二章 村暮らし
一話 新しい日々
鳥が鳴き始める頃、日は既に山の木々を照らし始めている。
登ったばかりの、白に近い日の光。
別邸の二階にも、その光は満ち始める。そんな朝早く。この時間、カシルは起き出しているのがこのところの“普通”となっていた。
シャツの
(また、ユラあたりに捕まって編まれそうだけどな)
そんな自分を想像して、苦笑しながら、カシルは部屋を降りて行った。
カシルが城に戻る前は、こうではなかった。
起きるのは、いつも日が完全に上りきってからだったし、起きてもだるそうにしていた。
ユラと共に本を開きはするし、勿論きちんと知識も増え賢くなりはするのだが、どこか芯がなかった。
剣術も、気分が向かないときなど、最悪サボってどこかへ逃げてしまう時もあった。
だが、二度目の別邸暮らしとなってから、それは大きく変わったのだ。
王になる。カシルがそう言うと、ジウナは言った。
『そんな軽々しく言って、慣れるものでもないですよ』
『だが、次の王は俺だろう?』
カシルの疑問に、ジウナは軽い笑みを返す。
その問いは、長く戦ってきたジウナからするとあまりに幼く、無知なものだった。
『それはただの筋書きに過ぎませんよ。他にも、遠い兄弟や、王弟の子供もいる。王とは、その位の高さ分、のしあがった者が成れるのです』
ジウナは言った。
王になるのならば、それだけ血の滲む努力をしろと。
王城の誰よりも学を深め、兵の誰よりも腕を磨き、平民よりも平民の望む王の姿を知れ、と。
こうして、カシルの今の日々があるのだ。
「相変わらず早く起きれているな!感心なことだ!」
朝から、訓練場を兼ねる広い庭で大声を出す男をみて、カシルは思わず苦笑を漏らしてしまう。
彼の名前はアムラという。
そしてその脇には、既に軽装に着替えたユラが、なんとも言えない顔をして立っていた。
ガタイのいい鍛えられた大きな体に、豪快な笑い方と頬の傷。さらにその大声からも分かるが、アムラは恐ろしく強い。そして、根が根性論なのである。
「おはようございます、アムラ師」
「うぬ、王太子サマに敬語を使われるなど、相変わらず居心地が悪いな!」
本当に思っているのか?と言うのがカシルの本音である。
アムラは、カシルの剣の師匠でもある。アムラはカシルのために別邸へ寄越された数少ない人物で、世話役のジウナやナウナと同じ程度には共に過ごしていた。
最も今——いや、カシルが七、八歳の頃——には、鍛錬の時以外見なくなったが。
どうやら、アムラは護衛の役も兼ねていたため別邸の使用人の使う小家に住んでいただけのようなのだ。が、それは今どうでもいい。
アムラはカシルに、自分を守り、相手を倒すための技を叩き込んだ。その教え方は彼の性格や思考をよく表していて、言ってしまえばかなり厳しいものだ。
カシルが戦場でも倒れないどころか、相手を圧倒できるのは間違いなくアムラの指導の賜物なのだが、カシルはなんとなくアムラが苦手だった。そして珍しく、ユラもそうであるらしい。
「よし、それではまずは基礎からだな」
「「はい」」
日が登り切る前から始まる朝練は、それから約二時間行われる。稽古方法は主にアムラが考え、また実行・指導しているが、その中には別邸の建つ山を走り込むようなものもある。
そして最後には必ず、アムラと一対一の木刀での試合をして終わらせる。
だがカシルも、カシルよりさらに強いユラも、アムラを倒せたことなどなかった。
まさしく、化け物のような、人離れした強さである。
「「ありがとうございました……」」
「うむ!また夕方と言いたいところだが、それも難しそうだからな」
自主練も怠らないように、と言い残し、アムラはさっさと立ち去ってしまう。
いつもと変わらず負けた二人は、歩きながら言った。
「あの人、もう九年は俺らに剣術教えてるよな?」
「全く老いを感じないね」
ぶつぶつと呟くカシルとユラが向かうのは、別邸脇の風呂だ。小さめな家など容易く入ってしまうような大きさの建物の中は脱衣室と、湯船のある湯場に別れている。別邸自体から渡廊下を通ることも可能だが外から行くこともできる、というなんとも使いやすい構造をしていた。
汗を流し、新しい衣を着る。
別邸の入ってすぐの部屋は、大きな食堂だ。今この邸に住むのはカシルのみなので寂しいものだが、大勢いるとそれはそれは賑やからしい。
食事を終えれば、座学の時間が待っている。別邸三階に置かれた机で、ジウナやユラと共に、ただひたすら頭を動かす。自分で考え、意見を聞き、歴史からこの先のことを紐解く。時には、国の問題についての模擬議論も行った。
王になるためには、目標とする国の姿も大切である。それをイメージしやすくするためにも、歴史や地理が必ず組み込まれているのだ。
あと三十分ほどで昼食になるだろうという時間になり、いつもより早く、ジウナは学習を切り上げた。
そして、なんでもないことのように言った。
「カシル様は、大変利発でいらっしゃる。多くのことを、その歳で知り、また考えられる。ですが一方で、あなたはまだ、この広い世界を僅かしか知らないように見えます」
分かるようでいて目的の分からない言葉に、カシルは首を傾げた。
「……?」
「時間を差し上げます。あなたが望む時間を。勿論、今の暮らしの先にあるものが欲しいのならばそうおっしゃってください。ですが、他に経験したいことがおありならば、私たちにできることならばそれを叶えて差し上げます」
「つまりは、自分で学びたいことを考えろと」
カシルが言うと、事前に聞いて知っていたらしいユラが答えた。
「そう。カシルはなにをしたい?」
ジウナは、今すぐ答えるのは難しかろうと思い、明日明後日までと言うつもりだった。だが、カシルは僅かに悩んだ素振りを見せただけで、あっさりと答えた。
「では、俺は…」
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