第18話 ゴリウスの帰還と三姉妹

 陽が傾きかけた夕刻の少し前。俺は山奥の里近くまで帰って来た。


「さて、たくさん採れたことだし、セリたちも喜ぶだろう」


 三姉妹たちの笑顔を思い浮かべるとつい表情が緩んでしまう。

 

 ……おっと、いかんいかん。すれ違った旅の行商が怪訝な顔をしていた。俺のニヤけた顔はどうやら【エモノを見つけたラーリゴ】みたいで怖いと評判なのだ。

 

 俺が顔を引き締め直して里の入り口を通った、その時だった。


「ほら、帰ってきたでしょ!」


 戦士ギルドの受付嬢のガーベラの明るい声が響いた。それと同時にドン! と俺の体に小さな何かが時間差で2回ぶつかってくる。


「セリ? スズシロ?」


 ……いったいどういうことだろう。視線を下にやれば、ふたりが俺の胴体にしがみつくようにして抱き着いていた。

 

「ゴリウスさぁ~~~んっ! よかった……!」

「ごーうすたぁんっ!」

「な、なんだなんだ、どうした……?」


 俺の顔を見上げるふたりは目を泣き腫らしていて、いまも涙を流している。

 

 ……え? 涙? なんで? いったいなにが……まさか、イジメか? まさか近所の悪ガキに何かからかわれたりでもしたのかっ? 


「ごべっ、ごべんなざい~~~! ワガママ言って、ごべんだざいぃっ!」

「スズも、スズもぉ~っ!」

「えっ? 俺っ⁉」


 どうやらふたりは俺に対して泣いて謝っているらしい。俺が混乱していると、気まずげに笑うガーベラと、困り顔の中にどこかホッとした様子をにじませたキキョウが歩み寄ってきた。


「ゴリウスさん、すみません……セリとスズがワガママなお願いをしてしまい」

「ワガママ?」

「ピーチの実を採ってきていただくことです」

「えっ? これか?」


 俺は背負っていた藁かごを降ろす。ガーベラが「うおっ! すご!」と驚いていたが、今はそんなことよりも。

 

「これはセリたちのワガママじゃないぞ? 俺がふたりにピーチの実を食べさせてやりたいと思って勝手に採りに行ったんだ。もしかしてその件でふたりは泣いているのか?」

「いえ、それはですね……」


 キキョウが言い淀んでいると、

 

「あ、あのぅ……」

 

 ガーベラが言いにくそうに俺の前に出てくる。


「それについてはですね、私の方から説明させていただきたくぅ……」

「なんだ、お前がふたりを泣かせたのか?」

「ひっ⁉ ち、違……わなくはないですけど、いろいろとその、行き違いがありましてぇ……」


 俺はかくかくしかじかと事の経緯を説明するガーベラの話に耳を傾けることにする。


「……なるほど? 要するに【俺がピーチアリゲーター相手に殺されかけたことがある】、とセリたちに伝えたわけだな?」

「は、はい。それで私としては、ドラゴンとも対等に戦えるゴリウス様がまさかピーチアリゲーター程度に遅れをとるなんてあり得ないと説明はしたのですが、でもどうしても不安が消えなかったようで……」

「最初に不安を与えかねないことを言ったお前が悪いじゃないか」

「ご、ごめんなさいっ! でも途中で話を遮られたのが悪いんです! つまり私とおつぼねの共同責任なんですぅ!」

「そもそも受付内で飲酒をするお前が悪いんだろうが、反省しろ」

「は、はい……以後気を付けます。申し訳ございませんでした……」


 シュンとするガーベラのことはまあもういい。とりあえず俺はセリとスズシロふたりの頭を撫でる。


「俺はそうそう死なないから、安心してほしい。とはいえ不安にさせてしまい悪かった」

「ゴ、ゴリウスさんはなにもっ」

「いや、俺も短慮だった。思い立ったことはすぐにやらなきゃ気が済まないタチでな。言葉が少なかった。せめてキキョウがいる時にみんなに相談すべきだったと思う。ごめんな」


 必死に首を振るセリに、俺は笑いかける。


「お互いに謝りあったからこれでおあいこだ。もう気にするのはよそう」


 そうしていちおうその場はそれで収まった。俺の採ってきたピーチの実は自宅でキキョウが調理してくれて美味しいお菓子にしてくれた。三姉妹たちは初めて口にするピーチの味を大層気に入ってくれたようで、俺は大満足だった。


 ……のだが。


「……美味しかったけど、でももうひとりで採りには行かないでっ!」


 セリにそう懇願され、その後数日の間、セリやスズは俺の行く先々に着いてくるようになった。まるで親アヒルに続く雛の隊列のようで少し微笑ましかった。




【NEXT >> 第19話 美鬼 アザレア】

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