第8話 目指せ婚約破棄、作戦その一。
「どうしてくれるんだよ、お前のせいでセイラお嬢様が傷ついてるだろ」
「いやーでもこれはある意味予想通りというか」
「はぁ? お前馬鹿なの? んなわけ無いだろ……婚約者にあんな本心聞かされて」
遠くの方で二人が言い争っている。
私はその声を聞きながら、白いノートにペンをはしらせた。
レクターから本心を聞いてその後。
私達は通常通り授業参観を難なくこなし、彼の屋敷をあとにした。
そして今は夜。
ネインも呼んで、こうして今日の反省会を開いているところだ。
「こんな事になるなら、最初から協力なんて断っておけば……」
「そんなことは無いわ」
落胆するネイン。
彼の気持ちを擁護するように、私はペンを止め顔をあげた。
「ジュネも言ってたように、ここまでは予想どおり」
「予想ど……またまた、セイラお嬢様。僕達に気を使わなくてもいいんですよ。なんなら姉の間抜けヅラ引っ叩いてやって下さい」
「間抜けヅラって。同じ顔のくせに……」
ジュネのぼそりと呟く。
ネインが今にも飛びかかりそうに、姉をキツく睨んだ。
私は二人の顔、愛嬌があって好きだけどな。
「で、話を続けていい?」
残念ながら今はそんな二人をいつまでも眺めている場合では無いのである。
「あ」
「す、すみません」
私の咳払いに慌てて姿勢を正した二人は、畏まったようにじっと私を見つめた。
「彼の本心が確定した今、次にやることは決まってるわ」
「と言いますと?」
ジュネがテンポよく相槌を挟む。
「つまり」
ノートのページを一枚ちぎった。
ピリピリっと音を立てたそれは、綺麗な一枚の紙きれとなる。
それをぷすりの部屋の壁にピンで止めた。
「彼がスムーズに婚約破棄を言い出せるよう、環境を整えるのよ」
「……環境?」
今度はネインが純朴そうに首を捻った。
「分からなければ、お嬢様のメモを読み上げてみるがよい。弟よ」
「あ、ああ」
ジュネの言葉に不信感を募らせたものの、彼は壁に貼ったメモを読み上げる。
「環境改善策『その1、レクター様に素敵な女性を見繕う。出来れば少しお馬鹿で可愛い妹だと良い』……え? は、はい? どういう事……?」
「つまりだよ、弟。婚約破棄するきっかけとして、まず有力なのは、レクター様が他の女性を愛する事。他に相手さえいえば、その子と結婚したくて、さっさとお嬢様に別れを告げたくなるからね。分かった?」
「いや僕が言いたいのは、理屈じゃなくて、その……お嬢様がお辛いんじゃないかと」
ネインは不安そうにこちらを見つめた。
レクターに自分以外の女性が一緒にいる様を想像してみる。
「確かに……辛くないと言えば嘘になるわね」
そう言って私はジュネの方を見つめる。
「ふむ……」
「でも」
「でも?」
「ジュネから聞く婚約破棄の話って、大抵、殿方が他の女性に恋をしたのをきっかけに起こっているし、そういうものなのかと」
「ええ、ほぼ100%の確率で起こっていると言っていいでしょう」
「だから」
「はい」
「彼の好みそうな女性を」
「はい」
「探しましょう」
「…………ジュネーーーー!」
突如ネインが大声をあげた。
「ちょちょ、ネイン君よ、今は夜だし他人の迷惑を考えてだね……」
「迷惑はお前だ!!!! 何、お嬢様に余計な情報与えてるんだよ!? おかげで、お嬢様は自ら辛い選択をする羽目になったじゃないか」
「分かった分かった、落ち着いて」
「落ち着けるか!!」
ネインが襟首を掴んでジュネを揺さぶる。
彼の怒りが止まらない。
それから数十分後。
「それでネインさん、彼の好みそうな女性とか近くにいないかしら?」
「……好みそうな女性は、お嬢様以外心当たりはありませんけど…………レクター様を慕っている女性なら……心当たりがあります」
ようやく落ち着いたネインに私は、作戦の足がかりを探すべく質問を投げかけた。その期待が的中し、彼は思わぬ情報源へとなったのである。
「おお、流石ネイン!」
「その人がどなたか教えて貰える?」
「……ご親戚のエリーナ様です」
「ああ!」
「あの方ですか」
私とジュネは顔を合わせた。
彼女のことはよく知っている。
私とレクターの婚約が決まる前から、社交場あるいは彼の家などでその姿は度々目撃していた。確か年齢は私達より10歳くらい下だっただろうか。レクターを兄のように慕う、可愛らしいお嬢様。
「私には妹はいないけど、彼女なら年下だし妹のようなものだものね」
「それにレクター様を気に入っているというのもポイントですね。現に婚約している今でさえ、二人の隙に割って入ろうとレクター様宅を度々訪れている。お嬢様とレクター様の仲をさりげなく妨害するプロですよ、あれは」
「え?」
「え?」
私の言葉にジュネが動きを止めた。
でも、知らなかったから。
「そうなの?」
「……そうですよ」
何とも形容のしがたい微妙な空気が流れた。
「レクター様の誕生日にだって、二人の婚約記念日にだって、ちょっとしたバカンスの時にだって、何故かタイミング良く現れたじゃないですか、あの方……」
言われてみれば確かに。
「偶然かなって」
「妨害ですよ、十中八九」
「……」
そう言われたら、なんだか恥ずかしくなってきた。
「え、えっと」
「なんです?」
「それって、レクターの方は気付いていたのかしら?」
気付いていたとしたら、私だけその事実に気付かずにエリーナを快く招いていたことになる。
「気付いていませんよ」
そう言ったのはネインだった。
「レクター様は普通に『ああ遊びに来たんだな』って、迎え入れてました」
「そっ、そうなのね……」
よかった。私だけじゃなかったんだ。
それだけで、少し心が軽くなった気がする。
「はあ全く」
「え? どうしたの?」
私はこうも安心したのに。
ジュネが珍しくネインのように苦々しい顔でこちらを見つめていた。
「別に」
「別にって」
何か含みがありそうな言葉だ。
「ま、私は、お嬢様達のそう言うところが好きなんですけどね」
「姉に同じく」
何だかよく分からないけど褒められた。
「ありが、とう?」
その真意は分からないけど、お礼を言って今日のところは幕を閉じることにした。
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