第6話 全ては授業参観のせい
廊下に三人の青年が並ぶ。
扉側からネイン、ジュネ(男装魔法中)、私(男装魔法中)。
「よし、そろそろレクター様が起床の時間だ。準備はいいか?」
「もちろん」
「は、はい」
「よし」
そう言って、ネインは軽く扉をノックした。
「失礼します。おはようございます、レクター様」
「やあ、ネインか。おはよう」
おはようという割に、既に寝間着の姿ではなかった。
きっちりといつ人前に出ても恥じないような恰好で椅子に佇んでいる。
相変わらずしっかりしている人だな。
「朝食の準備が整っております」
「ああ分かった、すぐに行……うん?」
あっ。
早速レクターと目が合ってしまった。
ついオフ状態の彼が珍しくて、観察してしまったのがいけなかったか。
「君達は……?」
「あ、彼らは」
物珍しそうにレクターが歩み寄る。
そりゃそうだ。いつもよりも従者が一人も二人も増えてれば、気にもなる。
「私の友達で、えっとその、今日は仕事の様子見に授業参観に……」
頑張れ、ネイン。声が小さくなってるよ。
「授業参観……?」
「へ、変ですよね! すみません、今すぐ帰らせますんで!」
そう言って、私達の背中を押した時だった。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「へ?」
「どうも最近巷では、それが流行っているらしくてね。先日、セイラの家でもそういう事をやっていたんだよ」
「ほ、本当ですか?」
いや、嘘だ。
そんな授業参観制度、やってるのはうちとレクターの家だけしかない。
しかしこのチャンスをみすみす潰すわけにもいかない。
「そっ……」
「そうなんですよ。最近、街では日頃の仕事について多層的に理解を深めようと、こうして授業参観をやることが流行りとなっておりまして、レクター様にも是非認めてもらいたく~」
私の言葉を覆うように、ペラペラと語り出したのはジュネだった。
まるで熟練された商人のように、私達を軽快に売り込んでいく。度胸がすごい。
「いいとも、うちで良ければ存分に見て行ってくれ」
「!?」
「は、はい」
「ありがとうございます!」
私達は、三者三葉頭を下げた。
というか、いいのかそれで。
ちょっとは疑った方がいいんじゃないかな、レクター。
「じゃあ、私共は下でお待ちしております」
何はともあれ第一難関は突破した。
ネインが今度こそ私達を連れて、退出しようとしたその時だった。
「あ、ちょっと待ってくれないか」
「!」
レクターが不意に私の腕を掴んだ。
えっ、まさか私だけ正体がばれた?
「ど、どうしました?」
「そのイヤリング、どうしたんだい……?」
しまった。外すのを忘れてた。気に入っていたからつい。
「失礼しました。これは亡くなった母の形見だったもので、命日である今日、懐かしさの余りつけていたのを忘れていました。申し訳ございません」
そう言ってさりげなく外し、ポケットにインした。
しかし我ながら滅茶苦茶な嘘である。
こんなの信じるはずもないか。
「そうだったのか」
あ、信じた。
「こちらこそ失礼したね」
そう言って、彼はあっという間に身を引いた。こんなに素直で本当に大丈夫なのだろうか、レクター……。
「あの、このイヤリングが何か?」
「ああそれは、俺の婚約者がよく身につけているものと同じでね」
そう言って彼は困ったように笑った。
「本当は俺からも彼女にプレゼントしてあげたいんだけど、センスが無くてさ。同じものを持っている人なら、何か参考になる意見があるんじゃないかって声をかけたんだ」
「そうだったんですか」
「だからごめん、忘れてくれ」
彼はなんだか寂しそうに身をひいた。
プレゼントなんて考えていたんだなぁ……。
「何でも大丈夫だと思いますよ」
「え?」
「そんな風に真剣に悩みながら選んでくれたプレゼントならきっと相手も喜んでくれるはずです」
「でも俺が悩んで選んだなんて、相手には分からないよ?」
「それでもです。大丈夫だと思います、きっと」
だってもう、通じているから。
「そうか、ありがとう」
彼はそう言って優しく笑った。
「いいえ、どういたしまして」
===
「今のすっごーくいい感じでしたね」
一階に続く階段を下りながら、ジュネがぼそりと呟いた。
「……何言ってるの」
「だって、なんですかあの『姿は別人だけど実は思いは伝わっちゃうよ』な展開は。これが物語だったら、この時点でハッピーエンドですよ?」
「馬鹿言わないでよ」
これはそんな幸せな話ではない。
婚約破棄を前提としたドロドロ混沌の物語なのである。
「私はただ、一般的なアドバイスをしただけ」
「えぇー本当ですか? 本当は内心嬉しかったりしません?」
「……いいからさっさと階段降りて」
「はいはーい」
ジュネが小気味よいリズムで階段を下っていく。
その後ろ姿を見つめながら、私は小さなため息を漏らした。
ジュネが言っていたことは私にだって分かる。
嬉しくないと言えば嘘になる。
私だって、レクターがそんな風に考えていたなんて思いもよらなかった。だから彼の気持ちを知った時は純粋に嬉しかった。
でもそれは。
「彼が婚約破棄を望んでいなければ、ね」
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