一章 帰城

一話 城へ

 海に浮かぶ数多の大陸の一つ。その中で、五本の指に入るほどの広さを持つ国、アラクト。

おおよその気候や、利便性を考え、国土は東西南北の地域に分けられている。

そしてそのうち、王城がある地域は東部にあたる。


 今、その城に向かい、北部から馬を駆る二つの人影があった。


 迷惑がられぬよう、わざわざ国中央にある草原地帯寄りに道を変更してまで思い切り馬を飛ばす二人は、しかし、急いでいるのではない。


「後どのくらいだろうな!」


 むしろ二人は、この旅を楽しんですらいた。その証拠に、青影の馬に跨る少年の声は、明るく弾んでいる。


「そろそろ草原も抜けるからね。四日…いや、このままなら三日でも着きそうだ」


 茶の体に白のたてがみを持つ馬に乗る、やや歳上の少年にも、同じく不満の影は見えず、むしろ穏やかに微笑んでいた。


「長いんだか短いんだか分かんないな。とはいえ日も暮れるし、そろそろ休むか?」

「そうしよう」


 二人は、馬から降り、川のある森寄りに火を起こした。幸いにも今は秋。外で過ごすことに大きな問題はない。

「俺、ちょっと行ってくるわ」

 そう言うだけ言うと、黒髪の少年もといカシルは、桔梗色の瞳の少年、ユラの返事も聞かずに、どこかへ行ってしまった。


しかしユラは特に何を言うでもなく、心配すらせずに作業を進める。


森に少し入るだけで、生い茂る大木の中から木の実を見つけることができた。荷の中には、保存のきくやや硬いパンと、確かチーズも残っていたはず。弓を持って出かけたカシルが何も持って帰らないとは思えなかったが、万が一があっても空腹になることはなさそうだ。

そう判断して、ユラは焚き木へと引き返した。


 ユラの予想通り、カシルはその手に穴兎を二羽と肥えた鳥を一羽、掲げてみせた。

二人は皮を剥ぎ、日が暮れる頃には、肉を焼いていた。この時期の動物たちは、餌を多く食べるため丸々と太り、味がとても良い。


 二人は夢中になって、あっという間に焼いた肉と炙ったパンを平らげた。

 ある程度腹が満たされると、二人は一つ二つの木の実をつまんだ。たまたま酸っぱいものに当たったらしく、カシルが顔を顰める。それを見てユラは笑う。和やかな夜だった。


「カシルは、城を覚えている?」

「いや、ほとんど記憶にないな。まあ、三歳の頃だからな。何年前だ?」

 自分で考えなよ、と苦笑いしながらユラは答える。

「七年だね」

「もうそんなだからな。母親のことも、なんとなく覚えている…気がする程度だよ」

 二人は楽しそうではあるが、決して目的のない遊び旅ではない。彼らは、この国の中枢であり頂点たる、王城へと戻るのだ。


 だが、本来ならば二人——少なくともカシルは、馬車に乗って帰るべきなのである。この国の王太子である第一王子が、こんなところで従者と二人きりで野宿など、普通ありえないし許されない。


「でも、助かったよな!城だとああも自由には行かないんだろ?さすがジウナだよなー」

「半分脅してた気もするけどね」

 とはいえ、こう言うことは突っ込まないが一番である。


「妹、か…」

 ふいに、ポツリとカシルが呟く。それは、もう少ししたら吹き始めるであろう秋の風にも似たものだった。カシルにも、今までの二人にも似合わない。

 カシル自身もそう感じたのだろう。


「さあ!寝るか!」などと言って、明るく、どこか無理矢理に寝床についた。


 朝日が登るのと同時に目を覚ました二人は、パンに木の実を乗せただけの朝食を済ませさっさと馬に跨った。

一日で草原を抜け、王城の見える街に入ったのは、予想通り三日後のこと。

城下町にはジウナ達、正規の道から城へ向かった一団が到着していた。


「さあ、行きましょうか。ルエナ様」

 そう言ったのはユラである。僅かに不服な顔をカシルはしたが、その不満はユラの笑みに呑まれてしまった。この顔に、カシルは勝てた試しがない。


いや、そうでなくともユラに勝つのは至難の業なのだが。


 このひと月前。カシルの暮らす北の山中のやしきに使者がやって来た。



 渡された手紙曰く。


 王の側室である妃に姫が生まれた。これより、王太子であるルエナ・カシル・ハシェンは、王城へ帰還せよ——と。


「王太子ルエナ、ただいま帰城いたしました」

 低く結んだ黒髪が、その背で揺れる。

「行こうか、ユラ」

「ええ」

 やがて、二つの人影は、門の奥に消えた。


 王太子が十歳の年。彼は、父王の待つ城へと戻った。

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