第33話 避難の最中 ※まとめ読み推奨

 その山奥の森の中、夕方に差し掛かった辺りで山奥の里の住民たちの避難列は足を止めた。若い戦士たちが駆け足でやって来て説明をしてくれた。どうやら、今日はこの周辺で野営をするらしい。


「セリ、スズシロがはぐれないように見ておいてね」

「うん、分かった」


 スズシロをセリに任せ、キキョウは不慣れながら、周りの人々と協力してテントを立てていく。周囲では戦士ギルドの人々や戦士たちが中心となって、野営の周辺の警備態勢を整えるために忙しく駆け回っていた。


「キキョウさん」


 そんな折、戦士ギルドの受付嬢であるガーベラがやってきた。


「セリちゃんやスズシロちゃん分を含めて、夜を過ごすにあたって足りないものなどはありませんか? 毛布や携帯食料、手ぬぐいや下着などの用意がありますが」

「ありがとうございます。でも、テントさえあれば大丈夫です」

「そうですか? 毛布は?」

「毛布も1枚持ってきていますから」


 セリが頷いて、キキョウの背負っていたリュックを見せる。ロール状に巻かれたものが一束、その上に載っていた。


「でも1枚ですよね? 3人いるんですから、あと2枚使ってください。持ってきますから!」

「えっ、けど1枚でも充分に温まれますよ……?」

「はみ出しちゃったら風邪引いちゃうでしょうっ? 変な遠慮はしないっ!」


 ガーベラにそう言われて、結局キキョウは押し切られてしまった。


「い、いいのかしら。他にも人がたくさんいるのに、私たちの分だけでそんなに毛布を使っちゃって……」


 キキョウは少し申し訳ない気持ちを抱いた。山奥の里にやって来るまでは生活用品に割けるだけのお金を稼ぐこともできず、毛布は1枚でベッドは1台という生活が長かったから、3人で温め合いながら寝るのには慣れていた。

 

「当然じゃ。先行きはまだ長い。しっかり温まることじゃ」

「コ、コンさんっ?」


 キキョウの後ろにコンと、その後ろに続いてアザレアが歩いてやってきていた。


「ちょうど今しがたこの列に追いついたところじゃ」

「そうでしたか、お疲れ様です」

「うむ。キキョウたちもしっかり休むのじゃぞ。じゃあワシらは前列へと急ぐからのぅ」

「あっ……!」


 歩き去ろうとしたコンを、キキョウは思わず呼び止めてしまう。


「……どうした」

「いえ、その……」


 ゴリウスについて、訊ねようとしてしまった。キキョウは口を噤む。後ろにはセリやスズシロがいるのだ。むやみにゴリウスの名前を出して、妹たちの心を乱したくはなかった。


「……なんでもありません。ごめんなさい」

「……いや、よい。キキョウ、少し近う寄れ」


 コンは手招きをしてキキョウを呼ぶと、背伸びをしてその頭を撫でた。


「あ、あの……」

「お前はよくやっている。若いのに強い娘じゃ」

「ありがとう、ございます……?」

「あと少しの間がんばっておくれ。避難先に着いたらワシもお前たちを支えてやれる」


 コンはそうとだけ言い残すと、今度こそ背中を向けて歩き出した。


「……」

「キ、キキョウさん……」


 キキョウがしばし呆気に取られていると、後ろからアザレアの困ったような声が聞こえた。


「スズちゃんがすごく落ち込んでいて、私とあまり視線を合わせてくれないんだ……」

「あ、あらあら……」


 悲しそうに身体を縮こませるアザレアの頭を、今度はキキョウがいい子いい子と撫でる番だった。


「……でも、本当にどうしたのかしら」

「スズちゃんか?」

「はい。アザレアさんに会えたら、少しは元気を出してくれるんじゃないかと思っていたんですけど」


 指を咥えて、心ここにあらずといった様子でセリの手を握るスズにキキョウは違和感を覚えた。それはただ里やゴリウスから離れてしまったというショックに落ち込んでいるだけでは無さそうにも見える。


「そうか、力及ばず申し訳ない」

「い、いえっ! アザレアさんが悪いわけではありませんから!」

「そう言ってくれると救われる。もう少し共に居たいところだが……私にも仕事があるのでな。また早朝、様子を見に来る」


 アザレアもまたそう言い残すとコンの背中を追って駆け足で去っていった。


 しばらくしてテントも組み終わり、私たちは持参した携帯食料を食べて、ガーベラさんに持ってきてもらった2枚の毛布と持参した1枚を掛けて横になった。森の中は夜が深まるのが早い。すでに辺りは真っ暗で、テントの中はうす暗いランタンの灯りがひとつだけ。

 

「なんだかちょっと、懐かしいね」

「……そうね。前の家にちょっと似てるわね」


 セリがボソリと呟いた言葉に、キキョウは頷いた。


「なんかちょっと、寒いかも」

「もうちょっと近くに寄りましょう。スズもおいで」


 キキョウたちは毛布を重ねて、スズシロを真ん中にして温め合えるように固まった。


「……あれ、スズ、ミーたんは?」


 スズの腕の中には、いつもいっしょに寝ていたはずのミーたんがいない。セリの声に、スズシロはくしゃりと顔を歪める。


「……いない」

「いないって……でも私、リュックに入れたよね? ちゃんと探した?」


 セリの問いに、スズシロは首を横に振った。


「おるすばん、だから」

「えっ、お留守番……? まさか」


 セリは目を丸くして、俯くスズシロの顔を覗き込む。


「リュックから出して、自分であの家に置いて来たの……⁉」

「……」

「スズっ! なんでっ!」


 セリがスズシロの肩を掴むと、スズシロの目から涙があふれ始めた。声を殺すように、スズシロが泣く。


「ちょっとセリ、落ち着いて。スズ泣いてるからっ」

「でも! ゴリウスさんから貰った大切なお人形なんだよっ⁉ それを、どうして……! もうあの家には戻れないのに……」


 セリが悲しそうに言うと、スズシロはぶんぶんと首を横に振る。


「ちがうもんっ」

「違うって……」

「もどれなくないっ! スズ、ぜったいに帰るもんっ!」


 スズシロは目を擦り、しゃくり上げながら言葉を絞り出す。


「だから、ミーたんはおるすばんなんだもん……!」

「スズ……」

「じゃないと、ごーうすたんがひとりきりになっちゃうんだもん、だからっ……」


 スズシロがそれ以上自分の心を悲しくしてしまう言葉を紡がなくていいように、キキョウはスズシロを優しく抱きしめた。キキョウはもちろん、セリだってもう充分にスズシロの思いは分かっていた。


「……ごめんね、スズ」

「セリもおいで」


 スズに謝りながら涙を滲ませるセリの頭も、キキョウは抱き寄せる。ふたり分の嗚咽が小さく響くテントの中で、キキョウは優しくセリとスズを包み込んだ。


 ──翌日、早朝。

 

「やあ、来たぞ」

 

 キキョウたちがテントを片付けているところに、昨日言った通りアザレアが様子を見に現れた。

 

「あざれあたん、おはよー」

「ス、スズちゃん……! お、おはようっ!」


 アザレアはスズシロに軽いハグをすると、晴れやかな顔をキキョウへと向けた。


「キ、キキョウさんっ! スズちゃんが少し元気になっているっ!」

「そうみたいですね。本当によかった」


 昨日の夜に思いっきり泣けたからか、セリもスズシロもどこか少し心の憑き物が落ちたようになっていた。やはりいつもに比べればまだ元気とは言えないものの、昨日のようなおかしな違和感は無くなっている。


「キキョウさんはどうだ? 少しは休めたか?」

「はい、おかげさまで」

「それならよかった。これからまだしばらく歩くことになる。私はまた昼頃に顔を出すから、何か辛いことなどあったら私に」


 アザレアが言いかけたその時だった。

 

〔──グォォォッ!〕


 遠くの空から、空間をひび割れさせるような恐ろしい声が響き渡った。


「こ、これはっ……!」

「あぁ、そうだ。それにしても早いな……!」


 アザレアが憎々し気に舌打ちをした。


「こんなに禍々しい声は他に聞かない。間違いなくドラゴンだ。ヤツがとうとう、私たちの里を見つけたんだ……!」

「……!」


 キキョウは、不安そうなセリとスズシロの手をギュッと握った。キキョウは木々で覆われた空を見上げ、そして祈る。


 ……ゴリウスさん、きっと必ず、生きて。


 震える妹たちの手、震える自分の肩を感じながらも、心の内の願いはただそれだけだった。




【NEXT >> 第34話 決戦 VSドラゴン】

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