間話 昔語り

 この国、世界が生まれたのは、いつだったのか。それは誰も知らない。ただこの世界に伝わる創世神話は、細部は異なっていても、多くの国でとても似通った話が伝わっている。


 では国はいつ生まれたのか。それも、やはり誰も知らない。何故人が決めたはずの線引きに沿うようにして、神に与えられたと言う恩恵が一国一種あるのかもわからない。


 世界も国も、いつからかこの姿だった。


 アラクトに伝わる伝説で有名なのは、やはり魔王討伐伝説だろう。いつだったのかは定かでないほど昔。話によって、千年前とも二千年前とも言われているが、どちらにせよ遥か時の彼方なことに変わりはない。

 昔語りは、覚えているものは皆死に、何世代も変わるほど前から始まる。


 その頃のアラクトには“魔族”と呼ばれるもの達がいた。何を持って魔族とするのかは、時によって変わる。最初は、人ならざる、人知を超えた何かを指した。長きを生きた樹、広大な海、そして天災。

 時を経るにつれ、それは次第に、人並外れた人へと向くようになる。他人よりも強い者、素早い回復力を持つ者、医学に長けた者。

 彼らは虐げられていたわけではなく、人を超えた高みの存在として扱われていた。その頃の王城には、魔団と呼ばれる魔族集団が花となっていたとも言われている。

 だが、やがてさらに人を超えたものが現れ始めたのだ。それは、人ではなかった。土中に住む小さな姿の小人ノーム、湖の中を泳ぐ美しい人魚、天を駆ける一対の獣。人よりも長い命を持ち、知識や強さを持つ彼らも、魔族として、人々に受け入れられていった。王城でも彼らは活躍し、膨大な知識を持つ古老や、不思議な術を使う孤人などはその筆頭だ。他の小人なども、それぞれの得意分野で活躍していく。

 彼らのおかげでアラクトは、周囲の国よりも発達できたと言っていいだろう。その頃には、頭ひとつ抜けた人のことは魔人と呼ぶようになっていた。魔人の力も、次第に強くなっていた。魔族や魔人が使う不思議な力を、人は魔法と呼んだ。


 魔族は、アラクトでしか生きられなかった。魔人に出来て魔族にできないことは、国外への移動なのだ。ある魔族の古老曰く、外の国は毒、なのだそうだ。獣のように、本能でわかるのだと。自分が生きるべきはアラクトの土の上であり、そこから出れば長くは生きられないことが。


 アラクトの民と魔族は、長く平和に共存していた。それが変わってしまったのが、魔王の誕生なのだ。


 魔族は、アラクトの民ではなかった。では魔族が一つの集団かと言われれば、それも違う。彼らは身内や同族だけで集団となり、全体をまとめる指導者を持たなかった。これは、アラクトの指導者からすれば幸いだったと言える。人より強い彼らが、協力してアラクトを乗っとろうもすれば、間違いなく負けるのはアラクト側だからだ。


 しかし、統治者が現れたことにより、平穏な均衡は崩れ去る。

 ある時、魔法を使う男が現れた。美しい瞳を持った彼に、魔族は忠誠を誓った。例外はなかった。

 まるで狼がその長を仰ぐかのように、絶対的な服従を示したのだ。さらには、本来人であるはずの魔人までもが。その頃の魔人は、明らかに人の範囲を超えていた。火を操り水を操り、言葉で人を操る。まさしくそれは、人知を超えた力だった。人から浮き始めていた彼らは、唐突に、魔王の忠臣となった。男は瞬く間に、一つの強大な集団を統治する王となったのだ。


 だが最初、魔王はその魔族という集団をアラクトのためにのみ使った。周囲の国は、魔族を恐れて手を出してこなかった。人は魔族に感謝した。

 それなのに、魔王は唐突に反旗を翻したのだ。民を恐怖で抑え込み、他国にその圧倒的な力を持って侵略していった。

 魔族は、魔族ではなくなった。人を脅かす彼らを、アラクトでは『ガムジュアラ』と呼ぶようになった。アラクトの古い言葉で『ガムジ』は反乱や恐れ、『ジュアラ』は民を表す。

 つまり、ガムジュアラとは『反乱する恐ろしき民』という意味になる。



 人ならざる彼らはどうなったのか。


 彼らは、アラクトの王によって討たれることとなる。周囲の国の助力を得て、アラクトの北で討ち取られたのだと。アラクトの王はその時既に若くなく、魔王を倒すと同時に弱ったため、王子に王位を譲った。

 王子は今一度新しく始めるとして、言葉を改めた。もとより、周囲の国では当たり前のように使われていた言葉だったが、アラクトでは古語を使い続けていたのだ。これもまた、ガムジュアラのせいだと言える。彼らのせいで、あるいはお陰で、アラクトは他国との繋がりを持っていなかったのだから。


 僅かなものの名前として残るのみで、古語は今、アラクトから消え去っている。

 そしてアラクトに多くいた魔族も、戦により死に絶えたため、今は姿を見ることはない。

 自然に生まれていた魔人も、もう生まれることはなかった。


 そして魔族、魔人、魔王が皆等しく持っていた美しい瞳の色は、それより見られることはなかった。


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