婚約破棄されそうだったので最強の布陣で挑みますが何か問題でも?

椿谷あずる

第1話 婚約破棄まで秒読みゼロ

 

 とある世界。

 とある時代。

 そこは正に今、婚約破棄の乱立時代を迎えていた。



「お嬢様、また出ましたよ、婚約破棄。今度は西の海岸の街で」

「あらやだ、そこって確か二日前にもあったじゃない」

「今度はその方の従妹らしいです」

「それはなんというか、お気の毒ね」


 これは私とメイドの会話。

 メイドと言っても、うちはそんなに裕福じゃなくて、複数人のメイドはいない。

 うちにいるメイドは彼女ことジュネただ一人。

 彼女は今日もこうして私の話相手になってくれている。


「最近多いわね」

「そうですね」


 二人でぼんやりと窓の外を眺める。

 何の変哲もない小さな街が私達の目には刺激なく映った。


「あっちの街でも、こっちの都市でも、最近聞くのは婚約破棄の話ばかり。新聞記者だって飽きて別のスクープを探すわ」

「ですね」


 最近は本当に婚約破棄の話が絶えない。

 三日に一度、多い時には一日に一度のペースで、どこどこの誰それが婚約を破棄したという噂が流れてくる。

 婚約破棄が婚約破棄を呼び水にして、日頃から不満の燻っていた二人の絆を壊しにかかるのだ。


「私もそのうち婚約破棄されちゃったりしてね」

「いやいやまさか、レクター様に限って破棄なんてあり得ませんよ」


 レクターとは私の婚約者の名前だ。

 出会った時から優し気で、公序良俗に反しない、かといって真面目過ぎでもないとてもバランス感覚に優れた人だった。まあ、少しばかり押しに弱い面もあるけど。


「うーん、どうかしら」

「大丈夫ですって。それに万が一、そんな事があっても私だけはお嬢様の味方ですよ」

「あら、それは心強い」


 そう言って私達はコロコロと笑った。

 それから少しして、扉をノックする音が聞こえた。


「来たみたいね」


 時計を見ると午後の三時。


 これからレクターとお茶の時間だ。


 約束していたのは十五分だったけど、気を使って少し早めに来たらしい。


「どうぞ」


 声をかけるとゆっくりと扉が開いた。


「やあ、セイラ。待たせてごめん」

「待ってないわ。私も今来たところ」

「あ、ああ、そうか。そうだね」


 挙動不審に彼の視線が泳ぐ。

 

「?」


 何かがおかしい。

 

 私がじっと目を凝らすその横で、ジュネがスイーツを運んで私達のテーブルに置いた。


「これは?」

「はい、本日のスイーツでコンニャクの……」

「婚約っ!?」


 大きな声が部屋に響く。


「え?」


 レクターが大袈裟に椅子をひいて立ち上がっていた。


「……」

「……」


 まさか。


「レクター」

「な、何かな」

「行儀が悪いわ。座って」

「あ、ああ……」


 椅子に腰掛けるその様を、私は冷たい瞳でじっと見つめた。


「何かあるの?」

「な、無いよ……別に俺は、そんな……」

「ハッキリと言って」

「は、破棄!?」


 また動揺。

 これはもしかして、もしかするかもしれない。


「最近ね、よく聞くニュースがあるの」

「へ、へぇどんな?」

「令嬢が次々と婚約破棄されるニュース……」


 そう告げた途端に彼の椅子が倒れた。

 彼が再び勢いよく立ち上がったのだ。


「大丈夫ですか?」


 すぐさまジュネが駆け寄った。


「あ、ああ大丈夫……」


 そうは見えない。

 真っ青な顔。今にも汗がしたたり落ちそうだ。


「ちょっと具合が悪くなってしまったようだ。申し訳ないけど、今日のお茶会はやっぱり中止にしよう。いいかな、セイラ」

「……ええ」


 それは不協和音の確かな始まり。

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