第21話 3本勝負!

「うむぅ……どうしてこうなったのか」


 俺、ゴリウス・マッスラーは自宅リビングのテーブルで頭を悩ませていた。隣には何がなんやらといった様子のセリと、そんなことどうだっていいとばかりに俺がお土産として採ってきたグレープの実を美味しそうに食べるスズがいる。

 

 ……俺はただ、俺にしか頼めないとかいう討伐依頼があるとガーベラに聞いたから、それをこなして帰ってきただけなんだが。

 

「どうしてこうなった……だと?」


 向かいで腕を組んで座っていたアザレアが立ち上がり、俺に指を突き付けた。


「それは……お前が彼女たち三姉妹を養うには不相応ふそうおうだと証明するためだ!」

「不相応?」

「そうだ! 相応ふさわしくない!」


 アザレアが3本の指を立てる。

 

「生活に必要な3本の柱を知っているか?」

「衣・食・住というやつか?」

「そうだ! 着るものに困らない、食べるものに困らない、住む場所に困らない、それが安心できる生活には必要不可欠だ」

「そうだな」

「ゴリウス、お前は今この家で三姉妹たちと暮らしているという。彼女たちの様子を一見すれば生活にもそれほど困ってはいないのだろう……だが、果たして真の意味で彼女たちに必要な衣食住を与えることができているのだろうかっ?」

「真の意味での衣食住……? どいういうことだ?」

「やはり分かっていないようだな」


 アザレアが鼻を鳴らした。


「男と女の間には決定的な感覚の違いがある。断言しよう。ゴリウス、男のお前には三姉妹たちが真に欲した衣食住を真の意味では理解できないっ!」

「む……!」

「女の気持ちに一番寄り添えるのはやはり女だ。つまりゴリウスよりも私の方が彼女たちへ適切に寄り添えるはず。だから、これからは私が彼女たちの……スズちゃんたちの養育者となる!」

「ちょっ……ちょっと待ってください!」


 セリがアザレアへと食って掛かる。


「私もお姉ちゃんもスズも、いまの生活に不満なんて何もない! いくら迷子のスズを助けてくれた人だからって……私たちの気持ちを聞きもせずにそんな一方的な言い分、納得できないです!」

「まあ、そう言うだろうな。そう言われるだろうことは予想できた。だからこその【勝負】なのだ」


 アザレアは俺のことをキッとにらみつけた。


「ゴリウス、私と勝負しろ! 私とゴリウスのどちらがより三姉妹にとって有益な衣食住を提供できるかを競うことで、彼女らの養育者として相応しい者を決めるんだ!」

「勝負、ねぇ……」


 内心、『またか』という思いがぬぐえない。というのもこのアザレア、普段から何かにつけて俺に勝負を挑んでくるのだ。どうにも俺のことが気に食わないらしい。


「はぁ……」

「厄介ごとに巻き込まれたみたいな反応をするのはやめろっ!」

「でもな、アザレア。お前いつも勝負を挑んでくる割には負けて終わるじゃないか。その度に泣いて悔しがるし」

「は、はぁっ⁉ 泣いてなどいないわっ!」

「いや、隠してるけどバレバレだからな……」


 だいたいいつもそんな感じだ。目元に涙を溜めて嗚咽をこらえながら、『次こそは目に物見せてやる!』と言って路地裏に駆け込んで泣いているのだ。俺は半径1キロメートルくらいの音なら余裕で拾えるため、その様子はこれまで常に筒抜けだった。

 

「うるさいっ! だいいち今回は勝負の趣旨が違うぞ! 比べるのは腕っぷしではなく、衣食住をテーマにした【生活力】だ!」

「生活力?」

「そうっ! 衣・食・住、それぞれの面で三姉妹のみんなに課題を出してもらい、それをより上手くこなせた方が勝者となる!」

「ふむ……まあ、いいだろう」


 俺が渋々ではあるものの頷くと、「ゴリウスさんっ」とセリが不安げなまなざしで見上げてくる。


「私、ゴリウスさんといっしょに居たいよ。スズも、お姉ちゃんだってきっとそう言うよ」

「セリ、そう言ってくれるのは嬉しいんだが……アザレアのヤツは頑固だからな。一度言い出したら止まらない」

「で、でも……」

「それだけじゃなくてな、他にも思うところはあるんだ」


 もともと、俺が三姉妹をこの里に連れて来たとき最初に頼ろうとしたのはこのアザレアだったのだ。その理由はアザレアがさっき自分の口で言っていたものと同じ、三姉妹と同性の女だからだ。

 

 ……俺だって、そう思う。同じ女の方が三姉妹を預かるにおいて安心だし、それによりいっそう彼女たちに親身になれるのではないかって。

 

 現在は結果的にではあるが、三姉妹たちと俺は上手く関係を結べている。だから彼女たちが自立するまでの間の保護者として、改めて適任者を探す必要はもう無いと思っていた。

 

 ──だが、もしアザレアの方が三姉妹たちにとってより有益な存在になるのだとしたら?

 

 そうなのだとしたら、俺は身を引くべきなのかもしれない。そんな思いが頭の片隅にあるからこそ、俺はこの勝負を受けたのだ。

 

「さあ、勝負開始だゴリウス! まずはスズちゃんの出す課題で勝負といこう! ……スズちゃん、ちょっといいかなぁ?」


 アザレアは意気揚々に開始の宣言をしたかと思うと、打って変わって優しい笑顔をスズシロへと向ける。


「スズちゃんは、いま何か欲しい物とかってあったりするかなぁ?」

「ほしいもの? スズ、ほしいもの言っていいの?」

「うんうん。いいんだよ~」

「えっとねぇ、じゃあミーたんを運べれれるのがほしい!」

「ミーたんを、運べるもの? バッグとかリュックとか、そういうものかな?」

「うんっ!」

「ふむふむ、よしよし……!」


 アザレアは何度も深く頷くと、俺に得意げな視線を向けてくる。


「決まったぞ! ひとつ目の勝負は【裁縫】、リュックサック作りだ!」

「リュック作りか……」

「ふふんっ! どうせお前のことだ、日ごろから筋トレや鍛錬づくめで針や糸など手にしたこともあるまい! この勝負、完全に私がもらったな!」


 ──というわけで、生地や針と糸、裁ちばさみなどを用意して勝負を開始した。

 

 俺の方といえば10分そこそこで背負い紐付きの巾着袋を仕上げていた。

 

 ……まあ、針と糸はふつうに触ってるんだよな。なんなら俺は10年以上女性物の衣装を自作しているくらいなのだし。


「スズ、どうだろう? 背負ってみた感じは」

「うわぁ~! 楽ちん! かわいい!」


 ちょうどハート柄の生地があったので使ってみたが、スズはその見た目も気に入ってくれたようで大喜びでさっそく着せ替え人形のミーたんを入れていた。


 ──その一方で、アザレアは。


「っ! イッタッ!」


 もう何度目になるか、またもや針で生地もろとも指を突き刺してしまったらしくチューチューと指を吸っている。


「うっ、うぅ……! こんなハズでは……!」

「アザレアお前……」

「……やめろ、ゴリウス……! そんなあわれみの視線を向けるなっ! おかしい、おかしいぞ……子供の頃はもうちょっと上手くできていたはずなのに……!」


 ……なんだろうな? 不思議とこの後の勝負も負ける気がしないんだが。

 

「イッタ! く、くそぅ……!」


 また指を突き刺したらしい。どうやらひとつ目の勝負は俺の勝ちで決まりのようだ。とりあえず俺は救急箱を取りに席を立った。




【NEXT >> 第22話 おともだち】

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