第16話 セリのわがまま

 ゴリウスが家を出て1時間、セリは何だか無性に罪悪感を覚えていた。

 

 ……私、ゴリウスさんになんてワガママなことを言っちゃったんだろ。


「はぁ……」


 命と今の生活の恩人であるゴリウスへと、改めて考えれば使い走りのような真似をさせることになってしまうなんて、なんという恩知らずだろうかと、心がズキズキ痛んだ。ピーチホイップが食べられなかったのは確かに残念だったけど、以前の生活じゃそもそもクレープなんて美味しいものを食べる機会すらなかった。だから、それだけで満足しておくべきだったのに。

 

「人の欲って、こわいな……」


 ……ゴリウスさんが帰ってきたら、ちゃんと謝らなきゃ。

 

 セリはそう固く誓った。しばらくするとコン喫茶で働いていたキキョウが帰ってきたので、セリは事の経緯を説明してゴリウスの帰りが明日の夕方くらいになることを告げる。

 

「もうっ、セリっ!」

「ご、ごめんなさいぃ……!」


 案の定、キキョウには怒られた。ゴリウスへとワガママを言ったこと、ゴリウスのスズに対する厚意の提案をセリが自分自身のお願い事にすり替えてしまったこと、その他もろもろ。

 

 ……お姉ちゃんはこういうとき本当に怖いんだよね……。

 

 とはいえ悪いのは自身だという自覚はセリにもあったので、素直に説教に耳を傾けて首を縮めている。

 

「まったく……」


 キキョウは大きくため息を吐き、それからポンッと。セリの頭に手を載せてヨシヨシと動かした。


「お姉ちゃんね、来週あたりにこれまでよりもいっぱいお給金が入るから。そしたら今度はみんなでクレープ食べに行こうね」

「……うん。ごめんなさい……」


 ……明日、ちゃんと謝ろう。

 

 怒られてほんの少しモヤモヤの晴れた心で、セリはその日は眠りに就いた。

 

 

 

 ──翌日。お昼近くのことだった。

 

 

 

「セリたん、おなかすいたね?」

「そうだねぇ。でももう少ししたらキキョウお姉ちゃんが帰ってくるから、お昼ごはんはもうちょっと待つよー」


 コン喫茶で早番だったキキョウは今朝の早くに出ていった代わりに、仕事が終わるのはお昼とのことだったので3人でお昼ごはんを食べようと話していたのだ。そんなわけでセリとスズシロがキキョウの帰りを待っていた折、

 

 ──カツカツカツ、と。家のドアを叩く音がする。


「あれ、誰だろう……?」


 キキョウが帰ってくるときはノックはしない。最初はしていたが、ゴリウスに『他人行儀なようだからしなくていい』と言われてからは普通に鍵を開けていたはずだ。

 

 ……お客さん? いったい誰にだろう?


 セリがそう思っていると、

 

「おーい、ゴリウス様ぁ~? 不在ですかぁ~?」


 なんだか聞いたことのある女性の声がする。


「私です~! 『戦士ギルドに咲く一輪の艶花あでばな』、『可憐でたおやかな受付嬢』でおなじみのガーベラ・スミレットですよぉ~?」

「ああ、戦士ギルドのお姉さん!」


 ようやく合点がいった。お祭りのときにめちゃくちゃ酔いまくってた人だ。

 

「えっ、その声は……姪御さんっ⁉」


 セリがドアを開けると、そこには顔を真っ赤にした、やはりセリが想像した通りの受付嬢が立っていた。


「ま、まさかゴリウス様といっしょにお住まいだったとは。いやん、恥ずかしい姿をお見せしてしまいました~!」


 いや、お祭りのときに『ヒュ~!』とか言ってるところはすでに見ているんですが、とは思っていても言わない。どんな距離感で接すればいいのかまだイマイチ掴めていないからだ。


「えっと、それでご用件は?」

「ああ、ハイ。ちょっとゴリウス様にしかお任せできない依頼が来ていまして、そのご相談を。いま現在は特に依頼など受けていない認識でしたのでご自宅にいらっしゃるかなと思ったのですが……」


 受付嬢が言葉を区切ってリビングを見渡した。

 

「もしかしてご不在でしたか? お買い物とか?」

「いえ、その……ピーチの実を取りに、山奥の沼地まで行ってくれています」

「えっ? ピーチの実?」


 受付嬢のガーベラは意外そうに目を丸くした。

 

「どんな心境の変化なのかしら。ゴリウス様は指名があってもピーチアリゲーター関連の依頼はぜんぶ断っていたのに」

「え……」

「なんでも【一度死にかけたことがある】から、とか。まああの人が死ぬなんてそんなことあり得な」

「──ガーベラさんッ!」


 ガーベラの言葉を遮るようにして、その後ろからキンキンに高い声が響く。


「げっ、おつぼね……!」

「誰がお局ですか、誰が!」


 ガーベラが身にまとうのと同じ戦士ギルドの制服を着た中年女性がズカズカとガーベラへと歩み寄ってくる。


「あなたはまたこんなところで油を売って! さあ、あなたにはお祭りの期間に受付で飲酒をした罰のお仕事がてんこ盛りなんですからね!」

「うげぇ……」

「うげぇ、じゃありません!」


 ガーベラはお局に首根っこを掴まれながら、『ゴリウス様が戻ったら依頼の件よろしくお伝えください』とだけ言い残して帰っていった。しかし、そんな言葉はすでにセリの耳には入っていなかった。


「……うそ」


 ……ゴリウスさんがピーチアリゲーター相手に死にかけたことがある、だって?


 ガーベラの残していった言葉に、セリの背筋は凍り付いていた。




【NEXT >> 第17話 ピーチアリゲーターと昔の記憶】

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