人類最強の異世界ゴリマッチョおじさん、三姉妹を拾う。

浅見朝志

第1話 人類最強の戦士 ゴリウス

 ──飛竜ひりゅう種。

 

 それはこの世界における圧倒的捕食者に位置する種類のモンスターであり、そして人類にとっての最大の天敵である。

 

「うわぁぁぁッ! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇッ!」


 今、荷馬車が山間に延びる交易路を全速力で駆けている。馬の手綱を引く御者ぎょしゃの男は顔を真っ青にして引きつらせていた。それもそのはず。その後ろに迫っているのはまさしく飛竜種。大きな両翼を拡げた全長6メートル級の大型の【ワイバーン】だったのだから。

 

〔グガァァァッ!〕


 ワイバーンの爪がきらめいた。鉄をも削るその爪が御者を襲う──その直前のところで。

 

「はぁッ!」


 その場に駆けつけた俺が、自身の体長ほどあるハンマーを振りかぶって、御者とワイバーンの間へと飛び出した。

 

「フンヌゥッ!」


 ハンマーを全力でワイバーンの横っ面に叩きつける。ゴワァンッ! と銅鑼どらでも鳴らしたのかという程の大きな音を響かせて、その巨体が吹き飛んだ。

 

「ふぅ、間一髪だったな。ケガはないか?」


 荷馬車の荷台に着地した俺が口を開くと、突然のことにポカンとしていた御者の表情が再び蒼白になる。


「ワイバーンの次は【ラーリゴ】が襲いに来ただとッ⁉︎」

「……いや、違うが」

「ラーリゴが喋ったぁぁぁッ⁉」


 パニックになった御者が悲鳴を上げ始めたので、俺は落ち着かせるのも面倒だと思い荷台を飛び降りた。すると御者は荷馬車を一目散に走らせて交易路を逃げていく。


「またか……いつものことだが」


 俺はハンマーを肩に、小さくため息を吐いた。

 

 ──俺、ゴリウス・マッスラーはとにかくデカい。

 

 身長220センチ、体重200キロ、そして全身の発達して膨れ上がった筋肉。そんな人間離れした巨体の俺の姿はどうにも密林に住むラーリゴという大猿型モンスターに似ているらしく、たびたび見間違われるのだ。

 

「……まあ、いいか。誰もケガせずに終わったのだしそれで万事良しだ」


 遠くの地面に転がっていたワイバーンは先ほどのハンマーの一撃ですでに事切れていた。ひしゃげた顔からダラリと力なく舌を垂らしている。


「すまんが、貰っていくぞ」


 俺はその死骸から【討伐証明】に使う爪を折ってポケットに入れると、依頼を請け負っていた樹海の里に向けて歩き出した。




 * * *




 狭く曲がりくねった山間の交易路の先に広がる樹海の中、何本も分かれ道のある獣道を正しいルートで進んだ先にその隠された里──通称、【樹海の里】はあった。

 

 飛竜種を始めとした人類の天敵たちから姿を隠すため、森の風景に溶け込むような造りの門が開く。

 

「おおっ! 勇敢なる戦士の凱旋がいせんだぞ!!」

 

 俺を待っていたのは里の民の総出での盛大な出迎えだった。


「やあやあ、ゴリウスくんっ!」


 喜びに満ちた声で俺の名前を呼び、群衆を割って現れたその初老の男はこの里の代表である里長だ。彼はニコっと頬を緩めて俺の手を握ってくる。


「今回も依頼の達成をありがとう、ゴリウスくん。これでようやく安心してウチの商人を他の里に出せるようになるよ」

「ああ。しかしこの里のみんなはいつも本当に耳が早いな」

「さっき駆け込んできた行商人の話を聞いて集まったのさ。この里にいるほとんどの民が根っからの商人気質だから、ウワサ話にはすぐ飛びつくんだ」


 俺が渡した討伐証明用のワイバーンの爪を受け取りながら、里長がカラカラと笑う。


「それにしてもあのサイズのワイバーンを一撃で倒してしまうとは。さすがは【人類最強】の戦士と名高いゴリウスくんだ」


 そのふたつ名に、俺は思わず顔をしかめてしまう。


「よしてくれ。俺はそんな大層なものじゃない」

「何を言う。どんなモンスターでも一撃必殺の君に相応しい二つ名じゃないか」

「それは言い過ぎだ、里長……俺はまだ【ドラゴン】に敵わない」

「ドラゴン?」


 俺の言葉に里長は一瞬だけパチリと目を大きく見開いたが、しかしすぐに笑い飛ばした。


「何を言うかと思えば、スケールの大きい冗談だなぁ! ドラゴンなんていうのは1匹で里を壊滅させるような災害だぞ? 人の身で倒せるもんじゃないだろう。だからこそ、我々人間はこーんな森の奥なんていう辺境に里を構えているんじゃないか」

「いや、しかしだな」

「はっはっはっ、謙遜けんそんするにもドラゴンを引き合いに出さなければならないんだから、人類最強の二つ名はダテじゃないなぁ!」


 里長はそう言ってガハガハ笑う。


「謙遜でも冗談でもないんだがな」


 俺は小さくボソリと呟いた。

 

 ……そう。ドラゴンは人の身であっても倒せるのだ。今から25年前、他でもない、歳の離れた俺のふたりの姉たちがそれを証明していたのだから。戦士だった彼女たちは俺と同じハンマーを振るい、まだ幼き俺を守るために何体ものドラゴンをほふってみせた。


 俺はそんな才能ある姉たちの弟であるというのに、これまでの戦績は10戦中10引き分け。1回たりともドラゴンを倒すに至ってはいない。


 ……ドラゴンに復讐してやりたい、最初はその一心で戦士になったハズなのにな。果たしてこんな俺が姉たちの域に達する日は来るのだろうか……もう歳も30を過ぎて久しいというのに。


「マ、マッスラー様……」

「むっ?」


 つい考え込んでしまっていると、後ろから声をかけられた。それはさっきの戦いでワイバーンの脅威から救った荷馬車の御者だった。


「先ほどは大変失礼をいたしました! まさかあなた様が、かのご高名な戦士マッスラー様だったとはつゆ知らず、あまつさえモンスターに間違えて逃げ出してしまい……!」

「ああ、別に気にしていないさ。間違われるのは慣れているからな。それよりもお前や馬にケガはなかったのか?」

「は、はいっ! おかげさまで何とも……! 本当にありがとうございました!」


 御者はホッとしたような表情を浮かべると、それから荷馬車の荷台に積んであったのだろう、大きな風呂敷をいくつも地面に置いては広げた。

 

「心ばかりですが私からの感謝の気持ちを受け取っていただきたく思います。こちらの品の中からどれでも好きなだけ!」

「いや、それはさすがに悪い」

「そんな、ここでご恩に何もお返しができないとなれば行商人の名折れ! ささ、どうか遠慮せず受け取ってくださいませ!」

「う、うぅむ……そこまで言うなら」


 かたくなに断るのも気が引ける。俺は諦めて、うながされるままに風呂敷の上に広げられた品々を見る。

 

 ……色々あるな。乾物、本、漢方薬など。どれもあまり目は引かなかったが……うん? 

 

 まじまじと、俺は視界にとらえたソレを二度見する。

 

「こ、これは……!」


 俺の視線の先にあるのは──【お人形】。とてもとても可愛い【着せ替え人形ビスク・ドール】だ。美しい瞳、きらびやかなドレス。思わず俺の目は釘付けになった。


「マッスラー様、もしやこちらの人形にご興味が?」

「えっ⁉ あぁ、そうだな、うん。俺の【めい】がな、こういうお人形が好きでなっ」


 嘘である。俺に姪などいない。


「ああ、なるほど。そういえば風のウワサでお聞きしました。なんでもマッスラー様のご親戚には女の子がたくさんおられて、依頼で赴いた方々ほうぼうで可愛らしいお人形などをお土産にたくさん買って帰られるとか」

「は、ははっ! まあ、姪が欲しがるからなあ……」

「姪御様は何人ほどいらっしゃるので?」

「さ、3人ほど……」


 嘘である。俺は天涯孤独の身だ。姪が3人どころか親戚1人すらいない。


「ではこちらの人形をお包みしましょう。しかしそれではマッスラー様ご自身に差し上げるものがなくなってしまいますね……日持ちのする、高級干し肉を別で包んでおきますね」

「う、うん……ありがとう……」

「いえ、これしき私が受けたご恩に比べれば。姪御様たちがお喜びになられるとよいですね!」

「あ、ああ。大丈夫、きっと喜ぶだろう……」


 俺に3人の姪が居ると信じて疑わない行商の男に対し、心が罪悪感でシクシクと痛む。

 

 ……本当にすまない。まっすぐな感謝の気持ちに嘘を吐いてしまって。でも、こうでもしないとアラサーで図体ばかりがデカい男の俺が、こんな可愛らしいお人形をいただくことはできないだろう?


 ゴリウス・マッスラー32歳、独身。趣味は可愛いお人形やグッズ集めである。

 

「……はぁ」


 ドラゴンを倒せる腕もなく、唯一の趣味を人に知られる度胸もない。そんな弱々しい自分が嫌で嫌で、俺は誰にも悟られないように小さくため息を吐いた。




【NEXT >> 第2話 三姉妹との出会い】




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第1話をお読みくださりありがとうございます。

次のエピソードは本日の昼、12時30分更新予定です。


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第2話も引き続き楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いいたします!

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