第19話 婚約者のイレギュラー適応力が高すぎる

 

 部屋の中央。

 真っ白い台座の前にて。


 レクターが不安そうに私とその手元を確かめる。

 目の前には一本の剣。


 私達は今、聖なる剣を引き抜こうとしている。


「大丈夫かい、セイラ。やっぱり俺がやろうか?」


 心配そうに訊ねるレクター。


「いいえ、それじゃ聖女になれないわ」


 私は首を横に振って答えた。

 これは私が始めたことだもの。最後まで責任は取らなくちゃ。


「そうですよ」


 ジュネが最もらしく頷いた。


「それじゃレクター様が勇者になっちゃいます」

「お前絶対面白がってるだろ」


 ネインが指摘した。

 うん、その言葉には同意だ。


「……ねえジュネ、これ本当に抜いたら聖女になれるのよね?」


 徐々に不安になってきた私は、念のため彼女に確認する。

 返ってきた言葉は思いのほかあっさりしていた。


「恐らく」


 えっ。恐らく?


「恐らくぅ?」


 そう声をあげたのはネインだった。

 彼の冷たい視線が注がれる。

 しかしジュネはケロッとしていた。


「実は聖女になれるかも分からないし、本当に聖なる剣かどうかも怪しいです。でも、そこに」


 彼女が台座に指を指す。


 【聖なる剣】


 嘘みたいだけど、一応そんな言葉が書いてあった。


「……今はこれを信じるしか無いって訳ね」


 正直、かなり不安は残るけど、ここまで来て何もやらずに帰るより、試行錯誤しながら前に進んだ方がまだマシだ。

 私は疑わしい眼差しで、剣の姿を瞳に捉えた。


「そ、そうだ! 試しに闇の魔法を使ってみてはどうだろう。これが聖なるものであるならば、何か反応があるかも」


 不穏な気配を察するように、機転を利かせた提案をしたのはレクターだった。


「確かに」

「いいアイディアかもしれませんね」


 これには私もネインもはっきりと同意する。


「では、やってみましょう」


 ネインが剣に向けて手をかざす。

 魔力を手元に集中させて、ブラックホールのようなものを生み出した。


「いきま……」


 そう言いかけた時だった。


 バチン


 鋭い静電気のように、白い光がネインの魔法を弾いた。


 闇を拒絶している?


「本当に」

「聖なる剣……」

「みたいですね」


 息を呑み、私達三人は剣を見つめた。


「さあ、さくっと引き抜いちゃいましょう!」

「そんな軽率に……」

「……いくわ」


 私は剣に手をかけた。

 それをゆっくりと上方向に真っ直ぐ持ち上げる。


 剣は雑草を引き抜くくらい意外にあっさりと抜けた。


「大丈夫? 具合が悪いとかは?」

「別に……ないわ」

「奇跡的な力が使えたり、みなぎってきたりは?」

「しないわね」

「じゃあ今までと……」

「変わったことはないと思う」


 簡単に抜けただけあってか、その恩恵も特にない。

 これで本当に聖女になったのだろうかと疑うほどには何もなかった。


「でもいつまでもこれを持ち歩くのは邪魔ね」


 長さにして私の身長の三分の一くらい。それは見た目のとおり、まあまあ重い。

 さすがに聖女と呼ばれる存在は、こんなものを常々持ち歩いてはいないだろう。


「では、念じてみては?」

「どんな風に?」

「消えろって」

「そんな事が出来るはず……あ、消えた」


 それはまるで魔法みたいに、一瞬のうちに消えてなくなった。


「でも今度はどうやって出せばいいか」

「念じてみたらいいんじゃないかな、出てこいって」

「嫌だわレクター、そんな簡単に……あ、出てきた」

「よかった」


 レクターは嬉しそうに微笑んだ。


 ……なんだか彼、この手のトンチキな話に対する適応力高くない?


 それはそれで不安になった。

 

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