第3話 下準備と真っ赤な嘘
再びお茶会当日。
部屋の中央に置かれた白いテーブル。
私は椅子に腰かける。隣にはジュネが立っていた。
「準備の方は?」
「ばっちりです。お金の手配も、新しい家も、家具も」
「すぐ家を出れるように馬車は?」
「外でスタンバイしてます!」
私はちらりと部屋の隅に視線をうつす。
そこにはスーツ姿の男が家具のようにちょこんと控えていた。
「彼は……行政関係の役人だと思うけど、やっぱりちょっと目立つわね。廊下で待機して貰いましょう」
「分かりました。すみませーん……」
かけていくジュネの後ろ姿を見つめ、私はほっと一息ついた。
緊張しないといえば嘘になる。
だってこれから私は婚約破棄をされるのだ。
果たして上手に驚けるだろうか。
そういえば、演劇はよく見たけれど、自分がお芝居をするのはこれが初めてかもしれない。
「お嬢様。レクター様が来ました!」
ぱたぱたと小走りで、ジュネが廊下から戻ってくる。
「じゃあ今日は一日よろしくね」
「はい!」
明るく頷いて彼女は自分の指定位置についた。
今回は前回のように、余計なスイーツは用意しない。彼女はただ、そこに控えているだけ。彼が話を切り出すだけで事足りる。
コツコツ。
二回のノックが鳴らされた後、ゆっくりとその扉は開いた。
「やあ、セイラ」
「あらレクター」
前回とは違い顔色がすこぶるいい。
彼もまた、この日の為に体調管理をしたに違いない。
やはり読み通り、婚約破棄は今日告げられる。
私は心の中で自分に花丸を送った。
「そういえば」
「!」
早速本題だろうか。
「何かしら?」
何食わぬ顔で咄嗟に身構えた。
「この部屋の入り口に、スーツ姿の男の人が立っていたんだけど……」
それは手配した役人のことだった。
配置転換が仇となったか。
「あっ」
「ん?」
ジュネが間の抜けた声を発した。
レクターが不思議そうにそれを見上げる。
「えっと、それはね……」
「お、お父さんです!」
「お父さん?」
お父さん?
咄嗟に思いついたであろうジュネの言葉。
どうやら彼女は、彼の正体をお父さんで押し切るつもりらしい。
やや強引だけど後には引けない。
仕方なく、私も彼女の話に乗った。
「ジュネのね、お父さんが来ているの。お仕事ちゃんと出来てるかなあって。授業参観みたいな」
「授業参観……」
困惑するのも当然だ。
私だってそんな話聞いたことない。
「ええ。そうよね、ジュネ?」
「は、はい、そうです! パ、パパ~……私、お仕事頑張ってるよぉ」
「確か彼女の父君は、戦死していたはずじゃ……」
なんでそういう情報はマメに覚えているんだろう。
これだから気遣いの出来る男は。
「う、生みの親のほう! 実は彼女は幼い頃、孤児院に捨てられていて、聞くも涙、語るも涙のお話があるのよ。深くは聞かないであげて!」
「そうか、そうだったのか。すまない……」
「い、いいんですよ。別に」
ちなみにジュネの父親は戦死したと言われていたけど、最近運よくひょっこり帰って来て、今は元気にパン屋を営んでいる。生みの親とか育ての親とかそういうのは一切無い。
「で、今はそういう話をする時間じゃないでしょ?」
「……そうだったね」
「今日は楽しいお茶会の時間。さあ座って」
「ああ、ありがとう」
楽しい楽しいお茶会。
そして最後のお茶会が今始まる。
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