第5話 ああ、翻弄されるはか弱き弟よ

 

 翌日早朝。


「嫌だね。絶対断る」


 私達はレクターの屋敷にやって来ていた。

 こんな朝っぱらから起きているのは従者や警護の人間だけで、当然レクター本人やその両親が起きているはずもない。


「そこをなんとか。大切なお姉ちゃんの頼みだから!」

「大切もくそもあるか。僕はレクター様に使える従者。それをスパイみたいなことするはずがないだろ」

「はっ、相変わらず冗談の通じない真面目ボーイめ」

「冗談じゃなくて本気で言ってるだろ、それ。レクター様が婚約破棄したがってるかだって? そんなの新聞記者にでもやらせておけよ」


 懸命に頼み込むジュネを軽くあしらうネイン。

 駄目だこれ。完全にあしらい慣れている。


「大体どうしてそんな事調べたがるんだよ。婚約者のセイラお嬢様まで連れてさ。失礼にもほどがあるだろ」

「それは」


 チラッとジュネが目配せをする。

 出番だ。

 私は軽く頷くと、二人の前へとわざとらしく歩み出た。


「私が知りたいの」

「……は、はい? セイラ、様、が? えぇー?」


 やはり双子。

 驚いた時の顔はそっくりだ。


「近頃、婚約破棄をする人達が多いっていうでしょう?」

「ま、まあ、そうですね」

「それを聞いて私、レクターもそうなんじゃないかって思ったの」

「でも、レクター様に限ってそんな事は……」

「分かる、分かるわ! でも不安で不安で仕方ないの。おかげで食事も喉を通らないわ。お願いネインさん、あの人の愛を疑う訳じゃない。ただ安心したい、それだけ。協力して貰えないかしら?」

「う……わ、わ」


 手を取ってネインを見つめる。

 彼は極度の緊張か、視線を合わせてはくれなかった。

 代わりに彼の後ろでジュネがニヤニヤと笑っていた。酷い姉だ。


「わ、かり……ました」

「まあ、よかった!」


 こうして私達は新たな味方を一人引き入れることになった。

 それとジュネ、後ろでダブルピースはやめなさい。


===


「で、作戦だけど……本当に上手くいくのか、これ?」


 ネインが疑い深く私たちを注視する。

 理由は見ればわかる。


「大丈夫だって。私達のこと、『授業参観』に来たお友達って紹介すれば信じて貰えるから」

「絶対信じないだろ」


 目立ち過ぎず不潔過ぎず、きっちり整えられた男装服。

 体つきも顔立ちもどこから見ても男性のそれ。

 私達は今、ネインの魔法をかけられて外見上は男性の姿になっていた。


「大体なんで姉ちゃん達まで偽装して屋敷に入る必要があるんだよ」

「そりゃあ勿論可愛い弟にボロが出ないよう、的確なサポートをするために決まってるでしょ」

「逆に心配だよ」

「そんなことないですよ、ねーっお嬢様」

「よろしくね、ネインさん」

「ぐっ……」


 ネインは明らかに『卑怯だぞ』と訴えるような目を姉に向けていたけれど、ジュネはその視線を華麗にスルーしていた。彼のことは少し可哀想だけど、ジュネの言っていることも間違いないし、仕方ないか。


 的確なサポート。

 その言葉に間違いはない。

 レクターの真意を探る機会はここを除いて他になく、決してミスは出来ないのだ。


「じゃあ参りましょうか」

「お嬢様、そこはもっと男らしく」

「そうね、じゃあ……いざ参る!」

「よっ、待ってました!」


「……はあ、騎士かよ」


 次回、屋敷侵入編スタート。

 

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