第26話 ナンバー2

 長女を攫う計画が失敗してから3日後の真夜中。スレイヴン商会の若頭たちは闇夜の中、ゴリウスの家へと忍び寄っていた。

 

「人通りはなし、マッスラー宅の灯りが消えて2時間が経過しました。もういつでも行けます」

「よし……」


 若頭は部下の男と小声でやり取りをすると、慎重に辺りを見渡した。

 

 ……よし、今度こそ他に邪魔するヤツはいないハズだ。里長もさすがに寝ている頃合いだろう。

 

「順調ですね、若頭。この様子じゃ【ヤツら】を呼ぶ意味もありませんでしたね」

「まあ念には念を、だ。万が一ヤツらを攫う時に騒がれでもして、その声を聞きつけられでもしたら面倒だ」

「そこのところは任せておいてくださいよ、若頭」


 男はそういうと手荷物の中から紐と厚い布を取り出した。


「騒がないようにしっかりと脅して、それからこの布を口に詰めて縛ってやりますよ」

「バカ、一瞬でやれよ。確か三女はまだガキだろ。訳も分からずに金切り声上げるかもしれねーだろうが」

「ですね。三女の方は有無を言わさず、って感じでいきますわ。まあ1発蹴り飛ばしてでもやれば叫ぶ余裕もなくなるでしょう」

「間違っても殺すなよ? 人質としての価値が落ちる」

「任せてくださ──」


 男の返事はしかし、彼らの足元に突如として突き立った矢によって遮られた。

 

「なっ……!」

「──今日も今日とてスズちゃんが可愛い寝息を立ててグッスリと眠っているかを確認に窓から覗きに来てみれば……どこからどう見ても怪しい連中が闇夜に乗じて、スズちゃんを攫う? 脅す? 蹴り飛ばすだと……? ゴミ虫どもが、許せん……!」

「なぜそれをっ⁉ 誰だっ⁉」


 若頭の問いに応えるように住宅の屋根から飛び降りてきたのは、片手に大きな弓を構えた長身の女だった。


「私は耳が良いんだ。どんなに小声で話していようがこれだけ静かなよるならば半径200メートルくらいの会話なら全部聞こえるさ」

「くっ……この里、耳が良いやつが多すぎるっ!」

「貴様らが何者かは知らないが、まだ幼いスズちゃんを毒牙にかけようとする輩なのは確か。この場で全員ひっ捕らえさせてもらおうか」


 長身の女の手元が超高速で動いたかと思うと、音速もかくやというほどの速さで飛来した矢が、若頭を除くスレイヴン商会の男5人の衣服を建物の壁に縫い付けた。


「う、動けねぇ……! すいやせん若頭っ!」

「お前らっ! 」


 うろたえるスレイヴン商会の男たちに、長身の女は余裕然として鼻を鳴らす。


「クソっ、お前はいったい……!」

「我が名はアザレア。ゴリウスの名を知っていて私の名を知らぬなんてことはあるまい」

「……アザレア・ブーケット……! この里ナンバー2の戦士か!」


 苦々しそうに言った若頭に、アザレアが苛立ったように舌打ちする。


「ナンバー2? 誰が言い出したそんなこと。私はそんな序列に意味などないと思うしナンバー1がどんなゴリラ顔をしてるかにも興味はないし、ましてやそんなヤツの次点につけられたことに腹立たしくも思いはしないが……。でも総合的に考えてお前たちがとてもムカつく」

「コイツ……ナンバー2って呼ばれることをめちゃくちゃ気にしてやがるっ!」

「黙れ。私はただスズちゃんに友情を捧げた者であり、スズちゃんに害をなそうとした貴様ら虫ケラを滅ぼす者だ。さあ、お前たちの巣穴はどこにあるのか吐け。まとめて駆除してやる……!」

「く、ククク……駆除? さて、それがお前にできるかなぁ?」

「なんだと?」


 追い詰められたはずの若頭が不敵な笑みを見せるやいなや、闇夜を切り裂くように飛んできた1本の矢がアザレアの頭へと突き立った。ドサリ、と。アザレアが倒れる。


「ククク、クハハハッ! 油断したな女ぁっ! こんなこともあろうかと、俺は腕利きの実力者を集めておいたのさ!」


 矢が飛んできた方向から、少しの足音もさせずに3人の男が現れる。

 

「フンっ、ナンバー2と聞いて少し期待をしましたが、他愛もないですね……」


 弓を持った瘦せぎすの男が、暗緑のフードを目深に被って現れる。

 

「所詮この私、【神速の射手】フォーシーの前では戦士などどれも塵芥ちりあくたに同じ、ということですか」

「よくやってくれた、フォーシー! 報酬にはしっかり色をつけておくぞっ!」


 若頭の弾んだ声に、フォーシーの後ろにいたふたりの男たちは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「はぁ、商会からボクたちに招集が掛かるんだもん、もっと手強くて面白い敵だと思ったんだけどにゃー」

「まったくだ。このままじゃ消化不良だぞ。いっそこのままマッスラーの帰りを待って直接対決でもしてやるか」

「あ、それはいい案だにゃ~」

「おいおい……勘弁してくれ、お前たち【悪戯猫イタズラねこ】ジャム、それに【大金棒おおかなぼう】ボグワッツの実力は聞き及んでいるがな、ゴリウス・マッスラーには万全の準備で臨みたい」


 若頭の困り顔に、ジャムとボグワッツはため息で応じた。


「まあボクたちも日ごろ商会にはお世話になってるしにゃあ。貸しだよぉ?」

「あ、ああ。助かる」

「それじゃあ、僕たちはあのナンバー2の女の死体を適当に片づけておくから、若頭たちはさっさとターゲットたちを……って、あれ?」


 ジャムが首を傾げる。

 

「どうした、ジャム?」

「いやさ、女の死体……どこ?」

「へっ?」


 若頭が首を傾げた瞬間、ドギャアンッ! という轟音を立てて、くの字に折れたジャムの体が地面と水平に真横へと吹き飛んでいった。


「ふんっ……敵の生死も確かめずにのんきに立ち話とは、貴様らそろいもそろって素人か?」


 ジャムを背後から蹴り抜いた姿勢で、長い髪をたなびかせたアザレアがほくそ笑んだ。


「ア、アザレア・ブーケット……! なぜ生きているっ⁉ 頭に矢を受けたハズだろうッ⁉」

「矢? ああ、これのことか」


 アザレアの手には、先ほどフォーシーによって放たれた矢が握られていた……その先端の矢じりの部分がへし折られた状態で。

 

「頭に当たる直前で先端を握りつぶしておいたんだ」

「ばっ、バカなっ!」

「こちらが死んだふりをしていれば口も軽くなるだろうと思ってはいたが予想以上だったな? スレイヴン商会の若頭さん?」

「ぐっ……!」

「──下がりなさい、若頭さん」


 後ずさりする若頭の後ろからフォーシーが再び歩み出る。


「要は今度こそこの女を葬ってやればいいだけのことでしょう?」

「フォ、フォーシー……! できるかっ⁉」

「ふん、死んだふりだなんだとうそぶいてはいますが、この私の矢を受け止めて握りつぶす? 大嘘もはなはだしい。鉄製の矢じりを握りつぶせる人間がどこにいますか」


 フォーシーは鼻を鳴らして女を見る。


「どんなに虚勢を張ろうともその【ナンバー2】という肩書きが如実にその実力を表しています。結局は人類最強と呼ばれるゴリウス・マッスラーの下。さらに、私たちの中では最弱のジャムを不意打ちでしか倒せなかったのがなにより証拠」

「よくしゃべるヤツだ。そう思うならサッサと確かめてみろ」

「ふっ、蛮勇ですね。私が真の強者というものを教えて差し上げましょう」


 言い終わるやいなや、バッ! とフォーシーが目にも止まらぬ速さで弓に3本の矢が番えた。




【NEXT >> 第27話 最強の次も最強】

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