第22話 おともだち

「ゴリウス! ふたつ目の勝負はずばり衣食住の食──つまりは『料理』だ!」

「料理、か……」


 ほとんどの指に包帯を巻いたアザレアの宣言に俺は唸った。


 ……正直なところ料理にはそれほど自信がない。とりあえず煮込んでおけばいいだろうって考えで作っているからな。


「ふふんっ、どうせ脳筋のお前のことだ。とりあえず煮込んで火を通しておけば喰えるものができるだろう、くらいの考えしかないだろう!」

「うっ」

「やはり図星のようだなっ! よぉし、次こそ勝てる! じゃあ次はセリちゃんに何を作ってもらいたいか、課題を決めてもらうぞ」


 アザレアが嬉々としてセリの方を向くと、セリは少し頬を膨らまして、

 

「……じゃあ、煮込み料理で」


 と若干俺に有利になるだろうチョイスをした。

 

「むむっ、やはり私にはまだ心を開いてくれないようだな……だが、今はそれでいい。この勝負に勝ってからじっくりと私という人間を知っていってもらえれば、それで」


 アザレアはそう言ってひとりで頷いた。


「さあ、勝負だゴリウス! よりスズちゃんたちに気に入ってもらえる煮込み料理を作れた方が勝ちだ!」


 というわけでふたつ目の勝負が始まった。アザレアが指をケガしているということもあったので食材のカットは俺がすることとして、勝負は煮込みと味付けの段階からとした。水を張ったふたつの鍋が載ったの前に俺とアザレアが立つ。


「ふふふ、さてゴリウス、お前は何を作るつもりだ?」

「何、と言われてもな……」


 俺に料理名のつくような料理を作ることはできない。

 

 ……まあ、変に凝ったものを作って失敗したら元も子もないしな。

 

 俺はいたって普通に、塩と香草をいくつか加えていつも自分で作る通りの肉野菜スープを作っていく。


「はっはっは! 勝負を棄てたか、ゴリウス!」

「そういうお前だって、鍋の中身は俺とほとんど同じだろう」

「ふんっ、私の方はこれからさらにすごくなるんだ! これからありとあらゆる高級食材を入れて最高級の味わいにする予定なのだから!」


 それから30分後、俺の鍋の方はすっかり具材にも火が通り通常通りの肉野菜スープが完成した。その一方でアザレアの鍋は、


「……お、おかしいな?」


 なんだか紫色の煙を立ち上らせていた。ウロコすら取っていない魚とコオロギ? が沼色のスープに沈んでいて、誰がどう見てもただの毒だった。


「アザレアお前、やっぱり料理できないんじゃないか……」

「なっ! た、旅の途中でたまに作るし……」

「俺と同じレベルじゃないか」


 ふたつ目の勝負も、スズシロたちの試食を挟むまでもなく俺の勝ちのようだった。

 

「くそっ……おかしいぞ、なぜこんなに追い詰められているんだ……?」

「ことごとくお前がポンコツ過ぎるせいだと思う」


 頭を抱えるアザレアに俺は思わずため息を吐いた。そんな時だった。


「ただいま」


 ドアを開けて帰宅したのはコン喫茶での勤務を終えたキキョウだった。

 

「おかえり、キキョウ」

「はい、ただいまですゴリウスさん。あれ? お客様ですか?」

「まあ、客……というかなんというか」

「へ?」


 俺はとりあえずキキョウに事の次第を教えることにした。


「な、なるほど……?」


 ……まあそりゃあ困惑はするよな。いきなり自分たちを養いたいという人間が現れたってどういう反応をすればいいのやらって感じだろうし。


「あ、あなたがキキョウさんだな、三姉妹の長女のっ!」

「えっ、あ、はいっ」

「まだ勝負はついていない! 最後の勝負の課題を決めてくれ……! この勝負の結果で必ずや、私があなたたちを幸せにできる真の養育者であると証明してみせる!」

「え、え~っと……」


 ぐいぐい迫ってくるアザレアにキキョウは困り顔で思案を巡らせると、先ほどの勝負で散らかったままだったキッチンに目を向けた。


「じゃ、じゃあ洗い物で……」

「洗い物だな! 承知した!」


 アザレアは目を輝かせるとさっそくキッチンへと駆けこんでいく。

 

「すべての食器をピカピカにしてみせるっ!」


 そう意気込んで、アザレアは洗い場に溜まった皿を磨き始める。


 ちゃぷちゃぷ……パリンッ!

 

 ちゃぷちゃぷちゃぷ……パリンッ!

 

 ちゃぷパリンッ!

 

「おい、アザレア……」

「……何も言うな、ゴリウス。黙って見ていろ」

「いや、もうやめろ。ウチの皿がぜんぶ割れてしまう」

「……なぜだっ! どうして割れる!」


 俺もまたキッチンへと入る。洗い場にあった平皿がことごとく真っ二つになっていた。


「おかしい、私がいつも旅に持って行っている皿は割れたことないのに……!」

「いや、俺たちが普段持ち歩いている皿は銅製だからな。こっちは陶器だ。同じ力加減で扱ってたら当然割れるさ」

「わ、私はここまで家事ができなかったのか……?」


 アザレアは膝から崩れ落ちた。どうやら最後の勝負も俺の勝ちらしい。


「気は済んだか、アザレア」

「……うぅっ」


 アザレアは涙目になりながら、フラリと立ち上がった。

 

「……ああ、認める。私はどうやら思い上がっていたらしい。ふふっ、こんな何にもできない女に、スズちゃんたちのお世話をする資格なんて……ない」

「アザレア……」

「帰る。邪魔したな……」


 肩を落として歩く今のアザレアに、普段の雄々しくも凛々しい姿はない。寂しそうなその後ろ姿に、俺はなんと声をかけていいのか分からず、黙って見送るしかない。


 ……だけど。

 

「あざれあたん!」


 ぎゅっ、と。家から出ようとしていたアザレアの足にスズシロがしがみついた。


「……スズちゃん?」

「あざれあたん、また来てねっ!」

「えっ」


 にこーっ、と無邪気に向けられた笑みに、アザレアは感極まったように口を押えた。


「……いいのか、また来ても」

「だって、あざれあたんはもう、スズの【おともだち】でしょっ?」


 スズシロの言葉に、俺も頷いておく。


「お前が友達としてスズたちと接してくれるとありがたい。3人はまだ他に知り合いも少ないからな」

「ゴリウス……」


 アザレアは体を屈めると、スズシロへと目線を合わせた。


「スズちゃん、私のお友達になってくれるのか?」

「うんっ!」

「ありがとう……ありがとうスズちゃん」


 心底嬉しそうにスズシロを抱きしめるアザレアに、セリはホッと息を吐いていた。

 

「ゴリウスさんのところから出ていく、なんてことにならなくてよかった……」


 セリはそう言って喜んでくれているみたいだったが……いちおう、俺はキキョウに耳打ちする。


「キキョウは、いいのか?」

「えっ?」

「今ならその、アザレアに頼めば彼女の自宅の客室を貸してもらえるようにできるハズだ。もしかしたら、俺の自宅よりもキキョウたちが落ち着けるかも……」


 俺の言葉に、キキョウは何だか少し悲しそうな表情を浮かべた。


「やっぱり……ゴリウスさんにはご迷惑をおかけしてますよね……」

「い、いや! そんなことはない。俺はとても楽しくやっている。居たいだけ居てもらっていいと思っている、本心から!」

「そう、ですか?」

「もちろんだ!」

「ありがとうございます。それなら、私も引き続きゴリウスさんのこのお家でお世話になりたいです」

「そ、そうか」


 キキョウのその返答に、俺は自分から切り出したくせに心の底から安堵しているのだった。




【NEXT >> 第23話 気になる過去】

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