第35話 愛の力

「……オイオイ、アレは……」


 俺は何度もドラゴンと戦ってきたから、ブレスを見るのは初めてじゃない。だからこそ分かる。その一撃に最初のような【遊び】がないことを。俺たちはあのドラゴンの逆鱗に触れたのだ。あれが直撃したならばこの里は間違いなく滅びる。

 

 ……この里を跡形もなく吹き飛ばしてしまえば、ドラゴンも生き残りの住民を探したりはしないだろう。そうなれば……逃げた者たちは安全だ。

 

 俺たちはつまり、使命を果たしたということになる。

 

「ここまで、か」


 この里にまだ残る者たちを置いて逃げる戦士などここにはいない。であれば、俺たち戦士が使命を果たしたのちに待っているのは死のみだ。

 

 ……結局、一度もドラゴンには勝てなかったな。姉たちは俺を逃がすため、不思議な力で幾体ものドラゴンを屠っていたが……俺がその領域に足を踏み入れることはとうとう無かったわけだ。

 

 諦めの感情と共に、ドラゴンと殴り合って重たくなった体を起こして立ち上がる。その時。

 

「むっ?」

 

 破けたズボンのポケットから何かが落ちた。それが地面に落ちる前にサッと拾い上げる。


「これは……」


 俺の手に収まっていたのは、小さなぬいぐるみ。


「そうだ、ここに入れていたんだっけな」


 それはキキョウが行来市で『これなら普段でも持ち歩けるから』と、可愛いグッズ好きの俺のために買って贈ってくれたもの。そういえば昨晩、3人を思って無性に寂しくなってしまったから、ひっそりとこの服に忍ばせていたのだった。


「服……全部持っていけただろうか」


 ぬいぐるみを見ていると、行来市でキキョウとセリ、それにスズシロの服を選んだ時のことが自然と思い返された。

 

 ……最初はみんな慣れなさそうにおずおずと試着していたのを、しばらくするととてもはしゃぐようになっていったっけ。あの時は珍しくキキョウも子供っぽい笑顔を見せていたんだよな。俺はそれが嬉しくて、3人に何着か服を買ったのだ。


「ふふっ……」


 場違いにも、俺はいつの間にか微笑んでいた。


「なんでだろうなぁ……不思議だ」


 上空で力を溜めているドラゴンを見上げながら、俺は思わずつぶやいてしまう。


「こんなにも殴られ、里を破壊されてるというのに、どうしてか今は……お前たちに対して怒りや憎しみの気持ちが湧いてこんのだ」


 昔はドラゴンたちへの復讐へと焦がれてその姿を探し回ってすらいたというのに、今の俺の感情の中にはそのカケラすら見当たらない。


「おかしいよな。姉たちを、家族を、故郷の人々を殺された恨みは確かにあって、これからお前にこの命さえも奪われるはずなのに……」


 20年以上抱え続けた暗い感情がすべて風化してしまったということだろうか、自分の命にも執着が湧かない悟りの境地に達したからだろうか……いや、そのどちらも違う。

 

 ……それ以上に強い、キキョウたち三姉妹への想いが今の俺の胸の内を占めているからだ。


 なぜか? そんなことはもう、昨夜のうちに気がついていた。


「……いや、もっと前からかもな」


 俺はどこかであの3人との間に壁を張ろうとしてた。いつかキキョウが自立して3人と別れる時もくるだろうと。であればお互いにちょうど良い距離のまま過ごすべきだ、って。


「でも違った。そんなの関係なかったんだ……。例えこれから暮らす場所が離れようが、この数ヶ月で築いた絆は消えん。あの子たちはもう、俺にとって【家族】そのものなんだから」


 キキョウは『先に行って待っています』と言い残していった。つまりどこへ行こうとも、彼女たちの暮らしにとっても、もう俺がいることが自然になっていたのだ。そして、すでに俺が帰る場所はキキョウたちの元にできており、キキョウたちの帰る場所もまた俺の居るところにあった。

 

「あの子たちに……俺はこのまま2度も家族が欠ける経験をさせるのか……?」


 かつて両親を喪ったキキョウたちはいったいどれだけ悲しんだのだろう? そして次に俺を喪ってどれだけ悲しむのだろう? 俺は3人の涙を流させるがまま、ひとりこの世を去るのか?


 ……それは、ダメだ。だって、

 

「俺は、あの子たちの笑顔を──守りたいッ!」


 なら、こんなところで黙って死んでいられるものか。俺は走り出した。


「ギルド長ッ!」

「っ! ゴリウス、無事だったか!」

「ああ。スマンが頼みがある」


 俺はドラゴンの滞空するその場所を指差した。


「あそこまで、俺を運んでくれ」

「なっ……⁉︎」

「アンタの力が必要だ、頼む」


 ベルドットが息を呑むのも当然だ。いまさら勝算など、ゼロそのものなのだから。


「バリスタを空に向けて撃ってくれるだけでいい。俺に最後の足掻あがきをさせてくれ」

「……ゴリウス」

「みっともないかもしれん。だが、それでも……頼む」


 ベルドットはフッと不敵に笑った。


「俺がそれを断るとでも思ったか?」


 ベルドットは背中に背負っていた巨大な携行バリスタに極太の投擲槍とうてきやりつがえながらこちらを振り向く。


「驚いたのはな、ゴリウス、こんな状況でもお前の目から生きようとする力が消えていなかったからだよ。俺たちは元よりお前に全賭けしてたんだ。最期の最期まで付き合おうじゃないか」

「……ありがとう、ギルド長」

「で、どうする? 作戦は?」

「俺があのドラゴンを1発、ブン殴る」

「ははっ、悪あがきとしては上出来だ。存分にブチかましてこい!」


 ギルド長との間に交わす言葉はそれだけだ。俺は駆け出す。


「ホッ! ウホッ!」


 ハンマーを背負い、手近な場所で1番高い建物の上へとよじ登る。


「行くぞゴリウスッ!」


 鋼のように硬いバリスタの弦をミシリミシリと音を立てて限界を超えて引き絞っていたベルドットが、投擲槍を撃ち放った。重量200キロオーバーのその鋼鉄の塊がドラゴン目掛けて風を切る。直後、俺はよじ登った建物のてっぺんから跳び出した。


「ウホッッッ!」


 そして、すさまじい速度で上昇していくその投擲槍の柄を掴んだ。投擲槍は俺の重さに負けることなく、上へ上へと俺の体を運んでいく。


〔グギャッ⁉〕


 里から垂直に昇ってくる投擲槍の存在に気付いたドラゴンが、ヒラリとその身をかわす。ベルドットのバリスタによる攻撃は当たらなかった。が、しかし。


「これでいいんだ……!」


 投擲槍と共に飛んできた俺の体は今やドラゴンよりも上の位置。ここまで俺を運んでくれるだけで、充分だ。

 

〔グォォォォォッ!!!〕


 ドラゴンが俺を見つけ、吠える。俺は再び間近でその姿を見るが──。

 

「やはり、お前のことを憎いとは思わない」


 俺の心はみじんも揺るがない。


「ただ、お前が居ると……俺の【家族】が悲しむんだ」


 宙に浮きあがっていた俺の体が、下にいるドラゴンへ向けて自由落下を始める。俺は握るハンマーに力を込めた。どこか、いつもより力が込められる気がした。


「諦めが悪いと思うか? 俺も思う。だがな、どうしても諦められないモノが俺にもできたんだ」


 いま俺の心を満たすのは優しい記憶ばかりだ。

 

 ──この里で過ごした日々、優しい先輩戦士、可愛い後輩戦士、おせっかいな近所のおばちゃん、どこか抜けているギルドの受付嬢。

 

 ──実の親父のように接してくれたベルドット。いちいち突っかかってはくるが心根の優しい良きライバルのアザレア。荒くれだった俺を最初に受け入れて導いてくれた里長のコン。

 

 ──そしてなにより、俺に居場所をくれたキキョウ、セリ、スズシロ。言い表す言葉も見つからないくらい、大切な俺の家族たち。

 

「俺はこの里を守る。何よりも愛する家族たちのためにッ──!」

 

 ハンマーを大きく振りかぶる。バチリッ! 俺の中で何かが弾ける音がした。


「これ、は……!」


 俺のハンマーに【赤い光】が宿る。それは、俺の姉たちが使っていたのと同じ力が放つ輝きだ。

 

 ──『ゴリウス、これはな。この赤い光の力はな』

 

 唐突に、古い記憶がよみがえった。それはこれまでどうしても、どうしても思い出せなかった、不思議な力についてを俺に教えてくれた姉たちの言葉。

 

 ──『ただお前のことを想う、【愛の力】だよ』


 すべてが俺の中でつながったとき、その赤い光の輝きは最高潮へと達した。

 

〔ギャオォォォッ!〕


 ドラゴンのブレスの照準がこちらに向けられた。だがそれが放たれるよりも早く、俺はその横っ面へと、


「ヌォラァァァァアッ!!!」


 豪速でハンマーを叩きつける。その途端、まばゆいばかりの【赤い光】が瞬いた。


 ──ズギャアンッ! と。


 雷鳴のような轟音が鳴り響く。それは記憶の中にある、姉たちが振るっていた力とまったく同じ。怒りも憎しみも復讐心も込められていない、純粋な熱い想いの結晶の力。


 ……ッ! これなら、いけるッ!

 

「フンッッッヌらぁぁぁあッ!!!」


 勢いをそのままに、俺はドラゴンを地上へと叩き落とすようににハンマーを振り抜いた。

 

 鋭く風を切る音と共に、勢いよくドラゴンの体は里の上に墜落した。俺もまた、その後を追うように空から落ちていく。


「ホッ!」


 地上百数十メートルからの落下だったが、まあなんとか着地はできた。そしてすかさずドラゴンの反撃に備えてハンマーを構えるが──。


「……」


 俺はそのハンマーを降ろした。


「ゴリウスッ!」


 すぐにベルドットを始め、他の戦士たちがその場に駆けつけてくる。そして一様に俺の後ろを見て絶句した。


「ゴリウス……お前……!」

「ああ」


 俺はグッドサインで返す。

 

 俺の後ろに横たわるのは──俺のハンマーの一撃により顔面をひしゃげさせ絶命したドラゴンの死骸だった。


「勝ったぞ、みんな」

「「「っしゃぁぁぁあッ!!!」」」


 俺が言うやいなや、みんな一斉に沸き立った。戦士たちの勝利の咆哮ほうこうが里に響き渡る。

 

「勝ったんだ……生きてるッ! 俺たちは生きてるんだッ!」

「家族に、また会えるのか……!」

「うぅっ、やった、やった……!」

 

 みんなケガなど忘れたかのように抱き合い、泣いて、大笑いする。


「まさか、ドラゴンを倒してしまうとはな……。よくやってくれた、本当によくやってくれたゴリウス。ありがとう」

「こちらこそだ、ギルド長」


 俺とベルドットは互いに拳を突き合わせた。




【NEXT >> 第36話 ただいま おかえり】

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