第7話 その物語の主人公は魔法使いではない

 

 その後、私達はネインの友人としてごくごく普通に振舞った。

 食事のお世話をしたり、散歩のお供をしたり。

 こうして日常を共に過ごしている分には、別段レクターにおかしなところは見られない。


 やはりここは、単刀直入に聞くしかないだろう。


「……ジュネ」

「……はい、お嬢様」


 ジュネがネインに目で合図を送った。


「!」


 ジュネの無言の圧に気付いたネインは途端に嫌な顔を浮かべた。

 必死に首を左右に振る。

 しかし姉はそれを許さなかった。


 本当だったら全てを暴露して謝罪をしたいところだろうに。

 でもここまで来たら最後まで頑張ってもらおう。

 私はレクターに見えないように、握りこぶしをネインに送った。


「……そういえば最近、街で変な噂が飛び交っているようですね」


 ネインは観念したように例の話題をレクターに語り始めたのだった。


「噂?」

「何やら婚約破棄がブームになっているとか」

「!!」


 これは。

 ここでも明らかに動揺している。


「あ、ああ。以前セイラもそんな事を言ってたな」


 彼はそう言って、少しギクシャクとしながらもネインに相槌を打った。

 私と一緒にいる時とは違い、レクターは辛うじて会話を続けられるようだ。


「不思議なものです。日頃仲良さげにしていた方達が、こうもたやすく婚約破棄など。でもそこはやはり人間、心変わりをする時もあるということなのでしょうか?」

「……」


 さあ、なんて答える。


「そ」


 そ?


 風がそよそよと吹き抜けた。草木が揺れる音が辺りを支配する。

 気を取られたら聞き逃してしまいそうだ。


 私は耳を澄ました。


「そ、そんなことよりも、冷えてきたしそろそろ屋敷の中に入ろうか」

「あっ」


「しくじったな、弟よ」

「……」


 レクターは軽やかに背を向けて歩き出していた。


 直接の質問が失敗したとなれば、やる事はあと一つしかない。


「やりなさい、ネイン」

「ちっ」


 後ろ姿のレクターに向けて、ネインは手のひらをかざした。


 それが魔法発動の所作なのは言うまでもない。

 私達は既にこの動きを何度か目撃している。

 一度は私達を変装させる時、そしてもう一度はこの場から余計な人を追い払う時。


「……ネイン君、凄いわね」


 レクターは彼の魔法にあてられて、意識の無い人形のように棒立ちになっていた。


「ははは、なんせ奴は皇立のエリートしか通えない魔法学校の首席でしたから」

「ここで従者にしておくには惜しい才能だわ」

「まー、才能だけ見れば物語の主人公にでもなれそうですよね」

「そうね」


 それほどの凄い人間が身近にいた私は運がいいのかもしれない。


「でも残念ながらこの物語の主人公は、お嬢様、あなたですからね。あいつにこれ以上の出番はない。さあ、次はお嬢様が行動を起こす番です」

「ええ、ありがとう」

「いえいえ」


 ジュネがぺこりと頭を下げる。

 私は魔法を解いてからレクターの前に立ち、虚ろな瞳を浮かべる彼に訊ねた。


「レクター、あなたは私と婚約破棄をしようと思っている?」


「ああ……俺は……セイラと……婚約破棄をしようと思って……いるよ……」

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