第32話 決戦前夜 ※まとめ読み推奨

 戦士ギルド内の士気は高まっていた。少なくとも、みんなドラゴンに対してもはや恐れを感じてはいなかった。それ以上に守りたい者たちに対しての想いが強かったのだ。


「皆の者」


 ギルド長やアザレアの前に歩み出たのは、これまで静観を保っていた里長のコンだった。

 

「勇猛果敢な戦士たちに敬意を表する。山奥の里の全住民たちを代表してここに深い感謝を」


 コンはゆっくり長く、みんなの前で頭を下げた。


「残された住民たちはきっと、ワシとアザレアで導いていく。お前たちの尽くした力は、ぜったいに無駄にはならない。いつまでも我々と共にあるだろう」

 

 コンは戦士たちひとりひとりを見つめた。とても深い色をした瞳で。


「本当にありがとう。戦士たちの武運を願っている」

 

 それから再びギルド長であるベルベットから戦士たちそれぞれの配置場所が通達され、以降は連携が必要な者同士での確認などのため集まりは解散となった。


「ゴリウス」

 

 特に連携などの相談をする相手もいなかった俺に、アザレアが近づいてくる。

 

「私は……正々堂々とお前を追い抜きたかった」

「アザレア、そんなに変わらんさ。俺とお前は」

「だが、それでも違っていた。だからこそお前と私は今もこうして明確に使命を分けられている。誰も私がドラゴンに匹敵するとは思っていない。私自身もだ。私じゃ力不足なんだ」


 アザレアは悔しそうに拳を握りしめた。


「だが、その上で後のことは私に任せろゴリウス。私はもっともっと強くなる。ドラゴンすらも退けられるように。今度は私がお前になれるように」

「ああ。頼りにしているぞ、アザレア」


 俺はアザレアと、固い握手を交わす。


「それと、キキョウたちのことなんだが」

「スズちゃんたちのことも任せろ。私が必ずや彼女たちの幸せを守り抜いてみせる」

「……それなら安心だ。よろしく頼む」


 それからコンとアザレアはベルドットたち他の戦士たちとも数言交わすと、戦士ギルドを後にした。これからふたりは里の南口から避難のために先行して出発している住民たちを追いかけるのだ。


 ……大丈夫だ。キキョウたちのことは、里長やアザレアに任せておけば。

 

 彼女たちは充分に強い。住民たちと共に避難した若い他の戦士たち、俺を慕ってくれた後輩たちもとても頼りになるヤツらだ。この里で過ごした約20年の経験が俺にそう確信を与えてくれる。

 

 ──そうであるはずなのに。

 

 ズキンズキン、と。先ほどから胸の内を脈打つような痛みが絶えない。自分の使命は受け入れて、もう何も思い残すことなどないはずなのに。


「……」


 ……どうして俺はいま、こんなにも辛い……?




 * * *




 戦士たちの打ち合わせも終わり、里に最後の夜が訪れた。大通り沿いではキャンプファイアーのような焚火が置かれて、それを囲うようにして戦士たちが酒と肴を持って笑って話し合っている。


「おーい、ゴリウス! 飲んでるかっ⁉」

「ギルド長か。いや、俺は」

「まあまあ、ちょっとくらいは飲んでいけっ!」

「……そうだな」


 ギルド長に肩を抱かれて連行されてしまったので、俺も逆らわずにそのそばに座る。別に俺は飲めないわけではない。むしろ酒にはかなり強いし、そこそこに好きだ。まあ、キキョウたちが家に来てからはぜんぜん飲んでいなかったが……。


「……」

「ほれ、注ぐぞっ?」

「ん? ああ……」


 トクトクトクと酒が注がれる。

 

「ホント、デカくなったよなぁゴリウスは」

「……そうか?」

「まあこの里に来た時からデカくはあったがなっ! 態度もデカかった!」

「若気の至りだ、忘れてくれ」

「いいや! 忘れないね!」

 

 なみなみに酒の注がれた杯を突き合わせながら、ベルドットは笑う。


「家族の痴態もいい思い出だ。俺はそういうもの全部をひっくるめて墓場まで笑って持っていくって決めてんだ」

「……ギルド長」


 ……この人はいつだって、俺たち里の戦士みんなを自分の息子や娘のように思って接してくれるのだ。

 

「ありがとうな、ギルド長」

「俺の方こそだ」


 俺たちは酒をひと息に飲み干した。ベルドットが立つ。


「さて、俺は他の連中とも乾杯しに行くぞ。最期の夜だ、どうにもならないことで悲しんで過ごすには長くて辛い」

「……そうだな」


 確かにその通りだと思った。ベルドットは俺の心の内を知っていて、俺に構いに来たのかもしれない。


 ……最後まで世話を焼かれ続けるというのも、なんだな。

 

 俺も辺りを回ってみることにした。


「おうっ、ゴリウス!」


 先輩の熟練戦士たちが明るく声を掛けてくる。世話になったな、こっちこそ、と言葉と杯を交わす。

 

「ゴリウスちゃん! 食ってるかいっ⁉」


 炊き出しのご飯を作ってくれている近所の定食屋のおばちゃんが話しかけてくる。

 

「残ったのか、里に」

「この里には親も祖父母も埋まってるからね、アタシらもって旦那と決めたのよ。他にもたくさんいるわよ、アタシらみたいなジジババがさっ!」

「そうか……」

「最期までよろしく頼んだよ、ゴリウスちゃん。さあ、食ってけ食ってけ!」


 夜は、今日も今日とてたくさんの人々に優しくされて更けていった。何気なく過ごしてきた20年近い日常は、いつの間にかこの里に俺の居場所を作ってくれていた。


「俺はいつの間に、どんなに得難いかと思っていたものを得ていたのか」


 失うそのすんでで気づいた。かつて故郷を失い帰る場所などないと絶望していた俺に、新たな故郷ができていたことを。

 

 ──そして夜も更け、キャンプファイヤーの火も消された。

 

 気候は温かく、みんなそれぞれ適当なところに寝っ転がって休んでいた。どれだけ飲んで騒いでいてもさすがは熟練の戦士たちで、酔いつぶれることもなく、武器を傍らに明日の朝に備えている。

 

 俺は一度、帰ることにした。ベッドで体を休めて万全を期したいとそう思った。


「ただいま」


 その声が空虚にリビングへと響く。数カ月前までは当然の光景だったそれも、いまとなっては……。

 

「……」


 俺は階段を上る。いつも仕事終わりは、その疲れを取るために趣味部屋の着せ替え人形やぬいぐるみたち、それに自分で作った可愛い衣装などを見て癒されて、それから眠りに就くのがルーティンだった。

 

 ギィ、と。小さく軋んだ音を立ててドアを開く。目の前に広がるのは、ベッドとちょっとした机や椅子などが残った部屋。俺は4階の趣味部屋ではなく、自然と、これまでずっとキキョウたちが使っていた3階の客室に足を運んでいた。


「……いないよな。当然だ」


 なんの期待をしていたわけでもなかった。本当に。それでもなお、この部屋を訪れずにはいられなかった。


「ん? あれは……」


 ベッドの枕元にあるそれに、俺の目が釘付けになる。


「……ミーたんじゃないか」


 かつてスズシロへとあげたはずの着せ替え人形、ミーたんがそこにはちょこんと座っていた。


「忘れ物は無いかって、訊いたのに……スズシロ」


 ……外に遊びに行く時だってずっといっしょだったのに、なんでこんな時に限って。


 そのミーたんを手に取って見る。すると唐突に、ミーたんの身体を大事そうに抱えるスズシロの姿が目に浮かんだ。

 

「……」


 ミーたんを両手に抱えてセリに向かって駆けていくスズシロ。家のドアの前でスズシロを待つセリ。リビングでそんなふたりを温かな目で眺めるキキョウ。ひとつ思い返されると、3人と過ごした時間が次々に俺の頭を駆け巡っていった。


「……ああ。俺はこんなにも、あの生活が楽しかったんだな……」


 3人と過ごしたのはたったの数カ月だ。なのに、この里で、この客室で、2階のリビングで、4階の俺の趣味部屋で。俺の思い出の中には、3人の笑顔が溢れ返っていた。


「いつの間に、俺は3人のことを、本当に……」


 目をつむり、俺はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。


「……いかんな。そろそろ眠らなくては」


 俺はミーたんを再びベッドの枕元へと倒れないように座らせると、客室を後にした。




【NEXT >> 第33話 避難の最中】

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