第30話 非日常は唐突に ※まとめ読み推奨
それはいつも通りの朝のことだった。
「おふぁよ~」
「おひゃひょ~」
「うむ、おはよう」
「おはよう、セリ、スズ。早く顔を洗ってらっしゃい」
セリとスズが俺やキキョウよりも少し寝坊して、キキョウが朝ご飯に目玉焼きとハムを焼いてくれるので、その間に俺はサラダとパンを人数分用意してテーブルへと並べる。
「それじゃあいただこう」
4人そろっての朝ご飯だ。俺たちはいろんな話をする。昨日の夜に見た夢だったり、俺の今日の仕事内容だったり、今日セリがスズを連れて散歩に行こうとしている場所についてだったり、キキョウが今日は何時に帰ってくるのかだったり。
いつも通りの穏やかな日常だった。たったいま、この瞬間までは。
「……っ」
俺は人よりはるかに耳が良いから、直感が冴えているから、そんな取り留めのない話が交わされる団らんの最中でも、外の気配が分かるから。幸せの終わりの時間を、誰よりも早く悟ってしまう。
──コンコンコンッ!
俺たちが朝食を摂り終わって少ししたときのことだった。激しくドアがノックされる。
「俺が出よう」
キキョウが出ようとしたところを制して、俺がドアを開ける。外に居たのは、いつになく真剣そのものの表情をした戦士ギルドの受付嬢ガーベラだった。
「とうとう、来たんだな?」
「……はい」
俺の問いに、ガーベラが重々しく頷いた。
「早朝、山奥の里の存在にドラゴンが気づいたと報告がありました。数日中……いえ、早ければ明日にもこの里は……滅びます」
後ろでキキョウたちが息を飲む音が聞こえる。
「ドラゴン……? ど、どういうこと……なんですか?」
「キキョウさん、それは──」
説明しようと口を開くガーベラを、俺は止める。
「それについては俺から話す。お前はまだ仕事があるだろう、ガーベラ」
「……よろしくお願いします。ゴリウス様、それで招集の件ですが」
「それについても委細、承知している」
「ありがとう、ございます」
ガーベラは俺に深く頭を下げると、他の戦士の家を回るのだろう、走り去っていった。
「ゴリウスさん……?」
「キキョウ、セリ、スズシロ……座って話そう」
俺たち4人は、先ほどまでの朝食と同じ席に着く。そこに、先ほどまでの明るさは無い。降りていた沈黙を、俺が破る。
「……単刀直入に言う。キキョウたち3人にはこれから里長たちの指示に従ってこの里から避難してもらう。この山奥の里をドラゴンが狙っているからだ」
「……!」
キキョウとセリの表情に緊張が走った。スズシロは状況がよく分かっていないのか、しかしただならぬ雰囲気に俺とキキョウへと視線がオロオロと行き交っている。
「……いつから、ゴリウスさんはそのことを知っていらっしゃったんですか……?」
「この前、1週間ほど家を空けたことがあったろう。その時の依頼内容がドラゴンの調査依頼だったんだ。俺はそこで、この山奥の里近くの地域に目を着けたであろうドラゴンたちが【縄張り争い】を行った痕跡を発見した」
「縄張り、争い……」
「この里がドラゴンの縄張りに入った最悪の可能性を考えて、俺からの報告後に里長やギルド長たちは本格的に里の住民の避難計画を練り始めた」
「コンさんがここ最近ずっと忙しそうにしていたのも、そのためですか……」
「ああ、そうだ。里長たちの働きのおかげで、もう避難先も決まっているらしい。キキョウたちには今から荷物をまとめてもらい、この里の南の出口へと向かってもらう」
俺はそうとだけ伝えると、席を立つ。
「さあ、とても残念ではあるが……この家とはお別れだ。3人とも、荷物をまとめるんだ」
「ゴリウスさんも……」
キキョウたちは座ったまま、俺の方を不安げなまなざしでジッと見上げていた。
「ゴリウスさんも、いっしょに避難するんですよね?」
「……」
「コンさんも避難するんですよね? だったら、ゴリウスさんも来ますよね?」
「……キキョウ」
「招集ってなんですかっ? さっきガーベラさんが仰っていましたよね、いったい、こんな非常時にどこに行かなきゃいけないって言うんですか……?」
「俺には使命がある」
俺は、震えるキキョウの肩に手を置いて、それからセリへと向いた。
「セリ。先に部屋に戻って、スズシロと荷物をまとめていなさい」
「ゴリウスさん……でも……」
「スズシロが困っているだろう? だから、頼む」
先ほどからスズシロは本当に困ったように、辛そうな表情で俯いて固まっていた。まだ4歳で細かい事情は分からなかったとしても、俺たちの表情や雰囲気だけで充分に察せることはあるのだ。
「……わかった。スズ、行こう」
「ごーうすたん、ねぇねー……」
「行くよ」
ふたりがしずしずと3階へと上がっていったのを見送ると、俺は改めて俯くキキョウと向かい合う。
「ドラゴンは知性が高い。空っぽの里を明け渡したところで、ドラゴンは必ずそこに居た者たちを追ってくる」
「……それって、じゃあ……」
「だから里に残り、ドラゴンを迎え撃つ戦士たちが必要なんだ」
「……イヤです、そんなの……犠牲になるってことじゃないですかっ」
「キキョウ、それは違う」
俺は力強く言い切った。
「俺は死なない」
「えっ……」
「俺はこれまで何体ものドラゴンと戦ってきた。これは本当の話だぞ。他の者にも聞いて見ろ。ゴリウス・マッスラーはドラゴンにも引けを取らない人類最強の戦士だと有名だ」
「本当、なんですか……? あのドラゴンに、災害に、勝てるんですか……?」
「前にピーチの実を採ってきた時にも言ったろう? 俺は簡単には死なない、と」
「……では、約束してくれますか……?」
「ん?」
キキョウはひとつ息を吸い込むと、俺の目をまっすぐに見た。
「ドラゴンを倒したら、必ずゴリウスさんも避難先へと来てくれるって、そう約束をしてくれますか……?」
「……」
俺は喉元までせり上がってきた、まるで張り裂けそうな感情そのもののような熱い何かを飲み下すと、
「もちろんだとも」
そう嘘を吐いた。
俺はそれからキキョウたちに手早く荷物をまとめさせた。外ではもう他の住民たちが列をなして里の南口へと移動を始めている。
「忘れ物はないな?」
「……はい」
キキョウがそう返す横で、セリとスズシロは黙り込んだままだった。
「セリ、スズシロ。キキョウとはぐれないようにな。しっかりと里のみんなについて行くんだぞ」
「……ゴリウスさんは?」
「後から行くさ」
セリの頭を撫でる。スズの頭も撫でる。
「スズ、行きたくない……」
「ちょっとだけガマンしてくれ、スズ」
「……ごーうすたんもいっしょならいいけど」
「スズ……」
俺の服の裾を掴むスズを、しかし、キキョウが優しく離させる。
「ゴリウスさんを困らせないの、スズ。大丈夫よ、またすぐに会えるんだから」
「……」
キキョウとセリは大きな荷物を持って、スズシロは小さなリュックを背負って、そうしてドアを開いた。
「……先に行って待っています、ゴリウスさん」
「ああ。気を付けてな」
「ゴリウスさんも、お気をつけて」
キキョウと最後にそう言葉を交わして、3人の歩いていく背中が移動する人々の中に消えていくのを見送って、俺はドアを閉める。シン、と静まり返るその玄関に俺はしばらく立ち尽くしていた。
「……俺も、ギルドに行かないとな」
準備のため、俺は自室への階段を上る。その足音は、家の中に空虚に響いた。
【NEXT >> 第31話 状況確認】
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