第22話 チートで退去勧告をする!

ドラン=ドラインは我が師バランギルの親友である。


帝国の僻陬ヘッピ村に同年に生まれ、似たような落ちこぼれ人生を歩んできた。


共に多人数兄弟の末子。


おまけに学校の成績が(極めて)悪かったので、口減らしも兼ねて商都に丁稚奉公に出された。


バランは解体工房にドランは乾燥工房に、その仕事が何なのかすら知らずに弟子入りし、30年搾取され続けて来た。


彼らは日本で言えば氷河期世代に該当する『復興政策世代』であり、彼らの世代は人口が突出して多く、労働力過剰の帰結として個々の労働条件は酷いものだった。




二人の生活が軌道に乗ったのはつい最近である。


故に今まで内面に秘めていた想いが行動でアウトプットされていた。


我が師バランは社会改善、その盟友ドランは新規事業の形で。






「漬物は俺でも出来ると思う。


若い頃、独立を研究していて漬物屋も相当調べたから。


少なくとも、詳しい方ではある。」






『この街で自給出来ますかね?』






「品目にもよるけど、空いてる工房を稼働させれば十分だよ。


昔は前線都市内で賄えてたんだから。」






『150万で漬物工房を買い取った場合、ペイは出来ますか?』






「余裕だな。


地図を見る限り、この街で分譲が始まった頃は5000万ウェンはした物件だぞ。


逆に知りたいんだが、何でこんな旨味のある物件が残ってるんだ?」






『え?


これってやっぱりお得物件ですか?』






「だってオマエらでも買える訳じゃない?


もしも漬物業界詳しかったらチャレンジする価値はあると思うぞ。」






やっぱり割安なんだよな?


どうして売れ残ってるんだ?


掲示板にも書かれて無かったし、何故だろう。






『ドランさん買ってみますか?』






「ここに来る前ならそこで独立してたかもな。


間取りによったら乾物も作れそうだし。


今はさ、俺とバランの相乗効果があり過ぎるんだよ。」






『解ります。


この立地+お二人の実務能力があれば、何をどうやっても儲かりそうですし。


特にベア系の加工は…  


ぶっちゃけ買取価格4万はボッタクリですね。


我ながら足元見過ぎというか…』






「うん。


ベアは儲かり過ぎだな…


恨まれるのも怖いし買取価格を5万まで引き上げる?」








バランギル工房を開いてみて解かったことだが、魔石以上に加工肉が高く売れる。


ここから卸市場まで荷車で5分弱。


後は有資格者のドランが現金化して完了である。


《パッケージングさえしてくれたら商都に輸出可能》


との打診もあり、密かに容器も探していた。






『と、まあ…


そこはどうでもいいでしょう。』






「ええ!?


この話の流れでか!?」






『昨晩ラルフ君とも話し合ったのですが、次はドランさんです!』






「つ、次… と言うと?」






『モテです!』






「お、おう。」






『バラン師匠が昼に帰って来てそのまま就寝されておられます。


あの表情を見る限り、セントラルホテルでは上手く行ったのでしょう。』






「だな。


アイツが起きてきたら色々聞かせて貰おうぜ。」






『ええ。


この流れで、次はドランさんをプッシュします!』






「オマエ、若い癖にお見合い婆さんみたいな奴だな…


いやありがたいんだけどさ。」






『最初に確認しておきたいのですが…


マリーちゃんとクレアちゃんの二択になった場合


ドランさんはどちらを選びますか?』






「うおおおお!!!


この歳になってそんな学童トークをする羽目になるとは…


ちょっとドキドキしてきた。」






『俺も可能な限り援護射撃を致します。


ドランさんも御理解下さっていると思うのですが…


俺の交渉能力は商売のみならず男女関係にも有効です。


ある程度好みを絞って頂ければ、支援可能なのですが…』






「いやあ…


恥ずかしい話なんだが、俺って本当にモテない人生を歩んできたのね?


なのでこの歳になってから女の二択と言われても… パニックだよ。


あ、正直に言うね?


実は俺、若い女の子は全員若い子の枠に入っちゃうのね?


マリーちゃん達の見分けも実は最近付き出したんだ。」






『わかります。


女って髪型とか服装とか似てるんで見分け難しいですね。


ギルドとかの窓口のお姉さんなんか、識別出来ませんもの。』






「チートは確実に見分けれる相手とか居るの?」






参ったなあ。


女なんて全員一緒に見えるからなあ。


キティは文字通り痛い目に遭わされたので脳に刷り込まれてしまっているが。






「オマエはナンパとかしてるし印象に残ってる女とか居るんじゃない?」






『うーーん。 


皆さんお綺麗なんですけど、その所為で見分けるのが難しいんですよね。


ほら、女の人ってファッションとか化粧とか揃ってるじゃないですか?』






「あるあるだよな。


女ってどうして同じ格好したがるんだろう。」






『ああ、ベスおばみたいに飛び抜けて不細工な人は一瞬で覚えますけどw』






「あの人、学童時代に苦手だった女教師に似てて怖いんだよw」






『顎がしゃくれてる分、威圧感ありますよね。』






「前にバランと話したんだけどさ、ベスさんが居座ってるから女を呼べなくて困るよな。」






『ですよね。


5階で引きこもってくれていた頃はまだ我慢出来たんですけど。


2階で勝手に作業を始めちゃったから。』






「あれ本当に困るよなあ。


折角3階のリビングでプチパーティーしようってなったのに。


あんな女が居たら女の子達が嫌がるよ。」






『ちょっと立ち退き交渉してきます。』






「ごめんな仕事押し付けちゃって。


あの人迷惑だから。


ビジュアル的にも邪魔だし。」






『ですね。


自腹切ってでも追い出したいです。』






そんな話をしてたら、丁度上の階からベスおばの奇声が響いて来た。


おいおい勘弁してくれよ。


アンタが騒がしいから師匠はわざわざホテルとったんだぞ。


俺はうんざりしながら階段を上って、ベスおばが居座ってる部屋の扉を開けた。






「あら、伊勢海地人君。


貴方、ワタクシを祝福してくれに来たの?


殊勝な心掛けね。


褒めて差し上げるわ。」






『いえ、退去勧告です。


もう十分書籍には目を通されましたよね?』






「あらあら。


このワタクシを囲い込まないなんて…


随分謙虚ですわね。


何を企んでいるのだか。」






『いえ、出て行って欲しいだけです。』






「なるほど。


相変わらず交渉上手ですね。


よくってよ。


これがお目当てなんでしょ?


見せてあげても宜しくってよ♪


何だかんだ言って伊勢海君には多少はお世話になりましたから。」






『いえ、出て行って欲しいだけです。』






満面の笑みのベスおばが無理矢理渡して来たのは、昨日レザノフ卿がくれたハイポーションの様な瓶入薬剤だった。






「ふふふ。


あー、素人さんにはわからないでしょうねぇww


自分が何を渡されたのかすら理解も出来てない?


オホホホww


まあ、こんな辺境の職人如きには縁の無い話でしょうからw




あ、そーだ。


ねえ伊勢海君、ワタクシと賭けをしませんこと?


この薬品の正体を当てる事が出来たら、1本差し上げますわ。」






ドヤ顔のベスおばがうっとおしかったので、不本意ながらスキルを発動して【心を読む】ことにした。


この人相手にスキルを使いたくないんだよね、ただでさえキンキンした変声なのに加えて【心のキンキン声】まで聞こえて来るんだぜ。






【ぷぷぷのぷーーーーww


分かる訳ありませんわww


これは、ななななーんとエリクサー。


それも太古に用いられていた特殊な魔石の組み合わせで作りだした


ジェネリックエリクサーですわ!


天才のワタクシだからこそ産み出せた、この神の御業!


いえワタクシこそが神そのものと言っても過言ではありませんわ。


ここを拠点にジェネリックエリクサーで荒稼ぎして帝都に凱旋して前代未聞の自力昇爵ですわ!】






くっだらねえ女だ。


要するに俺の買った古文書を使ってインチキ薬を作ってたのね。


わかるよ。


それ、悪役令嬢系のラノベで散々読んだもん。


合成系の能力を持ってたら、俺がそれをやってたわ。






『それエリクサーでしょ?


新しい合成法見つけたんですね。


おめでとうございます。


じゃあ、出て行って下さいね。』






「ファ!?」


【ファファファファ―ーーイ!?】






『俺達も忙しいんですよ。


師匠も役職に就いちゃいましたしね。


さあ、早く荷物を纏めて下さい。


後、戸棚にあった《トード燻製干肉》は返して下さいね。


俺、あれを食べるのを楽しみにしてたんです。』






「ぐぬぬぬぬ!」


【アチョー――――――!!???】






『じゃあ、馬車を呼んで来ますから。』






「仕方ないですわ。


約束は約束!


ワタクシのエリクサーを差し上げますわ!」






『あ、いらないです。』






「駄目よ!


約束は約束!


情けは受けませんわ!」






面倒くさいおばさんだなあ。


エリクサーってあれだろ?


HPとMPと状況異常が一瞬で全快するっていう…


俺、別に冒険者じゃないしなあ。


等と考えていたらラルフ君が玄関に飛び込んで来た。






「兄弟子! 大変です!


ヨーゼフさんのパーティーが壊滅しました!


かなりヤバい状態です!」






ヨーゼフさんというのはこの街のA級冒険者で、精鋭集団を率いての巻き狩りを得意としている豪傑だ。


大型馬車3台体制での大規模狩猟を日常的に行っており、最近トード系をウチに卸してくれている。


狩りの途中で新人が河に接近し過ぎてしまい、リザードと偶発戦闘になってしまったらしい。


何とか離脱したのだが逃げ遅れた何人かが討ち取られてしまい、街まで辿り着いた者も四肢欠損レベルの手傷を負い重体とのこと。


冒険者ギルドのフロアで臨時に寝かされているが手だての余地がないらしい。


俺はベスおばからエリクサーをひったくると隣の冒険者ギルドに駆けこんだ。






『負傷は何名ですか!? 


薬を持って来ました!!』






「おお、チート君。


気持ちは嬉しいが…


これだけ負傷が激しいと回復は不可能だよ。


出血が酷過ぎてハイポーションも焼け石に水だった。」






俺はフロアに並んだ担架の中で一番危険な状態であろう大柄な青年(名前までは知らないが何度か雑談をした事がある)にエリクサーを飲ませ、抉れた腹と斬り落とされた左腕の辺りに強く擦り込んだ。


処方している俺自身『本当に効くのか?』と思いながらのことだったが、青年の全身が発光し始めたので何となく成功を確信する。


どういう原理かは分からないが欠損した部分に肉がミチミチと溢れ、抉れた腹が塞がり包帯越しに垂れていた腕の血が止まった。


そして「ゴホッ!」と溜まった血が吐き出されると青年は慌てた様子で飛び起きた。






「こ、ここは!?」






慌ててギルドの治療員が青年に駆け寄って落ち着かせる。


見た感じ、青年は腕以外完全に復調した印象だ。






「この人達、貴方のお友達ですの?」






気が付くと背後にベスおばが無表情で仁王立ちしていた。






『顧客です。


2回取引させて頂きました。』






「そう。


サービスの宜しい工房ですのね。」






『貴方に…  


お願いがあります。』






「お断りしますわ。」






『ぐっ! 


先程のエリクサー、買い取らせて下さい!』






「あらあらお馬鹿さんw


エリクサーの相場も知らないのかしら。


最低でも3億、近年のオークションで5億を下回った事はありませんのよ?


平民風情がどうこう出来る品ではありませんわ。」






『俺なら対価を払えます!』






「でしょうね。


でも、お断り。」






ベスおばは冷淡に身を翻すと冒険者ギルドの扉に向かった。






「2人も馬鹿が居るなんて世も末ですわね。」






気がつくと、ギルドの治療員達の手にはエリクサー瓶が握られており、ヨーゼフパーティーに用いられていた。


大柄な青年を包んだのと同様の光が彼らを包み全員が復活した事を見届けると、俺も工房に帰った。


午後のセッティングをしなくちゃ行けないから。

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