第14話 一級フラグな建築士
「で、何をすればいいって?」
「とりあえずネインは魔法で、どこかにいそうなカッコいい王子様に変身しなさい」
相変わらずのレクター屋敷前に停車している馬車の中。
ネインは彼の従者だというのに、ここまで真っ当に自分の仕事を放棄して私達に付き合えるというから、レクターの懐の深さは海よりも深い。もちろん私がネインに話があるとレクターに言ったわけだけど、それでもここまで融通が利くなんて。
ジュネ曰く『お嬢様に甘いだけですよ』とのことだ。
だったら婚約破棄なんて考えなければいいのに。
「王子!?」
車内にネインの声が響いた。
「あったり前じゃない。素のあんたがどうやってお嬢様をかっさらいに行けるの。家柄も、容姿も、人間性も、どれをとっても駄目じゃない」
「家柄と顔はお前と同じだよ」
「そうだけどね」
悪びれもせずジュネが笑った。
そんな二人の様子を交互に見比べる。
「二人とも」
「ん?」
「どれも別に悪いとは思わないけど?」
「お嬢様……」
「駄目です。甘やかさないで下さい、お嬢様」
真顔で首を振ったのはジュネだった。
「その言葉で調子に乗って、コイツが素のままお嬢様に告白でもしてみて下さい。レクター様には鼻で笑われるだろうし、お嬢様にも人生の汚点が増えてしまいます」
「何もそこまで言わなくても」
「いいえ、きっとそうなります! 五秒で消費される一発ギャクもいいところです」
……そうだろうか。
レクターの事だから、相手がどんな人であれ信じてしまいそうな気もするけど。
「とにかくここは、確実性を重視して、ネインには異国の王子になってもらいましょう。婚約破棄後はお嬢様が異国の王子と幸せに暮らしてハッピーエンド! 分かりましたね?」
私は黙って頷いた。
それが婚約破棄のセオリーというのなら、私はそれに準じよう。
「……じゃあ次の問題に移ろう」
諦めたようにネインが言う。
「僕は王子に扮するけれど、そこから何をやればいいんだ」
確かに。
私もその後の事は分かっていない。
答えを求めるように私達はジュネを見つめた。
「んー、フラグでも立てとく?」
「フラグ?」
「一目ぼれでもない限り、いきなり王子が現れて、お嬢様と結ばれるわけないですから。だからこう、その状態にたどり着くまでの伏線を張るっていう」
「例えばどんな」
「うーん……落ちてたハンカチを拾うとか、食パンくわえながら屋敷の角でぶつかるとか?」
「アホか」
ネインの冷静なツッコミが入った。
もちろん私も彼に同意する。
「でも、インパクトのある伏線が必要なんだって!」
必死にジュネが力説する。
その必死さ、普段の仕事にも生かしてもらいたい。
「分かってくれますよね、お嬢様?」
「食パンにインパクトはあるけど、非現実的過ぎじゃないかしら」
「お嬢様、真に受けてはいけません。基本的に馬鹿なんですよ、こいつは」
ネインはそう言ってジュネを冷めるような目で見つめた。
私もそれに倣って彼女を見つめる。
「ぐぬぅ……」
今日はこれ以上、いい話は出来なさそうだ。
「……はあ。それじゃ僕はそろそろ仕事に戻ります。ジュネ、馬鹿な考えは捨てて、まともな案を考えろよ」
ネインは馬車の扉を開けた。
「あ、待って。私もレクターに挨拶していくわ」
彼に続いて馬車を降りようと体を持ち上げた、その時だった。
「あっ」
つま先が馬車のへりに引っかかった。
嫌な感触。
足がもつれ体重が地面の方へと傾いていく。
転ぶ。
そう思った時には既に体は前のめりで、自分のバランス力では到底対応できない体勢になっていた。
じゃりじゃりとした痛そうな砂の地面が目に映る。
「危ない!」
その声と共に私の体を鈍い衝撃が襲った。
当然、顔が潰れるくらいは覚悟した……けれど。
「痛く……ない?」
顔に擦り傷を作るどころか、体のどの部分も痛みをまるで感じない。転んだのが白昼夢だったのかと思わせるほどに私の体は無傷だった。
「……っ大丈夫ですか、お嬢様」
「えっ……ええ……」
答えはすぐに判った。
私の体は、先に馬車を降りていたネインによって支えられる形となっていたのだ。
「ありがとう、助かったわ」
「……いえ」
私は彼から離れた。
彼のおかげか自分の服には砂埃一つない。
その代わりに、立ち上がったネインの服には沢山の砂埃が付いていた。
「ごめんなさい」
「お気になさらず。お怪我が無さそうで何よりです」
そう言って彼は軽く笑った。
それがなんだか申し訳なくて、私はネインの服に付着した砂埃を手で払った。
彼はいいと遠慮していたが、私の気持ちがそれじゃ済まない。
「そうそう、こういうハプニングが欲しかったんですよ。あー出来れば、その姿じゃなくて、王子の姿ならよかったのになぁ。あとは告白するだけでー……」
「いいからお前はこっちでお嬢様の身の回りをもう一度チェックしろ。血でも付いていたら僕は腹を切る」
「そんな。異国のお伽噺じゃああるまいし」
「いいから!」
「はいはい」
ジュネが馬車からひょいと降りて、身の回りのチェックをしようと私の体に手を当てた時だった。
「えーと、どれどれ……ん?」
「どうかした?」
彼女の動きがぴたりと止まった。
「っや、えと」
「?」
ジュネと視線が合わない。
彼女の視線が、私じゃなくてその先を捉えている。
なんだろう。
私はゆっくりと体を捻った。
「……セイラ。それにネインとジュネ、君達は一体何をやっているのかな?」
そこにいたのは私の婚約者、レクターだった。
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