三話 提案

 城には、表門と裏門が存在する。表の門が、街と城を繋ぐ街道に面しているのに対し、裏の門は森に面していた。

 森は深く、抜ければ北の端——国境にまで行くことができる。

 しかし、この森はあまりに鬱蒼としていて、また、恐ろしい言い伝えがあるため、基本人は出入りしない。


 裏門は常に閉まり、代わりに人がいなかった。


 その門の前に、ヨハラは立っていた。後ろには、十二、三歳ほどのの少年が付き従っている。陰に隠れて見えなかったが、近くに来てみれば驚くほど似た二人だった。

 目立つ顔立ちではなく、髪も瞳も、よくある焦げ茶だ。傷んでいるのか日に焼けてしまっているのか、毛先だけは色素が薄い。あまり見ないが、髪の手入れができない貧困層には珍しくない。本当に、ただの民人だ。


 だがしかし、その平凡さの中で、その目だけは、ひどく印象に残った。


 もしかしたら、全体で見れば二人もそこまで似てはいないのかもしれない。


 ただ、その目は。


 その目だけは、同じだった。


 鋭く、冷たく、何にも興味のなさそうな目。攻撃的なものではなく、むしろ静かなのだが、それは危険をはらんだ静けさだ。

 例えるならば、冷たく輝く刃。


「どうしたんだ?この者たちは」

 城の、それもこんな奥に入ることは、平民には許されていない。

 たとえ侍従長の娘や、城に通う者の血縁であってもだ。城に仕える者すら、こんな奥には滅多に立ち入らない。少年二人は髪が短い。


 うなじが見えるほど短い髪は、平民の中でも貧しい者がする髪型だ。いわゆる、貧困。また適切な親のいない子や、売られる人も髪が短いことが多い。


「私が拾ったのです。捨てられ子ですよ。もちろん主人おうの許可もいただきました」

 ヨハラが二人の差を軽く叩き前に出すと、二人は膝を突き名乗り始めた。

「私は、テム・ザナと申します」

 平坦な、既に声変わりを終えた低い声だった。

「…テム・セノ。以後、お見知り置きを」

 一方で、こちらはまだあどけなさの残る声である。

 ザナが淡々とした、しかし滑らかな話し方だったのに対し、セノの話し方はどこか淡白で辿々しい。

 性格の面でも、思ったより二人は似ていないのかもしれない。


 ヨハラは続ける。


「二人は、テム、という家の双子です。平民らしいのですが、双子を育てる余裕なんかなかったのか、不吉だと思ったのか、五歳で捨てられたそうです。私は、偶然会って拾い連れ帰ったのです」

 捨て子が三年も生きるなんて驚きでした、とヨハラは言う。テム達は未だに頭を下げている。その態度は、どこか従者のようだった。

「それで?まさか拾ったことの報告に呼び出したんじゃないだろ。本題にさっさと入れ」

 ヨハラはふと微笑み、二人を再び立たせる。

 その笑みを見て、カシルは、自分が敵わないことを確信した。どこかユラと似たその笑みは、強さの表れである。


 やはり彼は、カシルのことをただの十の少年だと思っているのだ。

 実際そうであり、ヨハラにとっては注目する必要もないのだが。


「この二人には、この二年間で様々な技を仕込みました」

「………」

「元より、その才能に気付いたからこそ拾ったのですが。ルエナ様。あなたにはこの城に味方が少なすぎます。王弟派や、妃の次の子に期待する輩は、あなたを敵対する」

 カシルとユラには、一瞬何を言われたのかわからなかったが、だんだん飲み込めてきた。

「もちろんそこにいる側近候補も腕は立つでしょう。けれど、一人と一人では少なすぎるのです」「つまり、彼らを従者にしろと?」

 カシルは、間を空けずにヨハラに言った。


 だんだんと、カシルは苛立ってきていた。元来、まだるっこしいことも、余計が増えるのも嫌いな質なのである。


「従者とは言いません。あなたは、下手に人を内に入れたくないように見えますので」

 そんなカシルの苛立ちを、知ってか知らずか、ヨハラは言った。この察しの良さが、ヨハラをここまでのし上げたのだ。


「ある程度の身分のものが、公認で己の手足となる者を持っているのはご存知ですか」

「知ってはいる」

「私兵、私衛などと呼ばれていますが。私が言いたいのはそこです。彼らならば、上手く務めるでしょう」



 最後までカシルは苦い顔をしていたのだが、結局テム家の双子は、カシルの私衛となった。

(ユラといい彼らといい…ヨハラの元からきた奴ばかりが身の回りにいるのが、気に食わないな)

 しかし何を思おうと、カシルはまだ十であり、王の側近として長く波を乗り越え続けてきたヨハラに敵うはずがない。それに何より、ヨハラの元から来たユラとここまで親密になっていては、反論することすらできない。


 それはまさしく、年の功というやつである。

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