第2話 婚約破棄だってやられる前にやれ


「ジュネ」

「はい、セイラお嬢様」

「見た?」

「見ました」


 彼がいなくなった部屋で二人きり。

 私達は残されたスイーツを囲みながら、ティータイム……いや小会議を開いていた。


「これ、きてるわよね」

「来てますね」

「婚約破棄の」

「フラグですね」


 私達の見解は一致した。


「ハンカチお出ししましょうか?」

「私が泣いてるように見える?」

「いえ、いつも以上に非常に意志のこもった力強い目をしていますね」


 彼女の答えに間違いは無い。

 実際、私の心には一つの野望が秘められていた。


 殺られる前に殺れ。


 とはいっても、こちらから婚約破棄をすることなんて世間体的にあまりよろしくない。

 だから私は備えるのだ。

 婚約破棄を受けたあとの完璧な布陣を。


「ジュネ、私の味方って言ったわよね?」

「……言いましたね」

「手伝って」

「手伝うって何を?」

「婚約破棄後、私がスムーズに家を出れる手配」

「えっ」

「財産はもとより、その先で暮らすための家とか。もちろん家具も必要ね。行政的な手続きが上手くいくように役人も呼んでおこうかしら」

「えっえっえっ?」


 きょとんとして目を丸くするジュネ。

 私は変なことを言っただろうか。


「あ、あのお嬢様」

「何?」

「味方っていうのは、その、そういうのじゃなくて……破棄された際に『ちょっと待って下さい!』って物申すとか、そういう役回りだと思っていたんですが」

「ああ、そういう話」

「そういう話です」


 対話がいかに大切か思い知らされる。

 こうやって毎日会話を楽しむような仲であっても、完璧に意志の疎通がはかれている訳ではないのだから。


「期待に沿えず申し訳ないけど、その仕事は必要ないわ」

「必要ない、ですか……」

「だって世間の流れから考えるに、周囲が制止したところで、婚約破棄は履行されてしまう。そんな風に思うの。婚約破棄を取りやめたなんて話、風の噂で流れてくる?」

「流れてこないですね」

「そういう事よ」


 要はどうあれ相手の方は、婚約破棄を進めたいのだ。

 だから私は婚約破棄後の手札を整える。


「婚約破棄は確実。問題はその後の対処。理想は婚約者が『こんなはずじゃなかったのにー』って悔しがれば完璧ね」

「悔しがりますかね……」


 ジュネのその一言は、決して私に対する嫌味では無かった。


 私の婚約者レクターは思いの外おっとりしている。

 だから私が別れた後に大成功を収めたとしても『そうなんだー、良かったね』で終わりそうなのだ。

 

 まあ、そんな彼だからこそ、今回の婚約破棄の兆候は意外と言えば意外なんだけど。


「目標は来週、この時間。きっと同じタイミングで、今度こそ彼は私に婚約破棄を告げるはず」

「はい」

「それまでに、何もかもを整えて、スムーズな婚約破棄を見せつけてやりましょう!」

「はい!」


 怖いものは何もない。


 一致団結したところで、私はコンニャクのフルーツポンチを口に運んだ。

 

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