第28話 行来市<ぎょうらいいち>

 俺宛ての仕事の依頼もなくキキョウも喫茶店が休みのある日の午後、俺たちはいつも以上に人々の活気で賑わう山奥の里のメインストリートへやって来ていた。

 

「ゴリウスさんっ! なにこれっ? お祭りっ?」

「おまつりー! スズおまつり好きーっ!」


 そんな熱気に当てられてテンション高めのセリとスズシロがはぐれない様に手をつないで、俺たちは人混みを抜けて行く。

 

「これはまあ祭りといえば祭りみたいなものではあるんだが……【行来市ぎょうらいいち】というものだ」

「ぎょーらいーちー?」

「ああ。いろんな里から多種多様な商品が持ち寄られて売り買いされる行事さ。この前の祭りは里の平和や豊作を祈る催しだったが、今回のは行商人たちが主となって催される大規模な市なんだ」


 そういったわけで、この行来市では前回の祭りに比べれば子供の数は少ない。色んな商品を物色できる機会ということもあり、どちらかといえば大人にとってのお祭りみたいなものだ。


「店長……コンさんとアザレアさんも来れたらよかったんですけどね」


 キキョウが少し残念そうに微笑んだ。


「なんだかコンさんは最近とても忙しいみたいで。お店の外の、里長としての仕事に時間を取られているんだとか」

「……うん。それは仕方がないな」

「そうですね……。アザレアさんはどうなんでしょう? 戦士としてのお仕事が多いんでしょうか?」

「まあ、そうだな。あいつは次期ギルド長でもあるから、親父さんからいろいろ学ぶためにも他の戦士より忙しかったりするんだ」

「スズがアザレアさんといっしょに遊びに行きたかったって寂しそうにしてましたよ」

「うむ……俺の誘いでスズも来ると分かったときのアザレアも、いっしょに行けないことにハンカチを噛みちぎって悔しがってたよ」


 ちなみにこれはキキョウたちには内緒だが、先日俺が不在の間にスレイヴン商会の連中が三姉妹を連れ去ろうとしたのだとアザレアから聞いた。アザレアが【偶然】その犯行現場に居合わせてくれたから良かったものの、3人が危険な目に遭う一歩手前に陥ったのは完全に俺の落ち度だ。

 

 ……四六時中俺が3人から離れないというのは難しいが、どうにかしないとな。それとせっかくのこの機会なわけだし、アザレアにはその時のお礼として何かを買っていかないとだ。


 なんてそんなことを考えていると、スズが繋いでいた俺の手をくいくいと引っ張ってくる。


「ねぇねぇ、ごーうすたん。カラメルコーンは?」

「ん? カラメルコーン?」

「うん。あのねぇ、スズはこの前のおまつりでカラメルコーンがいちばん好きだったの!」


 目を輝かせていうスズに、俺はぐるりと辺りを見渡して、


「……食べ物の屋台はあまりないんじゃないかなぁ」


 恐る恐るそう言うと、スズは何を言われているのか分からないといった様子で首を傾げた。


「ゴリウスさんっ! っていうことはもしかして……野焼きそばも無いのっ⁉」

「う、うむ。たぶんな」


 セリは勢いよく市を駆け回ると、すぐに戻ってくる。

 

「ほ、ほんとだ……! どこもかしこも、物ばっかり……!」

「まあ、市だからなぁ」

「もしかして、スズのカラメルコーンもないのぉ……?」


 どうやら物欲よりも食欲らしく、セリとスズはなんだか落ち込んだようだった。これはマズい。


「そ、その代わり可愛い服とかが売ってたりするから! そうだ、今日は俺がなんでも好きな服を買ってあげよう」

「えっ、本当っ?」


 セリはやはり年頃ということもあってそれなりにオシャレにも興味があるみたいだ。目に輝きが差す。が、しかし。


「セリ、あまりゴリウスさんに甘え過ぎないの」


 キキョウが「めっ!」と注意をした。


「買いたいものがあったらまず私に言いなさい。喫茶店のお給金もだいぶもらえたし、セリたちの服くらいなら買えるんだから」

「え、でもそれじゃお姉ちゃん……」


 眉を八の字にして、セリはどこか困ったような、気落ちしたような様子で俯いた。


「キ、キキョウ。俺が言い出したことだ。セリを怒らないでやってくれ」

「はい、でも……可愛い服は高価なものが多いですから。そこまでゴリウスさんのお世話になるわけにはいきません」

「この前の依頼でかなりの報酬が入ったし、服くらいいくら買っても構わんのだが」

「うーん、でも……」


 三姉妹を支える長女としては譲れない一線があるのか、キキョウは困ったような反応をする。

 

 ……俺が引いた方がいいのだろうか? しかしでもな、今日この市に誘ったのは俺なわけだし、そんな時くらいはお金のことはあまり気にせずに喜び楽しんでもらいたいとも思ってしまう。


 どうしたものかと俺が思っていた時、セリが俺とキキョウの間に入るようにして「はいはいはーい!」と手を挙げた。


「じゃあ、私たちがゴリウスさんのために働いて、そのお駄賃代わりに何かを買ってもらうというのはどうでしょーかっ?」

「俺のために、働く?」

「そうっ! 例えば……ほらっ、あそこを見て!」


 セリが指さした先、そこは古物市。そのうちのひとりの行商人が陳列している商品は、古式ゆかしい箱に格納された美しい年代物の人形アンティークドールだ。


「ぐ、ほ……欲しいっ!」

「お人形って……やっぱりけっこうするんだね。1体10から15銀貨だって。ちなみにゴリウスさんの狙いのお人形とご予算は?」

「ん? そ、そうだな……まあ多少は奮発してもいいかなと思っているから30銀貨くらいか。だからまあ、買うとなればあの右端の2体かな」

「欲を言えば?」

「あの少し安めの真ん中のお人形も欲しいかなとは思っているが……いやしかし、さすがに趣味に30銀貨以上の金をかけるのは抵抗が……」

「ふっふっふ……私に任せておいてゴリウスさんっ!」


 セリは自信たっぷりに俺の手を引くと、そのアンティークドールを打っている行商の元へと歩いていく。


「私が途中で話を振るから、ゴリウスさんは最初に『高いからダメだ』、次に『さっきのところのでもいいんじゃないか?』って言ってね?」

「う、うむ?」

「──わぁ~! 可愛いお人形っ!」


 俺が聞き返す間もなく、行商人の前でセリが華やいだ声を上げ始めた。どうやら、何かしらの芝居が始まったらしい。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。ウチの人形が気に入ったかい?」

「うんっ! あの右のお人形さんたち可愛いなぁ」

「手に取って見てみるかい?」

「いいのっ? ありがとうお兄さん!」


 行商人はセリの無邪気さを疑うことなく、その2つのお人形を目の前に出してくれた。


「やっぱりとっても可愛い。すごく気に入っちゃった。これはふたつでおいくら?」

「こっちのが12銀貨、もうひとつが15銀貨で合計で27銀貨だね」

「ねぇねぇ、叔父さん! 私このお人形さんたちが欲しいなぁ……!」


 セリがこちらを振り返り、密かにパチリとウィンクを送ってきた。

 

 ……これが話を振ると言っていたやつか。えぇと、確かなんだったっけか……そうだ。


「『高いからダメだ』」

「えぇ~、そんなぁ……」


 俺の返答に、セリはガックリと肩を落とす。


「旦那、ご予算はおいくらなんです?」

「え? それはさ──」

「20銀貨なんです」


 俺の言葉を遮るようにセリが言った。


「今日は私の誕生日だから、叔父さんが20銀貨までならいいって」

「そ、そうかい……。そうだなぁ、20銀貨だと……どっちかしか買えないなぁ」

「でも、お人形さんはひとりだけだと寂しいし……」

「う~ん……」


 くいくいっ、とセリが俺の服の裾を引っ張った。これも合図か。

 

「さ、『さっきのところのでもいいんじゃないか?』」

「そう、だねぇ……」


 セリはとても残念そうな表情を作りつつ、渋々と頷いた。


「さっきのところなら20銀貨で3人のお人形さんが買えたもんね」

「さ、さっきのところっ?」

「うん。ここよりもう少し先の行商人さんのところ」

「そんなに安いと……どうなんだ? さすがにウチと比べて品質が」

「確かにこっちのお人形さんの方が可愛いの。でもひとりしか買えないなら仕方ないから。それじゃあお兄さん、お人形さんを見せてくれてありがとうございました」


 セリは大きなため息を吐いて、俺の手を引いて歩き去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなお嬢ちゃん! 特別に25、いや24銀貨でなら売ってあげてもいいぜっ?」


 その焦ったような行商人の声に足を止めたセリの表情は、にひひっ、と。今にも舌なめずりをしそうなほどのずる賢い笑みを浮かべていた。




【NEXT >> 第29話 セリの特技】

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