第2話 三姉妹との出会い

 ワイバーンの討伐に伴い里長たちにひと通りのもてなしを受けた翌日、俺は手配してもらった帰りの荷馬車の荷台に乗って樹海の里を後にした。ここから自宅のある【山奥の里】までは山間の交易路を道なりにまっすぐで3日の道のりだ。

 

「さて、と」

 

 荷馬車の御者が前を見ていることを確認し、俺はこっそりと自分の手荷物へと手を伸ばす。

 

「……むふふ」


 そこから取り出した【お人形】をひと目見るやいなや、俺の口からは自分で聞いても気持ち悪い声が漏れてしまう。

 

「いやぁ、可愛いなぁ……!」


 声を押し殺しつつ俺は身悶えした。

 

 ……やっぱりお人形はいい。見ているだけで心が洗われるようだ。

 

 俺がこういったお人形集めなどの少女趣味を持ち始めたのは、幼いころにいっしょに暮らしていたふたりの姉の影響が強い。姉たちは10歳離れた俺のことをたいそう可愛がってくれ、お下がりにお人形やぬいぐるみ、可愛い絵本などいろいろあてがってくれたものだ。

 

 ……ただ、年を経るごとに嫌でも周りの視線を感じ取るようになる。ガタイのいい男が人形を片手に笑みを浮かべている光景が冷ややかに見られることが分かるようになる。だから俺は、次第に自分の趣味を隠すようになっていった。

 

「……はぁ」


 日差しに焼けるといけないので早々に人形を手荷物の中に丁重に戻し、俺は荷台の上に寝転がった。

 

 ……なんでだろうなぁ、胸の中央にポッカリと穴が空いているように虚しい気持ちになるのは。

 

 なんだかブルーな気分を抱えつつ、荷馬車に揺られるのと野宿を繰り返し、樹海の里を出て2日目の朝のことだった。

 

「──ッ!」


 俺の人離れした聴力が、なにかの違和感を拾った。

 

「荷馬車を止めてくれッ!」

「だ、旦那ぁ? いったいどうなさったんで?」

「シッ! 静かに……!」


 耳に手を当て、俺は聴覚を極限まで研ぎ澄ます。

 

『誰か……助けて……!』

「!」


 北東へおよそ1キロ先、林を越えた先にある谷底の里へと続く交易路がある辺り。そこから助けを求める女性の声がした。俺は荷台に置いてあったハンマーを肩に担ぐ。

 

「少しの間、ここで待っていてくれ!」


 俺は御者にそう言い残すと、強く大地を蹴って林の中へと突っ込んだ。行くのは最短ルートだ。

 

「ホッ、ホッ、ホッ……ウホッ……!」

 

 俺は地上で走るのとまったくの同スピードで太い枝の上を猿のように駆ける。しばらくして、俺の驚異的な視力が300メートル向こう、林を抜けた先の細い交易路でうずくまっている3人の女の子と、彼女らに迫る武器を持った男たちをとらえた。

 

「──ったく、こんなとこまで逃げて来やがって! 覚悟はできてるんだろうなぁッ⁉」


 女の子たちに向けて、怒声と共に男たちの剣が向けられた。俺は地上20メートルの位置にある最後の木の枝を踏み切って、飛ぶ。

 

「ちょっと、待ったぁぁぁぁぁッ!」

 

 ──ズシィンッ! という音を響かせて、俺は女の子たちと男たちの間へと着地した。その衝撃で地面がひび割れ、俺以外全員の体が数センチ浮き上がった。

 

「なっ、なんだぁっ⁉」


 男たちが驚愕のまなざしを向けてくるが、俺はそれを無視して後ろ──女の子たちの方へと振り返る。姉妹だろうか、ひとりは大人びた女の子だ。そしてその子の両腕に抱えられるようにして11、2歳くらいの女の子と小さな幼女が座り込んでいる。案の定、その三姉妹もポカンと口を開けて放心していたが、

 

「助けが必要だな?」

「え……はっ、はいっ!」


 俺が訊ねると、その長女らしい女の子がコクコクと頷いた。


「どなたか存じませんが……お願いします、助けてくださいっ!」

「うむ」


 その言葉だけ聞ければ俺には充分だった。俺はギロリとにらみを利かせ、再び男たちの方を向いた。

 

「お前たちが何者か、この子たちとどういう関係かは知らん……だがな、大人の男が複数で、それも武器を持って女子供を追いかけ回すなど言語道断! 武器を捨て、即刻消え失せろッ!」


 俺が怒鳴りつけると、男たちはその気迫に押されたのか一瞬だけ後退するが、しかし舌打ちをして再び武器を構えてきた。


「ぶ、部外者が勝手なこと言ってんじゃねーよッ!」

「俺が部外者ならお前たちはどういう関係者なんだ?」

「俺たちはそいつの所有者だよッ!」

「所有者?」


 俺が問い返すと、男たちは鼻息も荒く俺の後ろの女の子たちを指さした。


「そいつらはなぁ、俺たちスレイヴン商会の持ち物……つまりは奴隷だ!」

「ち、違いますっ!」


 年長の女の子が叫ぶ。


「私は確かにスレイヴン商会との契約で働いていましたが、それは食堂などへの派遣調理者としてです! ましてや妹たちは商会との関係すらありません!」

「関係ぇ? 俺たち商会があてがってやった部屋で3人仲良く暮らしてたじゃねーか」

「それだけです!」

「それだけで俺たちにとっては充分な根拠なんだって、そういう話をしてんだよなぁ!」


 スレイヴン商会の男が苛立ったように叫んだ。


「誰がテメーに職場を見つけてやったと思ってんだ? 誰が親も保証人もいねぇテメーら姉妹に部屋を貸したと思ってんだ? スレイヴン商会だろうが。俺たちスレイヴン商会が、親同然にテメーらの世話をしてやってきたんだろうが!」

「だ、だからって、あまりに酷い……!」

「酷いぃ? 2匹いる妹のうち、1匹を売っぱらうだけだろうが。たったそれしきのことで逃げ出しやがって! テメーら社会の底辺はなぁ、俺たちに使われなきゃ生きてすらいけないってことがまだ分からねーのかッ⁉」


 ……なるほどな。この両者の関係性はよく分かった。


「分かったらなぁ、とっとと戻るんだよ! 俺たちを手間取らせた罰はテメーの体で」

「──オイ。もう黙れ」


 俺はうるさく叫び散らかしていたスレイヴン商会の男の胸ぐらを、グイッと掴みあげた。




【NEXT >> 第3話 三姉妹の保護】

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