔石売買で成功する訳だ。」
『ありがとうございます。』
「ああ、それでこんな場所を選んだのか…
初めてなら仕方ないか。」
『? この場所駄目でしたか?』
「いや、ここは冒険者ギルドの男女酒場だからさ。
やっぱり冒険者の恋人が欲しい女の子が来るのね。
だから当然冒険者がモテる。
冒険者じゃない癖に鎧を来てナンパする奴もいるくらいだからね。」
『あ! 言われてみれば確かに!
いや、みんな仕事終わりだから鎧姿でナンパしているのか、と。』
「ははは。
そこはちゃんと観察しなきゃ。
冒険者の人達って帰って来たら鎧脱いでる事が殆どじゃないw」
『緊張してそこまで頭が回りませんでしたw』
「バラン師匠はそういうコツ教えてくれないの?」
『いや、師匠もかなり奥手な人なんで。』
「あの人、腕の良い職人だから…
アピール次第で普通にモテると思うよ?
稼いでる職人って君が思ってる以上にポイント高いしね。
こんな一等地に店を構えてるんなら尚更。」
『え? そうなんですか?』
「バランギル工房は今この街で一番勢いがあるんだから、それをもっと女子にPRしなきゃ。
勿体ないよ。」
『た、確かに。
でもどうやって…』
「俺もモテなくて苦労したクチだから、勘が働くんだけど。
ズバリ、テンプレだね!」
『て、テンプレですか!?』
「冒険者を好きな女子を口説く為に、ここの男は鎧姿をしてる訳だろ?
ほら、あそこのオッサン、あんなプレートメイル着てるけど北地区のコックだぜ?
一見馬鹿馬鹿しいけど。
冒険者に憧れる女子のテンプレに沿ってるのよ。」
『な、なるほど!』
「じゃあ君たちが狙うべき女子はわかるかい?」
『職人に憧れる女子、ですか?』
「正解。
そういう層は確実に存在する。
だって職人さんは所帯持ってる方が多数派なんだから。」
た、確かに。
地球でもそうだった。
ニッカポッカに好意的な女は結構いた気がする。
「と、なると… だ。
君たちがどんなファッションをするべきかは自明の理だね?」
『テンプレ的職人ファッションですか?』
「正解。
付け加えれば、若い建築業者が着ているようなイキリ系職人ファッションが好ましい。
それこそドラゴンやタイガーの刺繍が入ってたりね。」
おいおい。
地球と大して変わらないじゃないか。
「今度、イキリ系職人ファッションで工業区の男女酒場に入ってごらん。
周りの反応は変わってくるよ。」
『おおお…
言われてみれば、何か希望が見えてきました!』
「その意気だ。
若者は前向きでなくちゃいけない。」
俺は小太りオジサンに礼を言うと、喜び勇んで工房に帰ろうとした。
このモテモテ情報を早く師匠達に報告しないと!
そうだ、今度4人で工業区に行って揃いのユニフォームとか作るのどうだろう。
思いっきり派手めでも面白いな。
夢が広が…
「彼女さん探してるんですかぁ?」
冒険者ギルドの脇門を出た瞬間、不意に真正面から声を掛けられた。
眼前にはピンク髪の美女。
冒険者だろうか?
軽鎧に帯剣している。
「私も丁度、そろそろ彼氏が欲しいって思ってたんですぅ。」
やや筋肉質過ぎる気もするが、顔も身体も俺の好みの子だ。
なんだ?
ピンポイントで俺を狙って待ち伏せ? してくれてたのか?
「まだ夜も早いんで二人で飲みに行きませんかぁ?
私ぃ、いい店知ってるんですぅ♪」
その申し出はとても嬉しいのだが…
どうしてこの女の【心の声】が聞こえないんだ?
あれ? スキルはちゃんと発動してるよな?
俺は慌てて周囲を見回し、遠方の【声】を拾おうとする。
【ふー。 もう一軒いくかー。】
【明日早番っすよーw】
【また奥さんに怒られますよーw】
よし、左側背のグループの声は聞こえている。
つまりスキルは発動中だ。
「普段、どんな店で飲んでるですかぁ。
良かったら連れてってくださいよぉ♡」
なんだこの女は!?
どうして【心】が読めない?
いや、俺的には滅茶苦茶好みのルックスだし。
今すぐにでも付いて行きたいのだが…
流石にこうも【心】が読めないと…
対処が…
いや、そういう問題じゃない。
どうしてこの女は自分から手を繋いでくるんだ?
明らかに不自然だろ?
え? 美人局? ハニートラップ? キャッチセールス?
「私ぃ。 今日は奮発してホテル鈴蘭に泊まってるんですよぉ。
最上階の804号室ですぅ♪
すっごく眺めいいんで、遊びに来て下さいよぉ♡」
いや、流石におかしい。
幾らなんでも初対面の男を誘って、部屋番号まで教えるか?
どう考えても異常だぞ。
狂ってるのか、この女?
『いや、俺。
明日仕事早いし。』
「私ぃ! キティって言うんですぅ。
こう見えても実家は伯爵家なんですよぉ。
お兄さん、名前はなんて言うんですかぁ?」
やばいやばいやばいやばい。
心の中でシグナルが止まらない。
くっそー、顔も身体も滅茶苦茶好みなんだけどなー。
今、セックスしたくてしたくて死にそうなんだけどなー。
それを差し引いても、この女から逃げなくてはならないことは理性も感情も一致して理解出来ている。
ってか、この女に名前教えるのは嫌だな。
「えーー。
名前くらい教えて下さいよぉ♪
シャワー浴びながら相性占いとか超そそるじゃないですかぁ♪」
はい、アウト。
ツーアウトどころか、81アウトをとっくに越えてる。
この世界の仕組みはイマイチ理解出来ないが、悪質犯罪+この女自体もヤバい事が理解出来た。
に、逃げなければ。
と振りほどこうとするのだが、ガッチリ腕を掴まれていて誇張抜きで1ミリも動かせない。
「何も逃げなくてもいいじゃないですかぁ♪
キティちゃんは優しくて可愛くて彼氏さん募集中のお姫様系女の子ですぅ♪」
『あ、あの離して下さい!
人を呼びますよ!』
「えへへへーーw
まあまあ、ちょっとくらい付き合ってくれても…」
そこまで女が言った時、正面から街職員の巡回が来た。
自治都市である前線都市は、騎士が駐屯していない代わりに役所が防犯の為に巡回してくれているのだ。
「ちっ! こんな時間から巡回かよ!」
一瞬で女が凄い形相(恐らくはこっちが素顔だろう)になり、俺の手を離すと振り返りもせずに走り去っていった。
恐ろしい瞬発力だ…
キティとか言ったか…
いやあ、結構平和な街かと思ってたが、夜はあまり歩かない方がいいかも知れない。
まあ、いい。
早く帰…
そう思って工房を振り返った俺の目の前に、恐ろしい形相をしたオバサンが腕を組んで仁王立ちしていた。
怖っ!?
えっ!? 何?
「やっと見つけましたわ! この卑怯者ッ!」
ええ?
何でナンパは全然上手く行かないのに、怖い人に絡まれまくるんだよ…
『どちら様で?』
と尋ねようとして、思い出す。
あ、この人あれだ。
ゴードンさんの店で粘着してきた、ベスおばさんだ。
『こ、こんばんは… えっとベスさん。』
「久しぶりね。 伊勢海地人くん。
貴方には、してやられましたわ…
露店も宿もその日のうちに引き払うなんてね。」
『あ、いや。
別にそういうつもりじゃ…』
「セントラルホテル…
宿代高いから引き払いたかったのですけれど…
貴方が尋ねて来る可能性もあったから身動き出来ませんでしたの。
おかげで、もうすぐ一文無しですわ。」
『あ、も申し訳御座いません。』
「で?
本は読んでるの?」
『とても業務の役に立ってます。
うちの工房の生命線です。』
「ふーん。
古文書を実務にねえ。」
『すみません。』
「別に責めてる訳じゃないわ。
で?」
『で? と申しますと。』
「あのねえ。
ワタクシは貴方の《メモ程度なら許可する》という一言に全てを賭けていたのだけど?」
『ええ、まあ。
そこまで仰るのでしたら。
流石に持ち出しは許可出来ませんが、俺の見ている前でメモを取る位はサービスしますよ。
俺から言い出したことですしね。』
「ありがとう。
感謝するわ。 皮肉抜きでね。
で? 貴方、今はどこに宿を取ってるの?」
『あ、いえ。
あの後、不動産を購入しまして。
今は仲間とそこに住んでます。』
「あら、おめでとう。
新居祝いはまた今度贈らせて下さいな。」
『お気遣い恐縮です。』
「じゃあ、今から案内してくれるかしら?」
『え? 今もう夜ですよ?
こっちは男所帯ですし。』
「背に腹は代えられませんわ。
ワタクシ、本当に路銀が尽きかけているの。」
『いやいや。
この間、結構お金持ってじゃないですか。』
「あの店で他の古書を買ったのよ。
誰かさんに買い占められないように、ね。」
根に持つオバサンだなあ。
「ここから何分くらい掛かるの?
南地区? 工業街?
案内して頂戴。」
『これです。』
俺はバランギル工房を指さした。
「ちょっとふざけないで頂戴!
こんなビル…」
オバサンのキンキン声が中まで響いてきたのか、玄関ドアが開かれた。
「おお兄弟子!
ナンパ成功したんですね!
流石は兄弟子です!」
違うよラルフ君。
ナンパに失敗したから、今こんな目に遭ってるんだ。
ベスおばさんは余程胆力があるのか、工房にズカズカ入って来た。
おいおい!
アンタも一応女だろ?
よくこんな所に踏み込めるな。
「おう、チート!
ナン… え、その人?」
出迎えたバランの笑顔が凍り付く。
ベスおばさんって可愛げない上に顔が怖いからね、仕方ないよね。
(ぶっちゃけブ〇だよね。 俺も人のこと言えないけど)
そのすぐ後にドランさんが降りて来るが、同じく凍り付いている。
流石に1階の作業フロアに座らせる訳にはいかないので、3階のリビングに案内する。
「夜分失礼致しますわ。」
言葉とは裏腹に全然恐縮している気配の無いベスおばさん。
ラルフ君が出した葛茶を上品に飲む。
そして、俺に向かって目線で合図する。
心を読むまでも無く【他のメンバーに状況を説明せよ】という意図だ。
『えっと、こちらはベスさん。
俺がゴードンさんの店で本を買った時の話なんですけど。
ベスさんも同じ本を買うつもりだったらしくて…
それで流石に貸し出しまでは出来ないんですけど、メモとか写本程度なら…
って約束してしまって。』
「貴方がバランギル師ですか。
こんなに立派な建物を購入されるなんて尊敬致しますわ。
御開業おめでとうございます。」
「あ、いや。
この建物を買ったのは私ではなくここに居るチートなんです。
私はただの居候で…」
バランがそう言った瞬間、ベスおばさんが怖い顔で俺を睨む。
怖っ! その表情やめて! 怖っ!
「伊勢海くん。 貴方には後で色々と尋ねたいことがあります。」
『あ、はい。』
「えっと、チートは本を見せてあげるつもりなんだね?」
『ええ、そういう約束ですから。
じゃあベスさん、どうしますか?
俺この建物に居る事が多いんで、明日の昼間から来られますか?』
「え? 今は駄目なのですか?」
『いやいや、宿の門限とかあるでしょう。』
「ですから! 今日宿を追い出されたので必死に伊勢海くんを探していたのです!」
『ええ!? ベスさん宿なしなんですか?』
「ええ、宿も行く当てもありませんわ。」
『俺と会えなければどうするつもりだったんですか?』
「気晴らしに購入した書籍を路上で読むつもりでしたのよ。」
『じゃあ、まあ。
今夜は空き部屋を貸しますんで…
あ、みんなそれでいいかな?』
「いいも悪いもチートが家主だからな。」
結局、ベスおばさんを5階の家族部屋に案内し、食事と非常用の寝袋を贈呈する。
特に礼は言われなかった。
「それにしても兄弟子。
初ナンパでお持ち帰りとか超リスペクトです。
羨ましいですよ。」
『じゃあ、ラルフ君にあの人譲ろうか?』
「はははw
明日は朝の配達あるんでもう寝ますね。」
ほーんと《はははw》だよな。
ナンパは失敗するわ、変な女に絡まれるわ、変なおばさんに粘着されるわ。
今日は本当に厄日だわ。
あー、しんど。
今日はもう寝よう。
切り替え切り替え。
気持ち切り替えて明日からまた頑張ろう!
みんなおやすみー!
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