三話 村の祭り

 季節は巡り、雪は溶け、淡く色とりどりの花が咲き、散り……そして初夏となった。


「今日はお祭りだね」

「王太子の生誕祭!とはいえ、王太子なんか興味ねえけどな」

「ライハ兄……これ城下だったら捕まってそう……」

 一応はこの祭りの主役であるはずの王太子を、バッサリあっさり興味なしと言い切ったライハは、隣を歩く少年から若干引かれていた。しかし、ライハが言ったことは紛れもない事実なのだ。


 アラクトでは、王と王太子の誕生日を国祭日としている。国祭日とは、国が祭りの日と定めた祝日である。


 王の生誕祭は『父親を労わり家族で過ごす』というものだが、子供はあまり好きではない。

 今の王の誕生日は秋で、ちょうど遊びに事欠かない時期なのだ。


「いやー、いいよな。王太子の生誕祭。楽しいもんな」

一方、王太子の誕生日は初夏。気温も天候も、祭りにはよく合っていた。

 子供を祝う王太子の生誕祭で、はしゃぐ子供やそれを精一杯盛り上げる大人が、王太子の存在を考えることなど、まずない。


 大人は子供を、我が子よその子関係なしにもてなすのに大忙しだ。そして子供は、そのもてなしを精一杯楽しむのに。


「なあ?カシル」と同意を求めてくるライハに、カシルは苦笑を返すしかなかった。

 今、普段はのどかさしかない村には、華やいだ雰囲気が満ちている。

 玄関の上に布で屋根がつけられていたり、通りに面した窓を大きく開けて、窓辺の棚に食べ物を置いたり。そしてあちらこちらに、初夏の瑞々みずみずしい花々が飾られていた。


 女の子は、それぞれがガラス細工や木彫りの装飾品を身につけている。男の子は、小さな木の刀のおもちゃなどでチャンバラをしていたりもする。さらに、友達と一緒に、家々を回ってお菓子をもらう子もいる。


「うまっ。おばさん、これ美味しいです!」

「あら、ありがとう。楽しんでね」

 実際に四人も、香りに惹かれて寄った家でお菓子や屋台で売るような食べ物をもらったりしていた。

 今四人がもらったのは、飴の中に酸味のある果実を入れたお菓子。この季節特有の、甘酸っぱい果物飴は、初夏の祭りならでは人気菓子だ。


「カラの家は何やってるんだ?」

 カラと呼ばれた十程の少年は、先ほどもらった飴を口に咥えている。さらに、片手には綿菓子と焼き菓子、もう片手には炙り餅と焼き鳥を持っている。一体その細い体のどこにそんな量の食べ物が収まるのかと聞きたくなるほどだ。

 飴を器用に手に持ってから、カラは言った。

「んー……うちはたしか、乾酪チーズを乗っけたパンとか置いてる。あとミルクとか、ココアとか、そんなものも」

「さすが酪農家だよな。チーズ串、今年もあんの?」

「どうだろ。多めに用意してたと思うけど」

まだあるかは分かんない、と、少し気力なさげにカラは言う。

 牛を飼い生計を立てているカラの家では、毎年乳製品を使った食べ物が並ぶ。串に刺したチーズを、とろけるまで炙って食べるチーズ串などは、その中でも定番の大人気な食べ物だった。


 幸いに、四人がカラの家を訪ねた時にも、チーズは残っていた。

 串に刺して、表の薪で炙って食べると、煙の香りと柔らかなチーズの食感、そして炙り目の香ばしさが、なんともいえず美味しいのだ。



 楽しそうに、ただお祭りを楽しむ三人をみて、カシルは思ってしまった。


 本当に、王や王太子じぶんたちは必要なのだろうか、と。



「なあ、どう思う?ユラ」

 ささやかな明かりのもと、何か書き写していたユラが、カシルの言葉を聞いて振り返った。

「王族はいるのかどうか?うーん。僕にもなんとも言えないかな。でも……」

 一度言葉を切って、ユラは窓の外を見つめる。

 外からは、祭の最後の賑わいが聞こえていた。この村では祭りの最後に、大きく火を燃やすらしい。


 カシルも誘われはしたのだが、なんとなく断ってしまっていた。


 再びカシルへ視線を戻し、ユラは言う。

「でも、もし今、王がいなくなったら、アラクトは混乱に陥る。元々必要だったかなど分からないけれど、今の当たり前は“王がいる”という安定した土台があるからこそだと思うよ」

「……俺がいなくなれば、やはり国は混乱するんだろうな」

 どこか投げやりになったカシルは、ポツリと呟く。



 時折カシルは、なぜ自分が王になろうとしているのか分からなくなる。ひたすら、別邸で二ヶ月努力したことによって、全ての基礎力は確かに向上している。


 勉学は、ジウナの知識と並ぶ程成績を伸ばし、武術も、なんとかアムラの剣を受け返すことができるようになった。

 それらは、目に見えた成長だったが、カシルはどこかに違和感を持ち続けた。


 閉じた場所は、閉じた場所である。窓を開けても、扉を開けても、家の中は屋外にはならないように。


 窓の外からは、まだ、祭りの喧騒が聞こえている。


 きっと、この村にいくら住もうと、自分は、あの輪の中に入ることはできないと、カシルは思った。


 知識と義務を得てしまったカシルには、ここは広すぎて、狭すぎる。彼が生きるのは、生きていけるよう教えられた場所は、もっと、多くの人と、少ない味方に囲まれた場所だ。


 そう思うと、どこか虚しかった。


 慣れない行事に疲れたのかもしれない。そのままカシルは、壁にもたれて寝てしまった。



(少しは、楽になると思ったんだけどな……)

 ユラはふと、写しの手を止める。カシルが子供たちと共に行動する一方、十八を過ぎているユラは、自ら村長を手伝っていた。


 アラクトには、はるか昔、王が魔王を倒したという伝説がある。


 この村にも、魔王退治の伝説が残っていて、北部では、それを守ろうとする動きが強かった。

 この村でも行いたかったらしいのだが、古い文章を読み解く時間も、読み解ける人手も足りておらず、できていなかったらしい。


 ユラは昼間、基本家の中で書を読み写す、を繰り返していた。


 ユラの隣から、寝息が聞こえてくる。


 寝てしまったカシルを見て、ユラは思う。カシルにとって、シアナを失ったことは、誰が思っていたよりも、大きな穴となってしまった。

 カシルはその穴へ手を伸ばそうと懸命になっているが、時折、その穴の深さ暗さに気づくらしいのだ。そして穴の底に、助けたい姫がいるかも分からないことを自覚する。


「……王はいるのか、か……」

 ユラは気づいていた。


 カシルには、きっと分からないという事を。


 己にその地位があること。知識を持てること。それらは、とても大切で、当たり前でないことには。


 その代わりに、カシルは知っているのだ。


 己の肩に、何が乗っているのか。血筋とは、どんなものかを。


「折れてしまわないで……、僕を信じて」

 ユラのその言葉は、まるで祈りのようにも、懇願のようにも聞こえた。


 外からは、まだ、祭り囃子が聞こえている。





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