第23話 気になる過去
「いらっしゃいませご主人様~!」
店のドアを開けると、そんな明るい声が響き渡る。
「あっ、あそこ! お姉ちゃんだ!」
「ねぇねーだ!」
俺の後ろをついてきていたセリとスズシロが、さっそく店の奥にキキョウを見つけてはしゃぐ。キキョウは恥ずかしそうに店のキッチンへと引っ込んでいった。
「ふたりとも、静かにな」
「は~い」
俺たちは再びキキョウの働く喫茶店、コン
他のスタッフに4人掛けの席に案内され、メニュー表を見ているとキキョウがお盆に水を載せて運んできてくれる。
「はぁ……来るなら来るって事前に言ってよね、セリ」
「えぇ~、言わないで来た方がビックリできていいじゃん」
「びっくりするからイヤなのっ」
キキョウが大きくため息を吐くが、しかしセリは悪びれもしない。
「だって普段のお姉ちゃんが見たかったし~。あ、それが例の制服なんでしょ? いいなぁ、可愛い!」
強引に話題を変えたセリにキキョウは『誤魔化されないぞ』とばかりにむっとしていたが、
「さすがキキョウの妹じゃ、見る目がある」
横から口を挟んできたのはいつの間にかキキョウの隣に立っていたコン喫茶店長、かつ里長のコンだった。相変わらず攻めたデザインのミニスカメイド服を着て、ウンウンと頷いている。
「キキョウがシフトに入るたびに目を凝らしたこの服の作者を見極めようとしているのじゃが、ワシがこれまで集めてきた衣装のどれとも特徴が一致せん。恐らくモグリのデザイナー……その素性が気になり過ぎて3時のおやつもケーキ1つしか喉を通らんのじゃ」
「は、はぁ……」
セリはあいまいに頷きつつチラリと俺の方を見たので、俺はゆっくりと首肯した。
……俺が衣装を作ったということはこの三姉妹以外には秘密にしていることなのだ。
「そ、そうだ! ゴリウスさん、今日から季節限定スイーツの提供が始まったんですよっ」
「う、うむ。そうか」
話題を逸らすためキキョウが新しいメニュー表を俺に手渡してくれる。
「おお、そうじゃな。とりあえず全員何かしら注文するがよい。ウチの喫茶店は注文した商品や来店回数に応じて可愛いスタッフが優しくしてくれるシステムじゃ。いくら身内だからって注文もせずにスタッフと戯れるんじゃない」
「シビアだな」
そんなやり取りをしつつ、新メニューを見る。そこには黄色を基調としたポップな文字で【芳醇な甘い香りがクセになる バナナシフォンケーキ】と書いてあった。
「あ、そちらが季節限定の商品です。なんでもこの辺には自生していない珍しい果物のスイーツらしくて、いまお客さんたちからもかなりの人気なんですよ」
「……」
「ゴリウスさん?」
「……んっ? ああ、すまん。なんだ?」
ついボーっとしてしまい、キキョウの話を聞けていなかった。
「いえ……もしかしてバナナ、お嫌いでしたか?」
「いや、そんなことない。大好物だよ。ただ、バナナは俺が子供の頃に住んでいた故郷の名産品でな。つい懐かしくなってしまっただけだ」
「故郷、ですか」
「ああ。じゃあ俺はそのバナナのシフォンケーキをいただこうかな」
──そうして1時間ほど滞在したゴリウスたちが帰っていったあと、キキョウはいろいろな仕事をこなしつつも、どこから心ここにあらずといった様子だった。
……ゴリウスさんの故郷、か。どんなところだろう。きっとあれだけ立派な戦士なのだから、ご家族から素晴らしい教育を受けて育ったに違いない。
興味はあったが、しかし直接訊くのはためらわれた。なんだかぶしつけな質問な気がするし、それにやはり先ほどバナナシフォンケーキを見たときにふいに考え込んでしまうような様子も気になった。
……もしかしたら訊いてはいけないこと、なのかも。だとしたら触れるべきじゃないわよね、ゴリウスさんが私たち姉妹の事情を深くは訊かないでいてくれるように。
キキョウが自分を納得させようとしていると、
「さっきから上の空じゃのう」
「ひゃっ⁉」
ふいに横から声をかけられて、キキョウは飛び上がりそうになってしまう。
「はっはっはっ、可愛い声を上げるのぅ」
「て、店長っ! 驚かせないでくださいっ!」
「ワシは可愛い成分を補給しないと生きていけないのじゃ。これも仕事の内と思え」
コンはそう言ってニヤニヤとキキョウの肩を叩く。
「して、キキョウ。お前はアレか? ゴリウスが好きなのか?」
「えっ⁉」
【NEXT >> 第24話 ゴリウス】
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