第13話 メイド服

 1階には俺が筋トレに使用している広いトレーニングルームがひとつと、小部屋がひとつある。俺は小部屋の方を開き、その部屋の棚から紙とインク、ペンを取り出した。

 

「確か【みにすかめいど】という名前の衣装だったか……外見からしてこういった構造か?」


 俺は紙の上に線を躍らせていく。もう手慣れたもので、その線は次第に服の形を作り、パーツごとの図面となった。

 

 ──俺の趣味その2。それは【衣装づくり】だ。


 4階の趣味部屋のトルソーに着せて飾っていた衣装、あれはすべて自作である。なぜ自作に至ったかといえば、それはもちろん衣装もまた可愛いからだ。

 

 ……自分でも熱意の注ぎ方が異常だな、と思うことはある。キキョウも『独学であんな複雑な衣装を⁉』とものすごく驚いていたし。

 

 確かに技術をモノにする難易度はとても高かった。だが、可愛い服をこじゃれた可愛いお店で買うのはそれよりももっとハードルが高かったため、俺は長年の研鑽けんさんを積む道を選んだのだ。

 

「……ふう、こんなものか」


 大体の図面と、それに加えて完成図も描きあがる。


「これがあの喫茶店の制服なのだろうか」


 キキョウが明日の再面接で合格して働き始めたとして、【みにすかめいど】を身にまとって働く姿を想像してみる……うん、とてもよく似合いそうだ。

 

「だが、そうだな……ちょっとスカートが短すぎだな。キキョウが身に着けるのであれば、ここをもっとこうした方がいいんじゃないだろうか……」


 サッサ、と。図面を直していく。スカートはもっと長く。フワリとした形よりもストレートに下に落ちるようにして、その代わりにエプロンをもっとこうフワフワとさせ……よし。いい感じだ。

 

 ……せっかくここまで描いたし、ちょうど棚にイメージ通りの質感の生地きじもあるし、少しだけ作ってみようかな──。


 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……チュンチュン。

 

「──あれ?」


 気が付けば、窓から陽の光が射していた。

 

「や、やってしまった……!」


 日差しの角度から、時刻はもう朝の7時といったところか。完全に徹夜を決め込んでしまった。目の前の机の上には完成した【みにすかめいど】の衣装がひとつ。

 

「会心の出来──じゃなくて、年甲斐もなく何をやってるんだ俺は……!」


 熱中しすぎるといつもこんなやらかしをしてしまう。自分のそんなさがに呆れていると、部屋の戸がノックされる。


「失礼します。ゴリウスさん、こちらですか……?」

「んっ⁉ あ、ああ。すまん、ココだ」

「よかった。朝食の準備ができたのでゴリウスさんの部屋に呼びに行ったのですがいらっしゃらなかったようだったので、もしかしてこちらの裁縫部屋かなと思って」


 キキョウが戸を開けて裁縫部屋へと入ってくる。


「もう朝食の準備ができて──あら、そちらの衣装は……?」


 キキョウの視線が俺の手元の【みにすかめいど】に留まる。

 

「昨日、里長様がお召しになられていたものですよね? どうしてここに……」

「う、うむ。ちょっと気になってな。作ってみたんだ」

「えっ⁉ いちから作ったんですかっ⁉」


 キキョウが目をまん丸にして驚いた。


「あ、でも本当。サイズが少し大きいですね?」

「うむ……」

「私なんかピッタリそうな……あっ」


 そこでキキョウがピタリと言葉を止めた。


「も、もしかしてゴリウスさん、それ……」


 ギクリとしてしまう。俺のこめかみを冷や汗が伝った。


 ……さすがにまずいだろう。勝手にキキョウの身長に合わせた服を作るなんて、まるでこの衣装を着てほしいみたいじゃないか! いくらなんでもそれは気味が悪すぎる!


「いや、その、これは……」


 何と誤魔化せばいいだろうかと言い淀みつつキキョウの顔を盗み見る。もうすでに感づかれてドン引きされていやしないだろうか、と。しかし、

 

「ゴリウスさんも里長さんの言葉の意味に気づいていたんですかっ⁉」

「えっ?」


 キキョウは意外な反応をした。その頬は少し紅潮している。


「私もどうしようかと悩んではいたのですが……ありがとうございます、まさかここまでしていただいているだなんて思ってもみなくて」

「ん? うん???」


 ……なんのことだ? 

 

 俺は首を傾げる他なかった。キキョウが何を言っているのかサッパリだ。


「あの、それでその……1度この場で袖を通してみてもいいでしょうか」

「あ、ああ……⁉」


 よく分からないまま、あれよあれよと事が運んでしまい、俺はひとり裁縫室を後にしていた。

 

 ……どういう状況だ、これは?

 

 裁縫室の小部屋の中からはキキョウが作り立ての【みにすかめいど】を着る衣擦れの音がシュルルと聞こえてくる。

 

「……あの、ゴリウスさん。着れました……着れは、したんですが」

「な、なにか問題があったか?」

「いえ、ただその……」


 ガチャリ、と小部屋のドアが開く。


「着方はこれで合っているのでしょうか……?」

「……おぉっ」


 思わず、目を見張った。シックな黒地のワンピースのロングスカートが、キキョウの足運びといっしょにフワリと揺れる。ゆったりと体を包むようなフリル付きの白いエプロンが、大人びたキキョウの雰囲気にとてもマッチしていた。つまり何が言いたいのかと言えば──

 

「──可愛い」

「えっ⁉」


 自然と俺の口から言葉がこぼれ落ちる。


「いや、本当に……素晴らしく似合っているぞ、キキョウ。すごいな、これが【みにすかめいど】か……」

「……あっ、服のことですか。そ、そうですよねっ」

「ん? いや、もちろんキキョウが着ているからこそだぞ。キキョウのイメージに合わせて作った甲斐があったというものだな……!」


 と、そこまで言ってしまってから自分がとんでもないことを暴露しているのに気づいたのだが、しかしキキョウからはまったく不快そうな反応はなかった。むしろ、


「本当にありがとうございます……! 今日はこれを着て、自分の気づきを最大限に里長さんにお伝えしてきますね!」


 などと、ものすごく喜ばれてしまった。


 ……いったい、なにがどうなってるのだ?




【NEXT >> 第14話 コンセプトカフェって知ってる?】

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