第27話テニス

 体育の授業。


 種目はテニス。

 レベルに応じて、AからDクラスに分かれての総当たり戦。試合結果によってクラスが上下するシステムだ。


 俺は、DクラスからAクラスまで翔上がってきた。


 このAクラスには、例の3人組がいる。


 今、対戦しているのは、その内の一人である。なんでも、小学校からテニスをやっているらしい。名は、三枝透さえぐさとおるといったか?


「あのプレー内容でよくDからAに上がってこれたな。このAクラスではそうはいかんよ。素人はBクラスにお帰りいただこう」


 なんと言うか、キザな奴だ。


(手の内を隠してきたんだ。本番はここからだ)


 周囲には、試合待ちをしている男女が興味深々といった風情で、こちらを見てる。


 三枝目当てか?


「お手柔らかに」


 ゲームスタート。


♠️

 まず、サーブ権を取ったのは向こうだ。


 トントンとボールをついてから、ボールをトスして、オーバーハンドサーブを繰り出す。


(小学校からやってるだけあって、絵になるな)


 スピードも球威も、まずまずといった感じのフラットぎみなサーブだが、コースは甘い。こっちを舐めて、確実に入れにきたわけだ。

 だが、軌道も回転も丸みえ、空気をさいて飛んでくるボールの感じも肌で感じる。着弾音もはっきり聞こえる。


(この生まれもった五感の鋭さに、体がついていくようになると…)


 バーン!


 リターンエースだ。三枝氏は、呆然としている。

 スピードも威力もそれなりにあるコースの甘い速球とか、カウンターで倍返ししてくれと言ってるようなもんだ。


「まぐれだ。まぐれ!」


 三バカの一人が、そう励ます。


「そうだよな」


 そう言ってこのリターンゲーム中、三枝氏はコースも打ち分けスピードも上げたフラットぎみのサーブしか打ってこなかった。


「50—0」


 審判のコール。


 (学習能力のない奴だ)


 次は、こっちのサービスゲーム。


 先程、「あの腕前でよくAクラスまでこれたな」と言われた要因は、フラットぎみのサーブやストロークがたいして速くなかったことが大きいだろう。それは、認める。

 一か月では、流石に高速サーブやストロークの威力まで身につけられなかったのだ。


 なら、どうするか?

 サーブは、回転やコース・緩急。ストロークは、コートカバー力とコントロール・緩急。


 まずは、スピンの効いたサーブをクロスにうつ。ボールは着弾してから、大きくキックし…


「ぐわぁ」


 たいしたサーブは来ないはず!と前よりにポジショニングしていた三枝氏の右肩を直撃する。


「15–0」


「そのサーブ、やばいぞ!」


「もっと後ろに立つんだ!」


 三バカ組のうちの2人が叫ぶ。


「ああ」


 素直に後ろに下がる。


(お次は…と)


 スライスサーブをクロスに!ボールは、ギュンと三枝氏から逃げていく。


「30–0」


「むう!」


 すごい目で睨まれた。

 俺にエースを取られるのは、そんなに悔しいか。


(いや、正当なテニスの技法ですけど?)


 ボールを掴む感じで回転をかける才覚があっただけだ。

 タッチセンスというか。


 次は、フラットぎみのサーブをセンターへ、ドカン!遅いと侮られていたフラットサーブも、さらに遅い球2球のあとは、エースで決まる。


「40–0」


(気持ちいい!)


 特訓の成果は、悪くない。


♠️


 

「ゲームカウント、6–0。勝者、一色!」


 まぁ途中から目も慣れたしリズムも掴んだので全弾、カウンターショットをお見舞いしてやった。

 ストロークに威力がなければ、相手のボールの威力を利用すればいい。

 全弾カウンターショットぎみのフラットなんて単調なストロークについて来れないなんて…それでも小さい時からやってたの?


 なんか、途中から顔面蒼白になってたけど。


「「「うぉーっつつつ」」」


「一色君が三枝君に勝っちゃった?しかも、ストレート勝ち?」


「特訓してたらしいよ」


 あの練習を見てた人がいたの?


「体育の授業のために?」


「そういえば、体つきがしまってきてるね」


「勝ち方もすごいわね。ボールの跳ね上がりぎわに全部追いついて強打してたわ!」

 経験者か?


 鬼みたいな特訓の成果だよ。

 特訓の最終形を知ってるか?「前後左右にランダムにいろんな球種を打ち込むので、すべての球に追いつき強打しろ」だったんだぜ?


 あと、俺がランニングで10km走れるようになったこと。

 ランニング10kmのあとに100mダッシュが10本追加されたこと。

 腹筋・背筋・上体おこし・スクワットは、朝・晩150回ずつこなせるようになったことも報告しておこうか?



「桜花ちゃんも女子の方で華麗に圧倒してたよ」


「氷上の舞のように美しいテニスだったわ」


「【氷舞姫ひょうぶひめ】って感じ?」


 二つ名がついてやがる。


「お兄さんの方は?」


 わくわく。


「さぁ?【氷舞姫のお兄様】じゃない?」


 がくっ。相変わらず、俺は妹のおまけかよっ!

 まあ、目立つの嫌いだし、別にいいのだけど。

 世の中、〝出る杭は打たれる〟〝能ある鷹は爪を隠す〟が常なのだ。


「一色兄妹、やばいね。テニス部に入ったらいいのに!」


「さすがは、お兄様だね」

 誰だ?〝さすおに〟した奴。俺はお前らのお兄様ではない!



 外野のヤジに双方がダメージを受けながら…

三枝氏と握手する。


(目が血走ってるぞ?)


 ダンゴ(6–0)はプライドが許さないか?未経験者を相手に。


「テニスサークルに兄妹揃って来るなら、歓迎するよ?」


 妹がメインだろ?


「すまん。兄妹ですごす時間が減りそうなんで…断る」


「…その理由は、ドン引きなんだけど!」


 三枝氏は本当に引いている。想像することからして、下衆い奴。


「そういう意味じゃない。だけど、うちの妹をどうにかしたいなら、得意のテニスで俺に負けてちゃ話にならないよ。妹いわく、俺は桜花の騎士らしいのでね。妹にちょっかいをだすのは、何かしらの勝負で俺に正々堂々と勝って俺に認められてからにしてもらおうか。妹に気に入られるかどうかは、その次の段階。そこまでは、知らん」


 やれやれといった風情で言ってやる。

 


 それに…妹は守る対象であると同時に終生のライバルでもある。他の誰が主席でもいいが…妹にその席に座り続けられるのは、あまりいい気がしない。

 逃げてもここまで追ってくる桜花。退路は、既にない。


(ならば、次の戦略は…)


 中間試験は、無敵の妹様と死闘を繰り広げなければならない。桜花と一緒に筋トレや家事も続けながらだ。怪しげなテニスサークル(テニス部は別にある)に入ってる余裕などありはしない。この学校を統べる暇もない。


「このシスコンが!」


 ——やってしまった。


 こういうノリは、小学校で卒業したつもりだったのだが…。思春期に入ってから、目立たず静かに平凡に暮らすことこそ至高と考え、生きてきたのに。


「妹を守る騎士…」


「一周回ってありかも…」


「確かに…一周回ってありかも……ね」


 クラスの女子のヒソヒソ話。聞こえているぞ!


 

 (周回遅れじゃねぇか💢)




 この後、Aクラスの連中が次々と目の色を変えて挑んできたので、ボコボコに返り討ちにしてやった。もちろん、テニヌ…いや、テニスで。


 経験者をことごとく全員ゼロ封したので、ついたあだ名が“氷舞姫のラブ公”。テニス経験者達の畏怖の対象となり、騎士を超えて公爵位を賜った。――どうせなら、〜公より〜Duke(Lightning BaronとかLightning Countみたいなやつ→Ice dancing Duke?)とかの方がかっこいいと思うのだが。


 とにかく……俺は、実力で周りを黙らせた。つまり、生徒会長との賭けも俺の勝ちだ!


 その他諸々の問題も全部、実力で解決していこう。俺には、そのポテンシャルがある。桜花の兄なのだから。全ては、やる気の問題だった。これからも、妹にふりかかる火の粉は払うし、その妹にも勝つ! 全力で。



♠️

 放課後、妹と一緒に家に帰った。


「今日はお疲れ様でした。体操服を出してくださいませ。いろいろします」


「いろいろ…。洗濯して皺を伸ばして、干して…。綺麗に畳んで片付けるとかだろ?ありがたいけど、それくらい自分でやるよ」


 俺がそう言うと…


 桜花は目をしばたかせ、キョトンと首を傾げた。(この兄は、何を言っているのかしら?)とばかり。




「いえ、洗濯前に3日ほどわたくしの部屋でお預かりする工程が抜けておりますが…」


 ん?

 いつも、自分の物は自分で洗ってるし、桜花に預けたことなどないが…。


「3日ほど桜花の部屋に置く意味が…」


「お兄様が頑張った証をこのわたくしが称賛しないと。そのためにいろいろやるのです。だめですか?両親にもこのマンションでの家事は私に一任されているのです。これからは、洗濯も私の好きにするべきです!お兄様は手出し無用ですわ」


 鬼気迫る表情で玄関のドアの所まで追い詰めてトンっと壁に手をつく。いわゆる壁ドン。


 顔が近い。綺麗すぎる上にやけに妖艶さすらも感じさせる顔で触れんばかりに肉薄するな。


「う…。任せる」


 両親を持ち出すとは…。ここは俺たちの両親のマンション。持ち主の要望を無視することはできない。決して桜花の気迫…いや、鬼迫に負けたわけでは無い。



「はい。これをわたくしが身につけるのはもちろんのこと、抱きしめながら一緒に寝たり、匂いを嗅いだり、いろんなところに擦り付けてマーキングしてカピカピにしたり…好きにします❤️」


 妹は壁ドンの体勢から俺の耳元に口を近づけて囁くようにボソッと言ったが、俺の脳が認知することを拒んだ。聞こえていても意味がわからなかったのだ。

 こいつと話しているとたまにこうなる。それは、実家にいた時からそうだった。



「え、なんだって?」


 聴こえていても認知できない会話って、なんか不穏。


「何でもありません。さ、体操服を出してくださいませ」


 桜花は壁から手を離して【氷舞姫】と程遠い、朗らかな笑みを浮かべて両手を差し出してたので、俺は不承不承ながら体操服を渡したのだった。

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俺の手で厨二病に染め上げた超ハイスペック妹から逃げたら、「【婚約破棄】ですか?」とデレ始めたのだが?? ライデン @Raidenasasin

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