第10話 唐突に始まる謎の展開はじめました

 

「ひっく、ひっく……怖かったですわ、レクター様」


 少女がレクターの胸の中で泣いている。


「そうだね、怖かったね」


 レクターはエリーナの肩を抱き、懸命に慰めていた。

 さすが優しい男。

 さてじゃあ私の方は、っと。


「ごめんなさい……私のいない間にそんな事が」


 そう言ってキチンと謝罪する。

 この場じゃ私は何も出来なかった女だからね。


 けれど、ネインが何か言いたげに私を見つめた。


「お嬢様……」


 でもそれが作戦なんだから仕方ない。

 当然真実を告げられない彼は、考える間もなく、素早く一言こう述べた。

 

「私も、肝心な時にレクター様のおそばにいれず申し訳ありませんでした」

「いや、二人は何も悪い事なんてしていないじゃないか」


 ところがどっこいしているんだな。


 彼を騙したことに若干の良心の痛みを感じながら、私はそっと二人の様子を眺めた。

 年の差はあれど、こうして見れば実にいい感じだ。


「レークターさまぁー……」

「うんうん、よしよし。それで、ネインの体調はどうだい?」

「私の体調?」

「ほら、賞味期限切れのパンケーキを食べて腹痛がどうとか、ジュネが言って……」

「!?」

「!?」


 ネインがちらりとジュネを死んだような目で睨んだ。

 これはまた姉弟喧嘩が始まりそうな予感。


「ん?」

「お、おかげさまで大丈夫……です」

「それはよかった」


 私もよかった。

 ここで喧嘩が勃発したら、レクターどころじゃなくなっちゃうからね。


「レクター様ぁー……私もゴロツキから一生懸命子供達を守ったんですのよ。心配してくださいな」

「うん、そうだったね。大丈夫だったかい?」

「ええ。レクター様と一緒にいれば大丈夫ですぅ」


 よしよし、こっちこっちで自分が子供達を守ったと認識したようだ。

 一時はどうなるかと思ったけど、成功成功。



 今日一日の成果に満足してその余韻に浸っていると、何やらジュネがひそひそと体を縮めるようにして、私の傍へとやって来た。


「あの、お嬢様ちょっと、ここの院長からお話があると」

「?」


 なんだろう。ただならぬ雰囲気。


「どうしたんだい、セイラ。困りごとかい?」

「ううん。そうじゃないけど、ちょっと院長とお話してくる」

「それなら俺も一緒に」

「駄目ですわ」


 そう言って、立ち上がろうとしたレクターの服の裾を、エリーナはしっかりと握りしめていた。


「だ、だって私、まだ震えが止まらないんですの……」

「でも」

「大丈夫よ、レクター」


 私は彼に言った。


「本当に少しお話してくるだけだから。あなたはここで彼女に寄り添ってあげて」

「……分かった。何かあったらすぐに言ってね」

「ええ、分かったわ」


 そう伝えてジュネが押さえている扉から、私は自然な足取りで表へと出る。私が完全に部屋から出たところで、ジュネが何か言いたげにレクターを見つめた。


「レクター様」

「なんだい? ジュネ」

「ついでにネインを少しばかりお借りしたいのですが」

「いいけど、やっぱり何か問題でも……」

「いえいえ」


 レクターの不思議そうな問いかけに、ジュネは明るく笑顔を向ける。


「あんなことがあった後じゃ、何もないって分かっていても、女性二人じゃやっぱり何だか怖いものでして」

「ああ、それもそうだ。ネイン、一緒に行ってあげるといい」

「……分かりました」


 しおらしく頭を下げ、彼の指示に従うネイン。

 

「ありがとうございます」


 ジュネもまた嬉しそうに頭を下げた。



 それから私達が部屋を出て、歩き出して数秒後。


「はっ、何が怖いだよ」

 

 ネインは鼻で嘲るように笑った。

 

「ちょーっとぉ、今笑ったね? 大いに笑ったね?」

「ああ笑ったよ。笑ったさ」

「はいはい、二人とも喧嘩はやめなさい」


 これがレクターの前じゃなくて本当に良かった。

 早速勃発する双子の喧嘩を、私は溜息混じりにたしなめた。


「いや、でもお嬢様。こいつに限って怖いとかそんなもんある訳……」

「きゃー怖い。セイラお嬢様、助けてぇ」


 そう言って、エリーナの真似で私に縋りつくジュネ。


「やめなさい」


 付き合うこっちが疲れてくる。


「で、本当のところは何の用事で私達を呼んだの?」

「あっ、そうでしたそうでした」


 ジュネは思い出したようにポンと手を叩いた。


「嘘から出た実って話ですよ」


 嘘から出た実?

 首を傾げた私の手をひいて、彼女は裏門の扉を開ける。


「まあ、来ちゃったわけですよ」

「来た? ……ってもしかして」


 なんとなく用件が読めてきた。

 嘘が真実になるんだとしたら、まあ要するにこれしかないだろう。


「お見込みの通り」

「げ」

「!」


 裏門を出たその先に人が待っている。

 いや、待っているってそんな行儀のいいものじゃない。

 彼らはまるで、獲物を狙うハイエナのように、鋭い眼光でこちらを睨んでいた。

 数にして、二、四、六、ハ……十ニ人。


「私達が変装しなくても、役者は十分揃ってたんじゃない」

「いやはや、でも、彼らは手加減出来ませんよ?」

「それは……そうだけど」


「へへへ、お貴族様がここで慈善事業してるって噂聞いてなぁ。俺達にも、支援してくださいよ、お貴族様」


 ゴロツキが、下卑た顔を浮かべながら、私達を取り囲んでいく。


「……はあ、下衆が」


 ネインの挑発。

 それは、彼らの怒りを駆り立てるのには十分だった。


「何をぅ? おい、お前らやっちまえ!」


 彼らが一斉に飛びかかり始めた。


「今日はもう、魔法は使わないと思ったのに……!」


 ダンッとネインが片足を強く叩き付けた。

 瞬間、足元から氷の柱が現れる。


「は!?」


 氷に触れたゴロツキ達は一瞬にして氷漬けになってしまった。

 これでまず五人。


「ふふ、さっすが我が弟。便利」

「うるさいな」

「流石だわ、ネインさん」

「ありがとうございます」


 なんて、のんびりしている場合ではない。


「馬鹿野郎! 遠くから狙え!!」


 接近すると凍らされると警戒したゴロツキ達が、今度は遠隔攻撃を始めようとしていた。


「おい、ジュネ!」

「うーん、それは困りますなぁ」


 全く困っていないような、まったりとした表情を浮かべながら、ジュネはスカートに手を忍ばせた。

 まるで手品。

 彼女の手には、一瞬のうちに細い投げナイフのような物が握りしめられていた。


「じゃあこれで」


 彼女の手からナイフが投げられる。


「ぎゃっ」


 ナイフはまるで追尾機能でもあるかのように、遠くにいる男達の手に命中した。これで五人。

 じゃあ、あと二人は。


「ははっ。この状況は計算外だったが、どっちにせよお前を捕まえれば終わりだろ!」


 挟み撃ちをするように、二人が草むらから現れた。


「お嬢様っ。危ない!」

「お黙りなさい」

「え? 何を言っ……!?」


 これは決して二人の従者に言ったものではない。

 私が命令したのは、別の二人。


「そのナイフは危ないわ。今すぐ捨てて、地面に伏せなさい」

「……はい」


 私が告げた言葉の通り、彼らはナイフを打ち捨てると、その場に低く平伏したのだった。

 

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