第25話 復讐者たち

 正午を少し過ぎた頃、山奥の里の門から戦士ゴリウス・マッスラーが外に出ていこうとしていた。その表情はとても厳しい。普段の討伐依頼に赴くのとは身にまとう雰囲気がまったく違っていた。そんなただならぬゴリウスの姿を見た里の住民は、ヒソヒソと小声をかわす。

 

「聞いたかい? ウチの里から洞窟の里に向かう交易路の近くで見つかったっていうドラゴンのウワサ」

「ああ、旅の行商が見かけたんだって?」

「ゴリウスさんを指名して調査依頼をしたらしい。交易路が安全に使えるかどうかって」

「まあ戦士は数居れどもドラゴンを相手して生きて帰ってきてる人間なんてゴリウスさん以外にいないからねぇ」


 そんな住民たちのウワサ話に耳を傾けつつ、フードを目深に被ったひとりの男がそれとなくゴリウスを見ていた。男はゴリウスが完全に門の外に消えるのを見送ると、里の外れに建つ宿の一室へと入る。

 

「ただいま戻りました」

「おう、首尾はどうだ?」

「問題ありません、若頭。マッスラーの野郎もギルドの連中も、少しも疑わずに依頼を受けましたよ」


 その報告に、部屋のソファでふんぞり返って座っている若頭と呼ばれた男はニンマリと口端を歪めて笑った。

 

「クックック、相場以上の報酬金額にしておいたからなぁ。それだけ緊急性の高い依頼だと信じしてくれたワケだ。チョロいもんだぜ。これでゴリウス・マッスラーは1週間は帰らねぇ」

「さすがっす、若頭っ!」

「いまどきの男は腕っぷしだけじゃなく、頭も必要なんだよなぁ」


 若頭はソファから立ち上がると、部屋に集まる5人の男たちを見渡した。


「さあて、ゴリウスのヤツにはしっかりと俺たち【スレイヴン商会】にたてついた落とし前をつけてもらわないとなぁ」


 外へ出る若頭の後に5人の男たちが続く。その男たちは三姉妹たちを執拗に追っていた奴隷商の男たちだ。


「いやぁ、若頭のおかげでようやく復讐できるっす! 俺たちだけじゃどうにも【人類最強】を相手にするのは分が悪くって」

「俺だって直接相手にはしたくねぇさ。アレは人を相手にしてると思っちゃならねぇ。一種のモンスターだと思わなきゃなぁ」

「……スレイヴン商会最強の実力者、【熊殺しのケン】って呼ばれてる若頭でも倒すのは難しいってことですか?」

「まあ、な。良いところまではいくだろうが倒すのは難しいだろ。だからこそ、人質を使う」


 ニヤリと若頭が不敵な笑みを浮かべる。


「集めた情報によりゃあ、ゴリウスはあの三姉妹を自分の姪のように扱ってたいそう可愛がっているらしい。向こうが手出しできない状況なら、人類最強ごとき俺の熊殺しの拳で葬ってやるさ」

「さっすが若頭! その冷徹無慈悲な漢らしさに憧れるっす! どこまでもついていきます!」

「ふっ、まあ俺の背中を見て精進するこった。さあ、まずは三姉妹の長女が働いてる【コン喫茶】に行くぞ。サクッと攫って立て続けに次女と三女もだ」


 若頭と男たちは目立たぬように裏路地を静かに進み、どこか牧歌的な印象のあるその喫茶店の前まで訪れた。

 

「ここについても店の常連をあたって調査済みだ。なんでも『世俗の慌ただしさを忘れることのできる癒しの世界』だそうだ」

「癒しの世界? なんですかそれは?」

「さあな。ただ荒事を止める専門の戦士なんかは雇っていないらしい」

「けっけっけ、この里はどこの店も危機感が足りなくていけねぇですな。俺たちみたいのが来るとも知らずに、なんとも平和ボケしてやがる。ターゲットを攫うのといっしょに売り上げも盗んじまいましょうっ!」


 男たちが外で言いたい放題笑っていると、コン喫茶のドアがギィと開いた。


「……まったく」


 喫茶店の建物から出てきたのは特徴的なミニスカートの衣装を着た背丈の低い女の子供だった。


「なんだ? この店は子供を働かせているのか?」

「子供じゃないわ、アホウ」

「なっ……?」


 声量を落とした仲間内での会話に割り込まれ、若頭がたじろいだ。子供は気だるげに後頭部を掻くと、大きなため息を吐いた。


「ワシは耳がいいんじゃ。お前らが店の前に来た時から話は筒抜けよ。店を襲うだの、平和ボケしとるだの、売り上げを盗むだの、白昼堂々と計画を赤裸々にする度胸だけは認めてやろう」

「チッ! 地獄耳のガキめっ!」

「今ウチはピークタイムで忙しいんじゃ。お前らの相手などしてられん。回れ右してとっとと里から出ていくがよい」

「ナメやがって!」


 若頭が合図を出すと、連れの5人は同時に腰からナイフを取り出した。

 

「ガキが騒ぎ出す前にやっちまえ!」

「へいっ!」


 若頭を筆頭に、5人の男たちがその子供相手に飛びかかる。


「ったく……」


 子供は面倒くさそうに体を構えた。すると、その頭に付けていたカチューシャの陰からキツネの耳がピンと立った。

 

「こ、こいつ、まさかっ……!」


 若頭がそれに気が付くも、時すでに遅し。

 

「おととい来やがれなのじゃッ!!!」

「グゲフッ⁉」


 その子供──店長コンの不可視の拳がスレイヴン商会の男たちにめり込んで吹き飛ばした。


「ボガァッ!!!」


 なすすべなく、若頭を含めたスレイヴン商会の男たちは全員きりもみ状に宙を舞い、遠くの地面へと叩きつけられる。


「ふんっ、無駄な体力を使わせおって!」


 コンは男たちが起き上がってこないことを確認すると、ガチャン! と乱暴に店の戸を閉めた。


「て、てめぇら……生きてるか……?」


 地面に突っ伏す若頭の言葉に、「う、うっす……」と5人の男たちは今にも死にそうな声で返事をした。


「わ、若頭……なんなんすか、あのガキ……」

「アイツは……なんでこんなとこに居るのかは分からねーが、おそらくこの里の里長だ……」

「あんなガキがですかっ?」

「俺も実際に見たことは無かったから知らなかったがな、ウワサによればキツネ耳の女らしい。しかしまさか、見た目があんなちびっ子ね、あれほどの実力者だったとは……」

「ぱ、ぱねぇっす……」


 若頭と5人の男たちはあまりのダメージにガクガクと足を震わせながらも立ち上がると、宿へと帰っていく。


「チッ、ゴリウスを排除してもなおあんな障害があるとはな……サクッと終わらせたいところだったが計画変更だ。次は人目に付かない時間帯を狙うぞ」

「う、うっす」

「それとスレイヴン商会本部に連絡を取れ。念には念を、谷底の里きっての強者たちを呼べ。どんな妨害も怪物もはねのけられる凄腕をな」

「了解っす!」

「ククク、今に見ていろゴリウス・マッスラー……!」


 若頭は全身を襲う痛みに歯を食いしばりつつも不敵に笑みを作る。


「最後に笑うのは俺たちスレイヴン商会だってことを教えてやる……!」




【NEXT >> 第26話 ナンバー2】

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