第89話 チートでパーティーに招待される
コボルトの使節団も驚いていたことだが、リザードの生活様式は兎に角過ごしやすい。
職住一体がかなり洗練されており、生存の為のエネルギー確保に殆どロスが無いのである。
リザードが一族毎に船上生活している事は以前から知っていたのだが、漁労・養殖・栽培・製油・売買の全てがそこまで巨大ではない船舶1隻で完結すると気付いた時には、流石にカルチャーショックを受けた。
かつて遠目に見ていた陸上のリザード達は、「陸上作業」として丘に上がっていたらしく、その彼らも溜池や運河作りに携わっていたようだ。
要はオランダ建国の真逆のプロセスを踏んでいるのである。
無数の船舶を建造する為の木材は沈黙交易の形式でオーク種から輸入している。
オークからは木材・皮革・銀を
リザードからは塩や鉄、金や魚醤をそれぞれ輸出している。
この為か言語疎通が絶無であった頃から、この両者の関係は極めて良好である。
一戸建て住宅サイズの船舶の中に20匹くらいのリザードが住んでおり、居住区と作業区が割と厳密に分かれている。
家族用の船舶は、地下2階地上2階が一般的。
海底に近い地下二階に出入り口があり、リザードはそこから魚類や藻類を回収する。
(漁業権が厳密なので、権利を保有している水域でのみその行為は許される)
地下1階は居住区。
物置や器具類は地上2階に固めてある。
デッキは神聖なので余計な物を置かない。
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案内されたヴェギータの実家船も、この伝統形式を踏襲していた。
流石に元帥の自宅だけあって、内装は小洒落ていたし、係留場所も母艦のすぐ側を陣取っていた。
『なるほど。
偉い人ほど、役所の中枢の近くに係留出来るんですね。』
「御慧眼恐れ入ります。
当家は代々母艦脇を陣取っており
代々税金泥棒の誹りを受けております」
洒落の効いた男である。
『「どこの社会も似たようなものだ」』
と2人で笑い合った。
俺の外交的重要度もかなり下がって来たので、ヴァ―ヴァン主席にお願いしてヴェギータの家に数泊させて貰う事になった。
勿論、毎日母艦へ出頭して翻訳補助などは行っているが、正直この段階で俺が必要な作業では無かった。
既にグランバルドからもリザード領からも、選りすぐりの秀才達が集められており、顔合わせの段階でネイティブな意思疎通に成功していたからである。
リザード語が極めて法則的かつ体系的なので、恐らく公用語となるだろう。
(俺もゴブリン語やオーク語を覚える自信は無いのだが、リザード語なら頑張ればマスター出来そうな気がする。)
ここヴェギータ船では特に何もしていない。
異世界(月)に到着してから、初めて怠惰な時間を過ごしているのかも知れない。
俺はすっかりリザード文化に傾倒(鮫鱗の服を着たり食用油を主食にしたり)しながら、面会希望者と談笑して無為の日々を過ごした。
思えば、元は生ポニートである。
この生活は俺には合っている。
俺が舌を巻いたのは、ベスおばがしれっと新品船舶を買い取ってヴェギータ艇の隣に無断係留している事だった。
遠回しのクレームが入ったので、止む無く係留費を肩代わりさせられる羽目になる。
(クランバルド通貨決済で30万ウェン弱支払った)
その事で文句を言っていると、ヴェギータの奥様から新居パーティーの招待状を頂いた。
『あ、奥様
御主人にはお世話になっております。
はい?
パーティーですか?
どなたの?』
↑ この程度のリザード語なら俺でも話せる。
「伯爵様の御夫人からです。
最近は懇意にさせて頂いております。」
『…。』
《伯爵様の御婦人》に心当たりは無いのだが、残念ながらベスおばの事だろう。
適当な理由を付けて断りたかったのだが、赤い糸の所為で俺が暇なのはバレているので、泣く泣くベスおば号に乗り込む。
「あーら皆様、ようこそ
ワタクシの新船披露パーティーへ。」
『皆様って、俺しか居ないじゃねーか。』
「適当に呼んで来なさいよ。
気が利かないわね。」
『誰を呼ぶんだよ?』
「ヴァ―ヴァン主席とか。
アナタ、気に入られてるでしょ?」
『主席閣下は今月まだ一睡もされておられない。
わかるだろ?
恐ろしく多忙なんだ。』
ヴァ―ヴァン主席が忙しいのは事実だ。
対リザード・対人間・対オークの国境確定作業を同時進行で進めながら、イヌ科とゴブリンの移住作業を監督している。
おまけに近く発足する《全種族会議》はリザード領に設置されるので、その下準備もしなければならない。
幾ら武門の出身で若い頃相当鍛えられたとは言え、よく過労死しないな、と他人事の様に思う。
「あっそ。
じゃあ、ゲーゲーは?
最近見ないけど。」
『彼は全種族会議の世話人に選出されたから…
今、この沿岸を駆けずり回ってる。
ほら、あそこの三角帆の船あるだろ?
あれ、ゲーゲーの名義のゴブリン船だぜ。』
「え!?
嘘!?」
『この前乗せて貰ったんだ。
ゴブリンはな?
昆布を燻製にして食べてたよ。』
「え!?
昆布を!?」
『まだ残ってるから、後でアンタにも分けてやるよ。』
「そりゃあ、どうも。
あ、結構嬉しいかも。」
『後な。
ゴブリンは意外に手先が器用でな?
リザードの漁を手伝って生計を立てているものも居た。
一緒に水中に潜って壊れた漁具を取り替えたり、海藻に目印を付けたりしてるみたい。』
「へえ!
面白そう!
今度ワタクシも連れて行きなさいよ。」
『いや。
ゴブリンって男女の区別が厳格なんだ。
夫婦でも一緒に暮らさない。
男女は完全に別々に暮らすものらしい。
当然、俺が招待されたのは男船。
アンタが乗りたきゃ、女ゴブリンに招待されるしかない。』
「へえ、ほー、ふーん。」
『だがな。
男ゴブリンと違って、女ゴブリンは原則家から出ない。
内職仕事や子育てのみに専念する。
個体によっては生まれて死ぬまで家から一歩も出ない者も居る。
少し遠目で女ゴブリンの船を覗いたんだけど、確かにかなり色白だった。』
「ゴブリンって黒緑で、肌がゴツゴツのイメージあったわ。」
『グランバルドでゴブリンとして認識していたのは
殆ど男ゴブリンだろう。
肌がゴツゴツしているのは日光に弱い体質だからなんだ。』
「え!?
日光に弱いの!?」
『ゲーゲーの息子さんに教えて貰ったんだけど
元が地下種族ならしいから。
半夜行性だから直射日光が苦手なんだけど、水中や地下ではピントが合うんだってさ。』
「ほえー。」
『グリーンゴブリンとブルーゴブリンって別種だと思われてるじゃない?』
「ふむふむ。」
『あれ、食べてるものが違うからそうなるだけで
基本的に同種みたいだよ。』
「はえー。」
『食事が哺乳類に偏れば肌が赤くなる。
魚介が中心だと青っぽくなっていく。
両生類ばかり食べてると緑に。
たまにブラックゴブリンって聞くじゃない?』
「ワタクシ、交戦経験あるわよ?」
『あれって色々な栄養素をバランス良く摂取した証拠なんだってさ。』
「ああ、それで黒い個体はしぶとかったのね。」
『だから。
黒い肌はゴブリンとして優秀な証拠だから、凄くモテる。
厳密には縁談が集中するらしい。』
「ほえー。」
『男ゴブリンが危険を冒して旅をするのは
出来るだけ多くの栄養素をストックして子の代に受け渡す為だ。』
「…はえー。」
『それからゴブリンの娯楽なんだが、これは意外な事に…』
「ねえ。」
『ん?』
「さっきからアナタ、何が言いたい訳?」
『ゴブリンを殺さないでくれってお願いしている。』
「まるで人間なら殺してもいいみたいな言い方ね。」
『ゴブリンを殺されるよりマシだ。』
「そういう外交状況になった事を認識しろ、ってことね。」
『頼むよ。』
「わかったわ。
ワタクシからも、その旨の徹底をお父様にお願いしておくから。」
『スマンな。』
「別にアナタが謝る事ではないでしょ?」
『アンタには結構色々お願いしてるからな。』
「そう?
何かを頼んでくれた記憶はないけど?」
『防疫剤とか何やら、色々頼んだだろ。』
「…ああいう公的なのを《お願い》に数えなくていいのよ?」
『これからも頼む場面はあると思うぞ?』
「公益に合致する陳情であればこれからも受け付けるつもりよ。
それがヴィルヘルム家に生まれた者の使命ですもの。
だから、アナタはワタクシへの陳情を誇りこそすれ、恐縮する必要はないわ。
ねえ。
アナタのお願い、どれも無私かつ高潔で評価に値するものばかりだったわ。
それに着眼点も素晴らしい。
…感動させられたわぁ。
どれも帝国人には思いつかないものばかりだったもの。」
…何かこの女とはこういう禅問答を繰り返している気がする。
『なあ、俺のやってる事って公益に合致してるのか?』
「合致しているわよー。
公共の定義がワタクシとは異なるのは残念だけど。」
その後、他愛もない話をしてからパーティーは終わった。
翌日、ゲーゲーにベスおばを女ゴブリンの船に招待してやるよう頼んでおいた。
随分と喜んでいた、と後になってから人づてに聞いた。
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