第16話 どうしよう……!
野々花との勝負以降、やはり相変わらず二2人は教室や部活では話さない。
しかし、野々花のツイッターを覗いてみると、最近はやたら小説の新作を書こうとしているツイートが目立つ。
「最近色々あって、もっと面白い小説を書くことにしようと思います」
野々花はあの勝負以来、もっと面白い話を書かねばと対抗心に燃えているのかもしれない。
「今度はこんな話にしようと思います」
野々花は最近、やたら新作小説を書こう、といったツイートをするようになった。音乃との勝負以来、もしかしたら音乃に負けた悔しさで音乃に対抗するために、もっといい小説を作らねばならないと焦っているのだろうか。そういった感情も読み取れないこともなかった。
そんな日々が続き、学校での授業中、ふと野々花の席が目に入った。
野々花は教室の真ん中の席で、音乃はそこから横に一列離れている後ろの席だ。
この角度だと授業中の野々花の姿が見えないこともない。
(野々花、何やってるんだろう、授業中に)
最近の野々花はやたら授業中に何かを書くことをしているように見えた。
野々花が何やら一生懸命にやっている。授業に集中しているのだろうか。
野々花はお嬢様の品性を保つためか、普段は勉強熱心で成績もクラスで上位だ。成績も優秀で、普段の授業でも当てられれば完璧だ。
ミニテストでは常に高得点を出し、教師の評判もよく「みんな日村を見習え」とクラスに言うほどに、野々花は真面目だ。クラスメイトからも優等生といわれている。
きっと今日も熱心に授業を聞いているのだろう、と思った。
と、その時だ。
「日村! 何を書いている?」
教師の声が教室に響いた。
音乃は驚いた。これまで野々花が授業中に教師に注意されたことはない。それだけ野々花の授業態度はこれまで真面目だったのだ。
「え、いや、これは……その」
野々花が急に焦り出し、何やら言い訳をしようとする。
授業の進行が止まり、男性教師が野々花の机に来た。
「なんだこれは?」
教師が野々花のノートを取り上げた。
そして、なんと野々花が今書いていたであろう内容を見てこう言った。
「次に書きたい話? アミエルとロシウスが練習試合?」
アミエルとロシウス、という単語。授業中に似つかわしくない単語が出てくる。
それは恐らくその単語からしてラミレスの丘のキャラクター名だろう。
野々花は自分が書いていた内容を声に出され、赤面する。
「い、いや、その……ちょっと」
優等生な野々花が授業中にアニメのキャラクターのことを書く、こんなことをしてしまうなど、普段ならありえない。
そして、あろうことか、教師は続けてこう言った。
「練習試合に負けたアミエルがロシウスに嫉妬して、復讐をしようと嫌がることをする? アミエルが嫌がっているロシウスを押し倒して傷跡を残そうとする?」
なんと教師はクラス全員の前で野々花が書いていたメモを声に出して読み上げたのだ。
「アミエルとロシウス? なんの単語かはわからんが、授業中にこんなおかしなことを書いていたのか? しかもなんだこの内容は! ふざけているのか!?」
教師は厳しい口調で怒鳴った。
アニメのキャラクターを知らない教師は、なんのことか意味はわかっていないが、それでも野々花にとってはまずいことを口に出してしまったのだ。それも授業中、クラス全員の前で。
野々花は途端に恥ずかしいを通り越して絶望した表情になった。これではまるで公開処刑である。その意味がわからないクラスメイト達が一気にざわついた。
「こんなわけのわからないことを授業中に書いているとはお前は授業をバカにしているのか? それに、こんなもの高校生が書いていい内容ではないだろう? そのくらいわかっているんじゃないのか?」
野々花の書いていたメモの意味がさっぱりわからない教師は、それをただの破廉恥かつよろしくない文章と受け取ったのだろう。
「あとで職員室に来なさい。話はそこで聞こう」
教師はそこで話を辞めた。
しかし、その発言を聞いていたクラスメイト達がざわつき始めた。
「アミエルとロシウスって……」
「確か、ラミレスの丘のキャラだよね?」
ラミレスの丘は人気アニメなだけに、クラスにもアニメを見ている者は多い。そうなれば、教師には意味のわからない単語でも、ラミレスの丘を知っている者には意味がわかるのだ。
「アミエルがロシウスにってそんな描写、本編にあったっけ?」
「押し倒すとかおかしくない? 日村さん何書いてたんだろう?」
その意味がわからないクラスメイト達がひそひそ話をする。
「ほら、お前たち、雑談は休み時間にしろ。今は授業に集中するんだ」
教師は自分がまずいことをやったとはつゆにも思わず、そう注意していつも通り授業に戻った。生徒達もそれで一旦落ち着いた。
音乃にはあの意味がわかった。あれは次に野々花が小説に書こうとしているネタだと。
野々花は次の小説に書こうとするアイディアのメモを書いていたのだ。授業中でも思いついたネタを書いて、小説に書こうとする。それを授業中にやっていたわけだ。
野々花が夢中になってしまうほどに小説を書くことに熱意が入ってしまった。
音乃というライバルがいるために。音乃に勝つために、小説を書くことになった。
なんとしてもより反応のいい小説を書かねば。その勢いのあまり、授業中にまでやってしまったのではないだろうか、と。
授業が終わり、休み時間になると野々花へ彼女の友人達からの質問攻めが始まる。
もちろん、先ほどの謎の文章についてだ。
「さっきの、何? あれ、どういう意味だったの? なんかおかしくない?」
「さっき先生が言ってたやつ……ラミレスの丘のキャラだよね? なんで授業中にそんなもの書いてたの?」
「しかも押し倒すとか、傷つけるとか、あれ一体何? ちょっと怖いんだけど」
野々花が書いていたものは、年齢制限はつかない範囲ではあるが、健全な内容ではなかった。
まるで強姦のような、凌辱ととられてもおかしくない話だ。
「野々花がそんなこと書くわけないって思ったけど、でもあれ、明らかに野々花のノートだったし」
質問攻めにされ、野々花は押し黙ったままだった。汗を垂らし、表情が硬直してしまっている。野々花は顔が真っ青になっていた。焦ったあまり、何も言えないのだろう。
そこで、近くにいた別の女子生徒達までがあのことに関してひそひそ話を始めた。
「やだよ、あのアニメでそんな妄想してるなんて」
「アミエルがロシウスを痛めつけるみたいな妄想してるんだと。ありえないよね、あの二人をそんな風に思ってるなんて」
「キャラを汚してるじゃん。変態じゃん」
そして、さらに男子生徒までがひそひそ話を始めた。
「意外だよな、日村がそういう趣味あったって」
「きっと、あいつにはラミ丘のキャラってそんな風に見えてたんだろうな」
「キモイわ。お嬢様なあいつがそんな面あったなんて」
「授業中にまでそんなことやってたとか、あいつ変じゃねえ?」
野々花のやっていたことを理解できないクラスメイト達は先ほどの意味のわからない発言にあれこれ言い出した。
二次創作は苦手な者も多い。そもそも二次創作を理解できない者も多い。
原作が好きなものからしたら、二次創作など原作者が書いたわけではない、公式ではないものを嫌悪する者もいる。
野々花のあれは、特に腐向けという一般人には理解できないものだ。
ただでさえ二次創作というものもそれも、腐向けで、人によっては完全にキャラを汚しているものとしても見られてしまうのだ。
そんな野々花が夢中になってしまうほどに小説を書くことに対抗してしまった。
音乃というライバルがいるために。音乃に勝つために、小説を書くことになった。
(野々花……)
音乃はその様子を見て、悲しくなった。
自分も同じ趣向を持っている、そのことで同じ部活の仲間がそのことで攻められている。
野々花が黙っている様子を見て、ばれたくないことがばれてしまったという、音乃もこの気持ちはわかる。
初めて腐女子に目覚めたあの時、音乃も自分の友人である綾香にこのことを知られたくないと必死だった。
あの時、綾香は自身も腐女子だと、すんなりと受け入れてくれた。
しかし野々花は違うのだ。普段からプライドの高いお嬢様として周囲に知られている野々花は、あくまでもそのイメージを崩したくなかったあまりに腐女子だということも、そういった腐向け小説を書くことも、クラスの友人達にはそれを隠していた。
恐らくそういった趣味があることも、部活の先輩以外には話したこともなかっただろう。
野々花はツイッターやピクシブのアカウントを持っていることすら音乃以外のリアルの知り合いにも教えていないようで、趣味は完全にリアルとは切り分けているタイプだ。
音乃と違って、野々花は完全にそういったことは周囲に隠していた。
沈黙を貫いていた野々花に、とうとう野々花の友人達は言った。
「もういいよ。野々花が授業中にあんなことやってたのとか、先生にああ言われたたのも、周りに何言われても。私達ももうかばえないから。しばらくほっとくよ」
野々花の友人達は野々花にそういうと、離れて行った。しばらくは話すこともできないだろう。友人にそんな態度をとられ、野々花は今にも泣き出しそうな表情だった。
野々花について何か言いたい、そう音乃が野々花に近づこうとしたところだ。
「やめなよ音乃、あんたまで日村さんと同じだと思われちゃうよ。こういうのは黙っておくべきだよ」
一連の様子を見ていた綾香が音乃にだけに聞こえる小声で制止した。綾香もまた、あれがなんのことかわかっていたのだ。二次創作のネタ出しを、それも腐向けなことを書いていたのだと。
「日村さんも腐女子だったのは意外だったけど、もしもここで出て行ったら下手すると私達もそういうところがあるってことも、ばれちゃうかもしれないんだよ? 日村さんには悪いけど、こういう時は黙ってるしかないよ」
「でも……」
綾香の言うことももっともだ。ここで野々花をかばう発言をすれば、偏見を持たれたことを説明することで、音乃にもそういった趣味があると思われる。
残念ながら、音乃には何もできることはないのだった。
その時から野々花は友人達と一緒にいたくないのか、昼休みなどは1人でどこかへ行くようになった。あのことの言い訳もできないのだろう。
その日一日、野々花はすっかり落ち込んでいた。誰とも話そうとすらせずに。
授業が終わり、放課後になった。
音乃は今日、部室には行かなかった。それよりもやりたいことがあったからだ。
「野々花、待って!」
生徒玄関に向かい、下校しようとしている野々花に声をかける。
やはり野々花はいつもつるんでいる友人達とおらず、1人で帰ろうとしていた。
「今日の、こと、だけど……」
『気にしない方がいいよ』とでも言えばいいのか、迷って言葉に出なかった。
気にしなくていい、ではすまないことだったからだ。
音乃もまた、今日の野々花と同じように、黙り込んでしまった。
そこで、先に口を開いたのは野々花だった。
「何よ、笑いたければ笑えばいいじゃない」
「でも、半分は私のせいでもあるし……」
音乃はあの勝負のことで罪悪感もあった。あれで野々花が小説を書くことに熱意が入り、そのあまりあの状態になってしまったのではと。
「別にあなたのせいではないわ。私が勝手にやっていただけだもの」
このままでいいのか、野々花が周囲に批判されたままで。
「もうほっといて。所詮、腐女子なんてこんなものよ。誰にでも受け入れられる趣味ではないことくらいわかっていたもの。あなたも気を付けなさい」
そう言うと、野々花は音乃に背を向けて、靴を履き替えて生徒玄関から出て行った。
その背中には哀愁が漂っていた。
何を言えばいいのかもわからない。
家に帰って野々花のツイッターを覗いてみれば、何もツイートされなかった。
いつもなら必ず何かをツイートするはずの野々花がツイートを一切しない。
野々花が今、いつもの心情ではないということだ。
下手をすると二次創作もこのままやめてしまうかもしれない。
二次創作で書こうとしていたことがばれてああなったのだから。
これでは野々花の小説を書く才能も、埋もれてしまうのでは、と音乃は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます