箱庭の王太子

こたこゆ

プロローグ

二人の青年

 とある王国の、とある部屋。議会の間と呼ばれるそこには、国をまとめる長達が集っていた。

 夜が明けて三時間ほど。

 彼らは皆、朝議に出席するために集まった国の重鎮。それらの席の最も上座。腰をかけているのは、一人の青年だった。


 下ろせば肩につくほどの髪はつややかな漆黒で、頭上には薄水色の水晶で作られた輪状の薔薇の冠をつけている。楽しげに細められた瞳は、珍しい美しく澄んだ赤紫色。


 彼の名前は、ルエナ・カシル・ハシェン。三名みつなは、その者の位が高いことを示す。


 平民に、三名は与えられないのだ。


 そしてルエナの名を持つのは、王家のみ。


 ハシェンの三名を持てるのは、王位継承権を持つ者か、王位を持つ者だけ。


 アラクト王国、第一王位継承者。民は彼をこう呼ぶ。

 ー冷徹と愉悦の王太子。繁栄の次期国王、と。なぜこれほど真逆の呼び名で呼ばれているのか。理由は簡単である。


 彼は賢い。まだ成人前にも関わらず、歳上の長を纏められるほどに。しかし一方で、罰を与えるべきものには厳しく接する。それだけならば当たり前なのだが、その姿が平然としているどころかどこか楽しげだと言われているのだ。

 だが、彼が民から期待をかけられた王太子であることを支えるかのように、民は彼が善人で良き王になると疑わない。


 彼の隣には、幼いからから付き従う者がいる。


 この二人が今、思うように体の動かない王に変わり、臨時の代表として国を治めていた。




 扉が開き、一人の青年は部屋へ入る。

 ほっそりとした、しかし華奢ではない長身に、すっきりと長い濃紺の髪。部屋にいたもう一人の青年に比べると、纏ったローブはやや質が低く見えるのもだったが、それは彼の気品や美しさを損なってなどいない。桔梗色の瞳を伏せながら、彼は敬意を表す礼をする。

「こんにちは。良き日ですね、ルエナ様」

「やめろよ、そういうのは」

 その言葉は命令形だったが、決して本気ではない。不機嫌に子供じみた文句を返したルエナは、左手でくるりと持っていたペンを回す。その言動も、瞳に浮かんだふざけたような色も、己の家臣であるはずの青年への態度も。そのどれをとっても、ルエナは王太子には見えなかった。

「ごめんごめん、カシル」


 ましてや、王太子より位の低いものが名を呼ぶなどあり得ない。だが、二人の間にあるのはやはり、くつろいだような和やかな雰囲気だ。青年は薄らと弧を描く穏やかな瞳を和ませ、カシルはあけすけな笑みを浮かべた。

「なあユラ。俺、頑張ったと思わないか?今朝の朝議」

「ああ、うん。全く、タウク殿はいつもいい顔をしないからね。でも、次はアレがあるからね?」

 少しばかり笑みを薄くして青年は言った。

 知るものは少ない。この青年ーいつも後ろに付き従う彼こそが、本当に冷たい目をすることを。

「任せろよ。俺は朝議よりは得意だと思うんだ。それに、ユラがいるからな」


 ユラと呼ばれた美しい青年と、王太子カシルの出会いの始まりは、まだカシルの生まれる前。


十七年前まで遡る。

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