四話 テム家の双子

 季節は秋から冬へと変わった。

年越しも近づき、貴族の一部や王族のほとんどが東部の南端にある離城へと移動した。王直系の男子として、カシルにもやることは多くある。


その中で最も大きなものは、年越しに行われる舞披露だ。


 普段は各地に散っている王族の末や貴族も、一つの広大な城に滞在する。

行事の中でも一際大きな催し物となるのだが、集まるのが権力者ばかりのため、半ば腹の読み合いとなってしまってもいるのが現状だ。


そしてそれに付き物なのが、陰で行われる暗殺沙汰である。



 夜、とある部屋に、忍び込む影があった。その部屋を当てられた者は既に眠りについており、部屋の中にも外にも、何故だか見張りはいない。


彼にとっては好都合だ。


 懐から短剣を取り出し、振り翳す。その刃は、寝ている者の喉を切り裂いた……と見えたがしかし、それは誰かによって阻まれる。ふっ、と明かりがついた。

「なっ…!」


 眠っていたはずの人がむくりと起き上がる。まだ肩に華奢さの残る、少年だった。

「人の寝込みを襲うほど卑怯なことをして、何が目的なのだか」

「ルエナ様、ご無事ですか」

 大丈夫だと、カシルはザナに頷いて見せる。あまりにも平静な、まだ子供二人の会話に、襲撃者は混乱した。


 防がれた。成功しなかった。自分は罰せられる。


ユラは?などと話している二人を前にした彼が思いつき、行動に移したのは“逃げる”ということだった。


 走った。


 これでも脚には自信があった。


 どうやら、二人は追ってこないようだ。てっきりあのザナとか呼ばれていた護衛らしき少年が追ってくる者だと彼は思っていたので、彼はわずかにホッとした。


走った。


直前で、あそこまで正確に小刀を受け止めるほどの手練れなのだ。攻撃されたが最後だ。自分など、いとも容易くやられてしまうだろう。


死ぬ気で、ひたすら走った。


 扉まであと、三歩。


 二歩。


 一歩…


(こんなこともうごめんだ!嫌だ嫌だいやだ!地位なんていらないから逃げたい!)

 扉はわずかだが開いていた。どうやら男は、入る時に開けっぱなしにしていたらしい。暗い廊下に、まろぶようにして飛び出した…はずだった。


 ドスッ


「グワァッ…」

しかし、男は呻き声をあげて廊下へと倒れ込んだ。


「大丈夫そうだね、カシル」

「…こいつ、カエルみたいな声出しましたね」

「セノ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 声色の違う平坦な声が、部屋から聞こえる。

 部屋の中にいたカシルとザナも、廊下へと出てたのだ。

暗闇から男に足技を喰らわせたのはセノだ。呻きながら倒れた男の手足を、ザナが手際よく縛り上げる。

「ユラ、こいつどうしようか」

 カシルは、セノと共にいる少年に尋ねた。

「どうせ、王妃の第二子を馬鹿みたいに望んでる奴らの差し金なんだろ?」

「調べた限りではね。王弟派は、どうやらもっと狡猾で慎重らしいから違うと思うし。権限も何もないから、早めに王に届けるしかないかな」


 ユラはテム達に命じて、男を連れて行かせた。朝までこんな目立つ廊下に置いておいては、笑いの種にすらならずに騒ぎが起こりそうだったからだ。

「にしてもユラはすごいな。俺もこんなに正確な予想はできなかった」


 新年の儀に、今までカシルは参加していなかった。そしてこの手の会に特有の、足の引っ張り合いに巻き込まれるのではないかと、ユラとカシルは考えていたのだった。

 そしてその身軽さを活かし、ユラと、彼のもとで動くセノが調べ上げた。


 ヨハラもサラリと言っていたが、王弟派とは別に、側室の妃が男児を産むことを望む者もいるのだ。そして彼らにとっては、まず間違いなく、カシルが邪魔になる。


『でも、思っていたよりも甘い集団みたいだ。王弟派はそうはいかないけれど。側室である妃を支持しているのは実家方の者らしくて、普段は接触できないから焦っているのかもね』


 ユラは、急いた側室派が新年の儀で動くのではないかと思っていた。おそらくは、終わり間近の三が日あたりで。


 そしてそれは、見事に的中したのだ。


去っていくテム達を見送りながら、二人は部屋へと戻る。

お互い流石に、すぐに横になる気分でもない。


ぽつりと、間を埋めるかのようにカシルが口を開いた。それは、あの暗殺者を見た時から持っていた謎だった。


「簡単に逃げ出すようなやつを、なぜわざわざ暗殺役に選んだんだか」

 本気で疑問に思っているカシルを見て、ユラは答えながら思った。

「自分の望みを叶えたいけど、自分の身はやっぱり可愛いってところかな?」


 これほど純粋でいて、決断力の高い王太子が、果たしてこの年でいただろうかと。


「なんだそれは、意味がわからないな」

「カシルはそうかもね。でも、自分の手を汚したくない大人は多いよ」

 ユラは今まで、高い位を持つ大人ほど、外聞を気にする輩を知らない。心底下らないという感情が滲み出たような苦いーそれでいて呆れたような顔のカシルを見て、ユラは少しばかりの満足感に浸るのだった。



「…ユラ様、あの男、ヨハラ様に突き出してきました」

 あの後、小部屋に下がったユラの元に、セノが報告してきた。自分と同じようにヨハラに連れて来られたユラに対しても、テム達は敬意を払っている。


引き合わされて早くも二ヶ月ほど。


 いつのまにかザナはカシルの、セノはユラのもので動くようになった。

 当たり前だが、テム達はカシルの私者しぶつ

そんな彼らが躊躇いもなく、当たり前のようにユラの命も受け入れるのは、ユラがカシルを裏切らないと信じているからだ。


 また、感情の薄い一方で幼げなセノは、ユラとの相性の方が良かった、というのもある。


「ヨハラ様なら、間違いなく王にお伝えくださるだろうな」

「…ええ。時間があったら早い内に王へ報告するとおっしゃっていました。リウネ様のお耳に入れてもいいかもしれない、とも」

 今回の件は、おそらく妃の実家が企てたものだ。リウネ自身は、カシルを気に入っていたようなので、こんなことをするとは考えにくい。彼女の穏やかで無邪気な性格を思っても、だ。そしてそれゆえ、今回のことを知ったら、何かしら対策を打つかもしれない。

「取り敢えずは、良かった、と言っておこうか」


 こうして、年は明けた。


 そしてさらに、三年の時が経つ…

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