第8話 次女 セリ

 ──シン、と部屋には静寂が落ちている。


 俺と三姉妹たちはいま、可愛いもので溢れた俺の趣味部屋を出て、2階のリビングでテーブルを囲って座っていた。


「えっと、だな」


 二枚貝のように閉じ切っていた唇を、俺はなんとかこじ開ける。


「その、さっきのアレはだな……」

 

 俺はずっと、あの趣味部屋についてまだなにか弁解の余地はないかと思考を巡らせていた。姪がいて、その姪たちのために用意している部屋なんだ、とか。あるいはいつかお店を開くために集めている商品なんだ、とか。

 

 ……いや、よそう。

 

 俺はかぶりを振った。

 

「実は、俺の趣味なんだ。ああいったお人形や可愛いものを収集するのが……昔から好きなんだ」


 ……いい機会じゃないか。もう誰かに嘘を吐いたり、自分で自分の趣味を否定するのはやめよう。少しずつ精神に傷をつけながら、それを見て見ぬふりで生きるなんて体に毒だ。


「あ、えっと、その……」


 長女のキキョウは困ったようにあたふたとしながら、

 

「しゅ、趣味や嗜好というのは人それぞれだと思いますし……」


 そう言って思い悩むような表情で、無理に作ったような笑顔を浮かべた。


 ……だよなぁ。普通はそういう反応になるよなぁ……。

 

 突然のアラサー男の少女趣味のカミングアウトだ。正面からバッサリ斬るワケにもいかず、かといって受け入れるには衝撃的過ぎるだろう。


 ──きゅるるる~。

 

 そんなとき、三女のスズシロのお腹の音が鳴った。外は祭りで賑やかで明るいが、もう陽はどっぷり暮れている。夕飯時だ。

 

「そ、そうだ、ご飯にしよう! とりあえず祭りの露店で何かを買って来るからみんなは少し待っていてくれ」

「えっ、あっ、ちがっ……あのっ! ゴリウス様っ⁉」


 キキョウの声がかかるが、俺はそれを振り切って外に出た。


「……はぁ。俺はいったい、何をやってるんだか……」


 大きなため息が出る。カミングアウトして、それに対して冷ややかな反応が返ってくるだろうということは予想できていた。なのに、


「なにを逃げ出してるんだか……」


 度胸のない自分が嫌になってくる。


 ……帰ったら、帰ったら今度こそちゃんとあの子たちに向き合おう。それで、ああいった趣味を持つ俺なんかとは同じ家で過ごしたくないと言われるのであれば、他に泊めてもらえそうな家がないかを改めて探しに行こう。


 とりあえず、いまはご飯を買わなくちゃだ。俺は露店の出ている通りまでやってくる。


 ……ああ、そうだ。何が食べたいか、それくらいは聞いてくるべきだったな。


 多様な種類の露店を見渡して、考えなしの自分の行動を恥じた。


「ミンミン焼き、ソースパン、カラカラコーン、野焼き麺……なにが好きかな、あの子たちは」


 とりあえずいろいろ買って帰ってみよう。空いてる露店を探して歩いて、ふと1つの店に視線が止まる。


「……あれは」


 それはボールを当てて落とした景品がもらえるというシステムの露店だった。俺の視線は自然と、箱に入った着せ替え人形の景品へと吸い寄せられていた。


 ……俺ときたら、まったく懲りてないな。


 ついさっきまでその少女趣味がバレたことに苦しんでいたのに、その痛みが引く前にもう新しいお人形に目を奪われているなんて。


「どうしようもなく、好きなんだな。俺は」

「好きって、あのお人形がですか?」

「うおっ⁉」


 突然に近くから聞こえたその声に、俺は弾かれたようにバッと横を向く。


「えへへ、ついてきちゃいました」


 てへっと笑って、いつの間にか俺の隣に立っていたのは三姉妹の次女の【セリ】だった。


「どうして……」

「だってゴリウス様が急に出ていっちゃうから、なんか心配で」

「そ、そうか……」


 ……そうだよな、そりゃそうだ。ちょっと考えれば分かることだ。突然初めて来た人の家に置き去りにされて不安にならないわけがない。


「俺としたことが、なにからなにまで申し訳な……」

「ねぇ、【ゴリウスさん】っ。見て、あのお人形カワイイ~!」


 てしっ、と。突然セリが俺の片腕に軽く抱き着いて、先ほど俺が見惚れていた着せ替え人形を指差していた。


「えっ?」

「お願いゴリウスさん、あれ取って~!」

「い、いったいどうしたんだ……⁉」


 セリはまるで父親にでも甘えるかのような口調で俺にしがみついてきている。飛び跳ねるたびにその黒髪のポニーテールがフリフリと揺れて、まるで落ち着きのないワンコの尻尾のようだ。そんなセリを見た周囲の人々は微笑ましげな生暖かい視線を俺たちに送っていた。


「おうおう、我らが里の誇りゴリウスよぅ! 見せつけてくれるねぇ! そのお嬢ちゃんが今ウワサで持ち切りの姪ちゃんかぁ?」


 ボール当ての露店をやっていた中年の男がガハガハ笑いながら俺たちを手招きした。


「姪ちゃんにいいとこ見せてやんなよ、ホレ」

「あ、いや、でも俺は……」

「はい、ボール3つで15銅貨ね。毎度ありぃ!」


 あれよあれよという間に俺の手にボールが持たされてしまう。


「ゴリウスさんっ、アレだよ、あのお人形さんだよっ!」

「あ、ああ」


 俺はセリに促されるまま、着せ替え人形の景品を手に入れるためのターゲットとなる重たそうな置き物へと軽くボールを投げる。それは正確無比に置き物の上部に当たって、たやすく地面へと落下させた。

 

「さすがだねぇ。ホラよ。これが景品の着せ替え人形さ。姪ちゃんにあげてやりな」

「あ、ありがとう……」


 手渡されたその景品を受け取る。先ほど遠くから見惚れていただけだったはずのその着せ替え人形が、今、俺の手の中にあった。


 ……あれ? なんでだ、こんなことがあっていいのか? って、イヤイヤ、違う。これはセリが欲しがっていたものじゃないか。


「セリちゃん、取ったぞ。これが欲しかったんだろう?」

「やったー! ありがとう、ゴリウスさん!」


 セリは大きくバンザイをする。

 

 ……喜んでくれたのか、それならよかった。やっぱり子供が喜んでくれるのは嬉しいものだな。

 

 なんて俺がウンウンと頷いていると、トントンと。セリは身長差のためか、軽くジャンプして俺の肩を叩いて、それからヒソヒソ話のジェスチャーをした。

 

 ……なんだろう? 

 

 俺は腰を落として屈むと、耳をセリの顔の近くへと寄せる。


「あのね、違うんです」


 ボソボソと、耳元でセリが小声で話し始める。


「そのお人形はね、ゴリウス様のですよっ」

「……なにっ?」

「だって欲しかったんですよね?」


 思わずセリの顔を見る。パチリ、とキレイなウインクが返ってきた。


「あとね、もうひとつ伝えたかったんです。たぶんゴリウス様はお姉ちゃんのこと、ちょっと勘違いをしてるように思えたから」




【NEXT >> 第9話 解決!】

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