第15話 図星の婚約破棄

 

「……セイラ。それにネインとジュネ、君達は一体何をやっているのかな?」


 レクターの言葉。

 それはまるで私達を警戒しているようで……。


「別に何って、談笑ですとも、談笑。お天気がいいなーとかそんな感じのー……」


 こういう時のジュネは強い。

 この修羅場のような空気にも物怖じせず受け答えが出来る。


「セイラがネインに抱きついたりしてかい?」

「あらー……そこから見ていましたか」


 あっさりと彼の微笑みに黙殺され、ジュネはそれ以上、返すのをやめた。


「あの、それには理由があって」


 今度はネインがフォローに入る。


「理由? 納得する理由を言えるのかい。場合によっては、君をこの地から追放しても構わないよ」


 すかさずレクターが言い返した。


「それは……」


 ネインが口ごもる。

 それはそうだろう。いきなり追放などという言葉をぶつけられたんだから。 


「さあ、言いなさい」


 レクターが見下すように冷たく告げた。


 おかしい。


「……」

「どうしたんだい?」


 さっきから何かがおかしい。

 なんだろう。この、一方的に相手を悪と決めつけるやり方は。

 

 この会話は、本当に続けてもいいのだろうか。

 

「言えないなら……」

「待って!」


 私は彼に届くようにはっきりと声をあげた。


「セイラ?」

「お嬢様」


 みんなが私に注目する。


「どうしたのかな?」


 背筋の凍る微笑み。

 勘違いかもしれない。

 でも、これは絶対におかしいと、私の中で何かが言っている。


「あなた……本当にレクターなの?」


 私は静かに訊ねた。


「何を言っているんだ。当たり前だろ、セイラ」

「本当に?」

「本当だとも」

「……じゃあどうして、私と一従者であるネインのことを気にするの?」


 良くも悪くもネインとジュネは従者。

 従者という存在は、結局のところそれ以上には成りえない。

 そんなこと、私もレクターも生まれながらに十分理解していたハズ。


 それなのに、そこにいちいち突っかかるこの展開は、まるで――


「もしかしてあなた……婚約破棄を狙ってる?」

「えっ?」

「??」

「…………」


 沈黙。

 けれど彼は、確実に、笑っていた。

 

「婚約破棄を狙ってるって、それじゃ本来の目的通りもがっ……」

「今は余計なことを言うなって!」


 ネインがジュネの口を押えた。

 

 でもジュネの言葉はその通り。

 私達は、彼からの婚約破棄を狙っていたんだから、この展開は望むところ。なんだけど……。


「納得出来ないわね」

「納得出来ない? 婚約破棄をしたいと俺が言ってもか?」

「ええ、全然全く」


 私は強くレクターを睨み付けた。

 外見は同じハズなのに、鳥肌が立つような醜悪な笑み。


「あなたが婚約破棄をしたいという気持ち、それは知ってる。でも、タイミングは絶対ここじゃない。だってあなたは、こんな非常識な理由で婚約破棄を言い渡す男ではないもの」


 だからこそあんなに苦心していたのだ。

 二回にも渡るお茶会で。

 言うべきチャンスはいくらでもあったのに。


「ねえ本当にあなたは誰なの」

「俺はお前の婚約者のレクターで……ああっ、くそっ、言い渡してやる。お前となんて、婚約破棄を……ぐっやめ、やめろ」

「!?」


 突然だった。

 レクターが頭を押さえたかと思うと、苦しみの声をあげ始めたのだ。

 それはまるで、頭の中で何かと戦っているかのような、そんな苦しみ。


「違うっ……俺は破棄なんてしない……いや、破棄…………する」

「これは」

「お嬢様危ないです!」


 ぐいと体が押しのけられる。

 ジュネが私を押したのだ。


 その瞬間、赤い線のようなものが空に散る。


「ちょっと、血が……!」

「大丈夫、かすっただけですとも」


 親指をつき立て、大丈夫であるかを証明するように彼女は笑って誤魔化す。


「ネイン」

「分かってる」


 二人が私を庇うようにレクターの前に立ちはだかった。

 でも私には分かる。

 主である相手、主の婚約者である相手を傷つける事など、彼女達には無理だということを。


「俺は……婚約破棄を……」


 どこから取り出したのか分からないナイフを持って、レクターはじりじりと再び迫ろうとしていた。


 これはもう。


「頭にきた」

「は?」

「え?」


 二人を押しのけて、私は彼の前に躍り出た。


「いや、危ないですよ」

「下がってください、お嬢様!」

「嫌よ」

「「嫌ぁ?」」


 静かに呼吸を整えて、じっと彼を見据える。

 出来ればこの先もずっと秘密にしたかったけれど。


「セ……イラ」

「残念ね。婚約破棄を受け入れる準備はあるけれど、それは今のあなたはではない」


 彼と目が少しだけ合った。

 それは本当の彼なのか、あるいは別の彼なのか。


 何故か涙で視界が滲む。


「レクター、手に持った武器を捨てて、大人しく地面に伏せなさい」



 私は彼に――命令した。

 

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