今へ
夏、王妃の妊娠が公表された。経過は順調で、王妃自身も大きな不調はなかった。
そして、夏の始まり。
予定通り、赤子は産まれ出た。男の子だった。
勇敢でいて穏やかな、アラクト国の王である父。
美しく、聡明な母。我が子に深い愛情を注ぐ彼らに挟まれ、王太子は、そのまま“両親”に愛されて育つと誰もが思っていた。国一恵まれた、幸せな王子として。
だから、誰も思わなかったのだ。
王子が三歳になった頃、母親の王妃が命を落とした。殺されたのだ。犯人は、隣国ジャユンの者だった。どうやら、何処かから城に関する情報が流れ出ていたらしい。
そうなれば、城も決して安全ではなくなる。
王は悩んだ末に、信を置く己の側近に相談した。その側近は言った。
『城が安全でないのなら、別の、避暑の別邸に、内密に移しておけば安全です。母がいなくとも乳母がありますし、友がいれば不安も軽くなりましょう』と。
王はその助言を受け、王太子カシルを城以北の別邸に移させた。そして、側近が信頼する孤児院の、礼儀正しく賢いという子供を連れて来させた。
言わずもなくこの側近はヨハラで、連れられて来た子供はユラだ。あの時ユラは、ヨハラに言ったのだ。
「うまれてしばらくは、母親といたほうがいいと思うんです。でも、あるていどそだったら母親はころす。うらからりんごくに情報をながせばかんたんです。あそこは今、すこしうごきが不安なので。そこで父上が王に言ってください。『べっそうにうつし、親しいこどもをよういさせるべきだ』と」
「………分かった」
ヨハラが納得したように頷くと、再びユラはパッと笑った。そして蜂蜜のような、透明で、どこか影のある、とろんとした瞳で言った。
「たのしみだなぁ。きっとあの子は、いい子にそだつよ。きっとぼくを、いちばんにえらんでくれる。…いちばんに、なってみせる」
その瞳に映る熱は、幼い子供らしからぬ怪しさを含んでいた。
この企みが成功したのかどうかは、ユラの現状を見れば、火を見るより明らかである。
そしてヨハラは、この時に言葉通りに親子の縁を切った。元々、誰にも家族構成を話していないので、仕事仲間も息子がいることを知らない。ユラ自身も図書室と自室、実験室などの学習部屋を行き来する程度だったので、屋敷に住む者以外には存在すら知られていない可能性が高い。
さらには滅多にみない名前で繋がりを探られないよう、ユラの名前を変えまでした。
ユラ・ミンハル
ミンハルは現在、もっとも多いと言われている
それが新しいユラの名前であり、また、新たな日々を象徴するものとなった。
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