第9話 ドキドキ二人の吊り橋効果大作戦
「レクター様ぁ」
響き渡る甘い声。
それは勿論、本日の主役ことエリーナだった。
「お会いしたかったですわ」
すっかり気取って挨拶をするエリーナ。
その姿は私やレクター、ジュネとネインから見ると明らかに幼い。
相変わらず可愛いなあ。
「お嬢様」
「何かしら」
「エリーナ様を温かい目で見るのも勝手ですけど、今日は目的があることをお忘れなく」
「そ、そうだったわね」
危うくいつものペースになりそうだった私は、首を振って気持ちを引き締めた。
「任せて、今から作戦開始よ。今日はなんとしてもレクターにエリーナを見惚れさせる。ジュネ、ネインさん、協力よろしくね」
「……はい」
「お嬢様が、そう言うのであれば」
「?」
今日は妙に二人のノリが悪い。
その様子に疑問を感じながら、私はレクター達の元へと駆け寄った。
「僕、やっぱりやりたく無いんだけど」
「我慢するんだ、弟よ。私も気持ちは同じさ」
===
子供達が二人の周りに集まっている。
「どう、二人とも順調?」
「ああ」
「勿論ですわ!」
レクターとエリーナの二人は、子供達に一人ずつお菓子を配っている最中だった。
彼らは皆、孤児院の子供達である。
今日は慈善事業の一環でもある孤児院訪問の日だった。
「レクター様は孤児院の子達にも優しいんですのね」
そう言ってエリーナがうっとりとレクターを見つめる。
事前に話を聞いていた通り、エリーナはレクターに好意があるようだ。
後はこちらをなんとかするだけ。
「あら、私としたことがいけないわ」
「どうしたんだい、セイラ?」
「お菓子の配分を間違えて、手持ちのお菓子を切らしそう」
題して、お菓子切らしちゃった作戦。
私のミスでお菓子を切らし、追加分を馬車に取りに行っている隙に、二人が急接近する作戦だ。
問題は……。
「え? じゃあ俺の分を君に譲っ……」
彼が妙に親切な事。
早速彼は、自分のお菓子を私に渡して、自分が馬車へと向かおうとしている。
「それは駄目」
だから私は即、彼の申し出を却下した。
「これは私の準備ミス。責任を持って私が取りに行きます。ああ、私はなんて目論見の甘い人間なのかしら。駄目ね、これじゃ。全然駄目すぎるわ」
「何もそんなに自分を卑下しなくても」
「ううん、これが事実よ。エリーナちゃんはきちんとその辺の調整が上手で流石だわ」
「当然ですわ、セイラ様」
「それじゃレクター、エリーナちゃんとよろしくね」
そうして私は急ぎ馬車止まっている孤児院の裏手へとかけていった。
うんうん。
これで少しは、彼女の評価が上がって私の評価が下がっただろう。一石二鳥だ。
「ばっちり」
「ですかね」
裏手ではジュネがお水を持って立っていた。
「ありがとう」
それを手に取り一気に飲み干す。
「それじゃ次は作戦第二弾。急に悪い奴が現れて、レクターが撃退。題してドキドキ二人の吊り橋効果大作戦よ」
作戦は一つじゃない。
何重にも張り巡らせてこそだ。
「……本当にやるんですか」
「勿論よ、ネインさん」
「諦めなさい、ネイン。お嬢様は元より、こういうお方なの」
「……はあ」
===
「わー大変だ。大変です!」
ジュネが大声をあげてレクターへと駆け寄る。
「どうしたんだ、ジュネ」
「ゴロツキが、近所のゴロツキどもが、孤児院を狙ってやって来ました」
「なんだって?」
「嘘じゃありません、ほら、あそこ!!」
そう言って、ジュネが正門を指さした。
===
「ほら出番よ、ネイン」
「お嬢様……うう、分かりました」
===
「ふはははは、金目の物を寄越しやがれ」
「さもなくば、この孤児院は今日で解体だ!」
そう言って私達は堂々と正門から姿を現した。
ネインの変身魔法の力を借りて。
今、私達は見るからに凶悪そうなゴロツキに変身している。
「ジュネ。ネインは見かけなかったか?」
「はいレクター様、生憎弟は昨日食べた賞味期限切れのパンケーキでお腹を壊して、トイレにこもっています!」
「くっ、そうか……」
まあ実際には私の隣に立っているわけだけど。
「(僕もう嫌になってきた)」
「(頑張って!)」
レクターを確認すると、ちょうどジュネが判断を仰ぐところだった。
「レクター様、どうしましょう?」
「とりあえず俺が彼らの相手を。ジュネとエリーナは子供達を守るんだ」
「は、はい」
よし、レクターがエリーナから離れた。じゃあ次は。
「おうおう判断が遅いなあ。どうするもこうするも無いだろ。こういうのは弱いものを人質に取るのが常識ってなあ……」
「やめろ!」
「おっと、近づけさせるか」
そう言って、ネイン(ゴロツキの姿)がレクターの動きをふさぐ。
「観念しろお嬢ちゃん」
私は私で、ゆっくりとエリーナ率いる子供たちへと近づいていった。
勿論、これ以上手は出さない。
あとはエリーナが幼い子達を守ったのを確認次第、ネインがレクターに倒されて終了だ。
「あ、あ……」
エリーナがつぶらな瞳で私を見上げる。
さあ、子供たちを守って。
大丈夫、後はこっちが負けるだけだから。
「い……」
彼女の片足が、地面の砂を強く踏む。
「嫌ーーーー!」
「え」
彼女は激しく絶叫した。
いや、絶叫しただけならいい。
それに加えなんと彼女は、子供たちを置いて一人逃げ出そうとしているではないか。
それじゃシナリオが変わっちゃう。
「ちょっと、待っ……」
呼び止めようと、私はすかさず走って手を伸ばした。
しかし私は失念していた。
外見はゴロツキに変わっても、中身の運動神経はいつもの自分だということに。
「!!」
自分の右足に左足が引っかかる。
心臓が飛び出そうなほどの激しい衝撃が走った。
ズシャッ
醜い音と共に、私の体はのめりになって倒れてしまった。
「おっ……じょ」
「わっ、あっ」
ジュネが駆け寄ろうかどうしようかと焦っている声が聞こえる。
ネインが演技を忘れて、明らかに動揺している声が聞こえる。
事態は最悪だ。
でも、ここで終わりにするわけには行かない。
「い、ててててて」
「ひっ」
私は痛む自身の体を無理矢理起こして、ゆっくりと立ちあがったのだ。
エリーナは信じられないような目つきで私を見上げている。
そうだ、何かいいセリフは。
「く、くぅ……子供たちを守るために立ち向かって来るなんて、なかなか骨のあるお嬢ちゃんじゃねえか」
「……え?」
「仕方ねえ。引き上げるとするか、なあ!」
「へ? ……へいっ!」
私の呼びかけに事情を察したネインは、同調するように私の元へと駆け寄ってきた。
「(だ、大丈夫ですか?)」
「(大丈夫)」
彼の肩に体を預けながら、私は小さく頷いた。
「こんな場所、二度と来ねえぜ!」
そう言って、私達は正門から孤児院を後にした。
「……な、なんだったんだ。彼らは」
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