第36話 ただいま おかえり

 ドラゴンとの戦いから一夜明け、翌日の朝。


「しかし、なんだ……」


 ギルド長ベルドットは、一帯の建物を押し潰すようにして倒れる25メートル級のドラゴンの死骸を見て、口元の無精ひげをなぞりながら苦笑いする。

 

「英雄にこんなこと言うのもあれだが、里の外にはじき出してくれると嬉しかったなぁ」

「スマンな。そこまで考える余裕はなかった」

「分かってるよ。言ってみただけだ。さ、どうにかして運び出す方法を考えなければだ」


 ドラゴンは人間の武器では傷つけることができない鋼鉄のウロコの持ち主であり、となると解体して運ぶのも難しい。それが里のみんなの共通認識……だったのだが。


「ギルド長~! なんか、刃物が通りますぜっ⁉」

「なにっ?」


 死後のドラゴンの体はなぜか肉質が柔らかくなっており、俺以外の戦士でも解体ができるようになっていた。


「どういう理屈かは分からんが好都合なことには変わらんな。そうとなれば話は早い。みんなで力を合わせてとっとと片付けちまうぞ」

「おう! 明日の昼にはみんなも帰ってくるだろうしな!」

「そういうことだ」


 すでに昨日の間には避難計画の中止を伝えに行くための戦士は出していた。その戦士が避難する里のみんなに追いついて連れて帰ってきてくれるまでには、この死骸くらいはどうにかしておきたい。


「フンヌッ!」


 片付けに対しても、俺は全力だ。切り分けられたドラゴンの肉1トンほどを背負って里の外へと歩いて向かう。


「ゴリウス、あんま無理すんなよ?」

「そうだそうだ。お前は昨日の戦いで疲れてるだろうから」

「片付けくらいアタシたちに任せておきなさいよ」


 先輩戦士たちは常々俺を気遣ってくれる。


「いや、大丈夫だ」


 だけど、俺は首を横に振った。


「俺も手伝って早く片付けたいんだ……みんなが、帰ってくるから」


 思い浮かぶのはただ、三姉妹の顔だけだった。早くまた、元気で明るいあの子たちの笑顔が見たいと、それが俺の燃料になっていた。




 * * *




 ドラゴンの死骸を片付け始めてから1日が経ち、昼前。


「ゴリウス~~~ッ!」


 死骸も片付いて、瓦礫ガレキの片づけを始めていた俺の元に、タッタッタッと軽快な足音を響かせてやってきたのはキツネ耳の少女(の姿をした年齢不詳)──里長のコンだった。


「ゴリウス、お前ってヤツは~~~!」

「お、里長。おかえり──って、ちょ、そんなにじゃれつくな!」


 飛びついてきたコンに、思わず俺は後ろにたたらを踏む。


「ゴリウスッ! お前ってヤツは! このっ! よくやってくれたのぅ!」

「こら、頭を撫でるな、子供じゃないんだぞ」

「ちょっとくらいいいじゃろうが! 本当にまったく……いヤツめ!」

「『まったく』はこっちのセリフ……って、泣いてるのかっ……⁉」


 グスンと鼻をすするコンの目の端にはわずかに涙が溜まっていた。


「うるさいのぅ。年を食うと涙腺が緩むもんなんじゃ」

「……心配をかけたな、里長」

「お前たちはみな……ワシの子供同然じゃ。本当にみんな無事でよかった……」


 コンはヨジヨジと俺の体を降りると、ハンカチで鼻をかみ、それから南の出口の方を指して俺に微笑んだ。


「迎えに行ってやれゴリウス。みんな帰って来ておるぞ」

「……!」

「ベルドットにはワシから伝えておく。さ、行け」

「ああ。ありがとう!」


 俺は走った。里の住宅の合間を駆け抜けた。疲れているわけではないのに、なんでか胸がはやい。


「はぁっ、はぁっ」


 南の出口には避難民たちが集まっていて、みんな俺を見るなり『里の英雄』だとか『世界最強』だとか『ありがとう』だとか、口々に賞賛と感謝を投げかけてくれた。

 

「ああ、ありがとう。ありがとうな」


 俺はそれに応えつつ人混みに割って入る。首を振ってあたりを見渡し、捜す。


「──ゴリウス」


 ひときわ凛と通る声で俺を呼ぶ声がして、振り向く。アザレアだ。群衆から頭ひとつ抜き出て高身長な彼女が俺に向けて片手を挙げて、手招きしていた。


「こっちだ」

「……ああ」


 俺とアザレアの間の人混みが割れて、そうして俺の目の前に……彼女たちがいた。


「みんな……」


 夢でも見るかのようなそんな表情でキキョウが、セリが、そしてスズシロがそこには立っていた。


「みんな、おかえ──」


 俺が言い切る前に、セリとスズシロが俺に駆け寄ってきてドンと腰へとぶつかるように抱き着いてきた。


「う゛ぇぇぇんっ! ごりうずざんッ!」

「ごーうすだぁぁぁんッ!」


 ふたりともため池が決壊したかのような勢いの涙を流して、俺のことを見上げてくる。


「もう、会えないがど思っだもん……! もう……!」

「セリ……心配をかけたな」


 ヨシヨシとその頭を撫でる。


「うぅっ……ぐすっ、ひっく」

「スズ……」


 スズシロは言葉にもならない様子でただボロボロ泣きながら俺の足にしがみついていた。


「スズ、ほら」


 俺は今日の朝からずっとポーチに入れて持ち歩いていたスズの着せ替え人形、ミーたんを取り出してスズシロに渡した。


「ミーたん……!」

「そうだ。おうちでお留守番してたぞ」

「ごーうすたん、寂しくなかった……?」

「ああ、ありがとう。嬉しかった。でもやっぱり、スズたちがいないと寂しかったよ」

「……スズも、ざみじがっだ!」


 大粒の涙を流すスズの頭を、俺は優しく撫でる。

 

 ……みんな、本当に俺のことを心配してくれていたんだな。


 俺はふたりから顔を上げる。キキョウにもお礼を言わなければならない。自分自身も不安でいっぱいだったろう状況で、この妹たちを避難の間しっかり支えていたに違いないのだから。


「キキョウ、ありがとう。キキョウには本当に──」

「……うぅっ……!」

「えっ……」


 そのキキョウもまた、静かに声を殺しながらボロボロと泣いていた。


「キ、キキョウ……?」

「ご、ごめんなさいっ、でもっ……」


 そう言って涙を流すキキョウに、俺は思わず呆気に取られてしまった。こんなにも激しく感情を露わにするキキョウは初めてだ。

 

「当然だろう」


 アザレアが溜めていた息を吐き出すように言う。


「これまで溜め込んでいた不安も、お前が無事で安心した気持ちも、ここにまた帰ってこれた喜びも、お前の前でなら爆発しようというものだ。だって、お前たちは家族なんだから」

「家族……」

「受け止めてやれ、ゴリウス」


 アザレアはそう言って俺たちに背を向けた。恐らくはベルドットの元へと向かったに違いない。


「……キキョウ」


 俺は、キキョウの隣に立ち、その背中に手を添えた。


「帰ろうか。俺たちの家に」

「……はいっ」


 キキョウ、セリ、スズシロの3人と手を繋ぎ合い、俺たちは歩き慣れた道を自宅へと歩む。ずっと手は離さなかった。


 その日、俺たちは食卓を囲みながら多くを語り合った。俺はキキョウたちのいない家で過ごした夜の寂しさを、キキョウたちは俺のいないテントの寂しさを。やっぱり、みんなでここに居ることができるのが一番良いと笑い合って、またみんな少し泣いた。少しだけ、俺も。

 

「……あの、ゴリウスさん」

「どうした、キキョウ?」

「さっき、アザレアさんが私たちを『家族』って……」

「……ああ、そうだな。キキョウたちは俺の姪ということで通しているし、実際に生活も共にしている。であれば周囲からは家族と呼ばれてもおかしくはない」

「そう、ですね……」

「ただ、キキョウ。それにセリ、スズシロ。もし、もしお前たちが嫌じゃなければ……」


 ──俺たち4人、これからはなんの嘘もなく、本当の『家族』にならないか。

 

 意を決して言った俺のその言葉に、キキョウたち3人は顔を見合わせて、「はい」と満面の笑みで頷いてくれた。




【NEXT >> 第37話 幸せな日常】

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