第4話 漫画研究会に入部する
日常生活において、趣味が充実している生活。学校に行っても、音乃はずっとご機嫌だった。
ラミ丘にはまってから、毎日毎日楽しすぎる。
毎日のように、家に帰ればコミックスを読み、録画したアニメを楽しむ、そして学校でも友人と「ラミ丘」について話す。
高校生になって、新しい楽しみを見つけたことに、すべてが薔薇色にすらなったような感覚だ。そのくらいに楽しい。
好きなものに夢中になれる生活とはなんとも素晴らしいものか、と。
「音乃、最近凄く楽しそうだね」
朝のホームルーム前の教室にて音乃の様子を見て、綾香がそう言った。
「最近もう、楽しくて楽しくてたまらないの! もうラミ丘のことばっかり考えちゃう!」
「だよね、本当に楽しそうだもん」
「ラミ丘、もう大好きすぎてもっと新しい楽しみ方もしたい気分だよー」
もちろん、今のようにアニメを何度も観て、漫画を何度も読み返すだけでも十分楽しい。
友人とラミ丘について話すのも楽しい。
「あ、そうだ。もっと新しい楽しみ方を探すっていうならさ」
綾香はある案を出して着た。
「音乃、じゃあこの学校の漫画研究会に入ったら?」
「漫画研究会?」
漫画研究会。そういえば入学したばかりの頃のオリエンテーションの部活紹介の時にそんな部活があったのを見た覚えがある。
漫画研究会、略して漫研。
何やら漫画などサブカルチャーについて研究してる部活だと聞いていた。そしてオリエンテーションで漫画研究会の部誌を配布していたのである。
その部誌を見たところ、部員が描いたであろう漫画やイラストが掲載されていた。
そういった漫画やイラストを描く部活動なのだと思っていた。
その為に漫画の研究ということで、漫画などを描く部活だろうか、くらいに思っていた。
しかし音乃は高校では部活に入る気がなかったので気にしていなかった。
「ええ、私漫画とか描けないし。部誌とか見た限り、あそこって漫画とか描く部活でしょ?」
「ううん。漫画研究会は、漫画を描くだけじゃなくて、その名前の通りに漫画を研究するみたいな意味合いもあるんだよ。漫画とかアニメとかメディアについて語るとか。つまり漫画やアニメへの愛があれば誰でも入れるの。音乃にはぴったりだと思うよ。きっとそこの先輩達もそういうの好きだと思うし、仲間ができるかも!」
「そうなんだ。んん……興味出て来たかも」
漫画やアニメが大好きな者が入れる部活というのなら、確かに音乃のようにアニメが好きな生徒もいるかもしれない。
そういった者が集まる場所なのであれば、音乃にとっても新しい出会いもあるかもしれない。
「早速放課後に見学に行ってみたら? 案内で部室の場所はわかると思うよ」
そうは言われても、初めて行く場所というのは不安がある。
全く知らない者が集まる場所なのだ。どんな生徒がいるのかもわからない部活動など、自分が行ったところでどうなるかはわからない。それが不安だった。
「綾香―、一緒に来てよ。初めてのとこ、行くのなんか怖い」
「ごめんね、放課後は私、放送部があるから」
綾香はすでに放送部に入っている。綾香は毎日のように放課後は今後の活動のことで忙しいのだ。そうなると、どうしても音乃についていくことはできない。
「でもさ、どんな部活なのかは行ってみないとわからないよ。自分に合う場所なら、音乃はきっともっと楽しくなれると思う。もしかしてラミ丘で話合う人と仲良くなれるかもよ!」
友人のその推しに音乃はちょっとだけ勇気が出てきた気がした。綾香の言う通り、そこにいけば大好きなラミ丘について語れる仲間ができるかもしれない。
「うん、じゃあ行ってみる」
「頑張れ!」
そして放課後。
授業が終わり、勉強から解放された生徒達が放課後は校内で生徒達の明るい声が響く。
部活へ向かう者、帰り道にどこへ寄ろうかと話合う生徒達、アルバイトや塾に向かう者、そのまま帰宅するもの。
生徒の数だけ、放課後とは1人1人がそれぞれのやりたいことがある。
普段ならまっすぐ家に帰ってアニメでも観よう、とする音乃だがこの日は行くべき場所がある。
「漫研の部室は二階の東っと」
部活動の部室一覧の案内を見ながら音乃はそこへ向かった。
そして、足を進めながらも、少々心配なこともある。
「男の子ばっかりだったらどうしよう、オタサーの姫とかになっちゃう?」
なんとなく漫画研究会といったサブカルチャー方面の部活動というものは男子部員が多いイメージがある。そうなると、もしも男子生徒ばかりの部活だとしたら、男子の中で音乃が唯一の女子部員となれば、いわゆるオタサーの姫というものになってしまうのではないかと。
「そもそもアニメや漫画が好きな人達のいる部活っていったって、ラミ丘とか私と同じアニメが好きな人がいるかどうかもわからないし。話合わなかったらどうしよう」
現代におけるアニメや漫画とは膨大な数がある。アニメや漫画といったメディアが好きな者達の集まりとはいえ、1人1人好みは違う。好きなアニメが同じ者がいるとは限らない。
「ここだよね」
目的の場所にたどり着くと、ドアには「漫画研究会」という張り紙が貼られていた。
「とうとう来ちゃった。落ち着け、落ち着け、わたし……」
初めての場所に緊張する。果たしてこのドアの向こうにはどんな世界が広がっているのか。
音乃は覚悟を決めて、ドアを開けた。
「失礼します」
ドアを開けて、真っ先に目に入ったのは、普通に授業に使うような机が、正面同士で向い合せのように並べられていた。
その机の上にノートパソコンを置いて、板状のタブレット端末にペンのような道具で何かを描いている女子生徒。恐らくペンタブレットというパソコン上にデジタルに絵を描く道具だろう。部室にいる女子生徒が2人で何やらタブレットで操作をしていた。
タブレットに専用のペンを使うことで画面に絵が描けるというものを使っているということは恐らく絵を描いてるのだろう。女子生徒の2人はそれを一生懸命操作していた。
一人は眼鏡をかけた髪を後ろにたばねた女子で、もう1人はショートカットの色っぽい小顔で大人びた女子だった。2人とも、話しやすそうな雰囲気の外見ではある。
女性部員がいたことに、音乃は女子が自分だけではなかったことに安堵した。
しかし、音乃の存在に気づかないのか、女子生徒2人は作業をやめなかった。
部室をよく見てみると、恐らく会議をする際に使うホワイトボードに、プリンタ―などがあり、大きな本棚が置いてある。
本棚にはやたら「背景資料」や「キャラクターの描き方」といった本が多い、恐らく漫画を描くための資料だろう。
「あのー、すいません」
部室にいる女子生徒に再び話しかける。
1人の女子生徒がようやく音乃の存在に気づき、作業をやめた。
「あれ?もしかして入部希望者?」
それに続いてもう一人の女子生徒も作業を辞める。
「わあ、よかった! 入部希望者が来た! あ、それとも見学かな?」
「ここ、座って座って」
早速、音乃は用意された椅子に座る。
「ようこそ、漫画研究会へ。よかったー、見学に来てくれただけでも嬉しい」
女子生徒は新しい生徒が来たことでご機嫌だった。
「私が部長の宮平由奈。2年生だよ」
「私は副部長の石野真央、2年生」
2人は自分の自己紹介を始めた。
それにつられて、音乃も自己紹介を始める。
「1年5組の市宮音乃です」
「じゃあ音乃ちゃんって呼んでいい?」
初めて来たばかりの音乃にも、先輩達は優しく話してくれた。
そして、次の話題はいきなりこうだった。
「で、音乃ちゃんはなんのアニメとか漫画が好き?」
真っ先にこのやりとりになる。ここは実に漫研らしい。
音乃はその質問はやはり来たか! と思い正直に答えることにした。
「色々見てはいるんですけど、今期の推しアニメはラミレスの丘です」
「ああー! ラミ丘、いいよねえー!」
「あれ、めっちゃ面白いよね。私も先週の回、リアタイしちゃった!」
やはりこういった部活の部員は流行りのアニメはチェックしている。
あのアニメを好きな者がここの部員にもいたのだと安心した。
「音乃ちゃんはどのキャラが好き?」
「ロシウスとアミエルですね。1話を観て、すぐにコミックスを読んだんですけど、2人とも一気に好きになっちゃって」
「わかるわー。やっぱロシウスのキャラっていいよね! 主人公してて」
やはり漫画研究会だけあってこういう話題は盛り上がる。
そしてしばらくの間、雑談が続いた。
先輩達もかなりのアニメや漫画が好きで、そういった同士で盛り上がったのだ。
「音乃ちゃんのオタトーク聞いてたら、もうこの部活ではバッチリだよ! 大歓迎!」
「そうそう、音乃ちゃんがここに入ったら、毎日こういう話できるよ!」
先輩達はすでに音乃を歓迎モードだった。
このノリならばこの部活に入っても大丈夫だ、と音乃は思った。それに、こんな感じで毎日ここに来れたら楽しいだろう。
「じゃあ、わかりました。この部活に、入ります」
見学に来たばかりだが、部の様子を見てすぐにそう決めた。
「音乃ちゃん、今すぐ入部届け書いちゃったら? 後で顧問の先生に渡しておくよ」
先ほど見学に来たばかりでもう入部の話になるとは、展開が早い。
しかし鉄は熱いうちに打てという。この熱意を逃したら、のちに入りにくくなってしまうかもしれない、と思った音乃はすぐに行動に出ることにした。
「じゃあ、これ入部届けだから」
宮平先輩は入部届けのプリントを音乃に差し出した。
音乃は入部届けを受け取り、さっそく名前を書き始めた。
「1年5組、市宮音乃、と」
音乃はしっかりと名前を書いた。
「じゃあ、これ後で顧問の先生に渡しておくよ」
「お願いします」
見学に来ただけのつもりがあっさり話が進んでしまった。
「ここね、漫画描いててもいいし、普通に持ってきた漫画とか読んでもOKだよ。っていってももう今時紙のコミックス持ってくる子なんていなくて、みんなスマホで電子書籍なんだけどね」
現代における漫画を読む手段とは昔のように紙のコミックスだけではない。
スマートフォンやタブレットといった電子媒体で漫画を読むことができるのだ。
以前、綾香は紙のコミックスを貸してくれだので音乃もそれで買ったが、学校のこういった場所で多種類の漫画を読むとなると、それはもう電子書籍の方がいいのだろう。
「それでね、漫画やアニメについて思ったこととか考察とか、そういうのをパソコンの文章で書いて活動日誌ということにできるから。まさにそういうのをやりたい子にはぴったりだよ!」
宮平先輩は部活動について説明を続けた。
「あ、そうだ」
宮平先輩はあることを思い出した。
「1年生は今日来る子がもう1人いるから。今日来るって言ってたし、その子もそのうち来ると思うよ」
ここには先輩達だけではなく、同級生もいる、と安心した。
1年生がもう1人来る、と聞いてどんな子が来るのか、と音乃は思った。
もしかしたら仲良くなれるかもしれない、と。
そのタイミングで、誰かが部室に来る足音が近づき、部室のドアが開いた。
「お、噂をすれば」
三人はドアから入ってきた人物を一斉に見た。
「すいません、遅れました!」
「えっ」
音乃はその一年生を見て驚いた。
部室に入ってきたのは、以前音乃に絡んだ日村野々花だ。
「同じクラスの日村さん、だよね」
「あ、あなたは市宮さん!」
お互いが驚き、見つめ合った。
お嬢様な彼女がなぜここに。漫研とお嬢様、ミスマッチな気がした。
あの時、彼女は音乃にアニメや漫画の話をするなと言っていた。そんな言い方をするのだから、日村野々花はそういったものが苦手なのだと思っていた。
「な、なんで同じクラスの人が」
日村野々花は驚いた。まるで自分がここにいるのを見られたくなかったかのように。
「2人とも同じクラスなんだ! じゃあ仲良くなれるね!」
教室であった二人のいざこざを知らない宮平先輩はのんきにそう言う。
「音乃ちゃんはラミ丘好きなんだって、野々花ちゃんと気が合うかも!」
この人物にはそれは知られたくない、とお互いが思った。先輩は当然ながらそんな事情を知らない。
「日村さんもラミ丘好きなの?」
「え、ええ。ということは、市宮さんも……」
そこへ宮平先輩が口をはさんだ。
「2人とも、これからは同じ部員なんだから、ここでは苗字じゃなくて同じ部員として名前で呼び合うこと! これ先輩命令ね!」
大して仲良くもない相手にそんなことをしろと言われて地獄だ、と思った。
先輩としては仲良くなれそう、という意味合いで言ってるのだろうが音乃にとっては苦手な存在だ。
「じゃあ今日、お祝いしようよ、音乃ちゃんが部員になった記念に」
「じゃあ、私達お菓子とかジュース買ってくるから、ここで待ってててね」
「ちょ、ちょっと待って……」
野々花がそう言いかけたところで、2人は部室から出て行った。
部室に音乃と野々花の2人が残される。
あまり仲良くもない相手と2人っきりにされる、これはなんという地獄だろうか。
野々花もまるで、苦手な相手といることが嫌なのか、じっと睨みつけていた。
(気まずい……)
このままでは入部したばかりの部活でさっそく嫌な気分になってしまう。
音乃はなんとか話をしようと声をかけた。
「ねえ、野々花もラミ丘好きなんだよね、誰が好きなの?」
先ほどの先輩達のように、音乃はなんとか話題を切り出した。
「……ロシウスとアミエルよ」
野々花は仕方ない、とばかりにめんどくさそうに答えた。
「ロシウスとアミエルいいよねえ」
好きなキャラが同じ、と嬉しかったが、しかしそこでまたもや野々花は黙り込んでしまった。
「これからは同じ部員として仲良くしようね。ラミ丘の話もできたら嬉しい」
なんとか音乃は話しかけた。
「ふん……」
何か気に入らないのか、野々花は切り出した。
「いいこと、音乃。同じ部活の部員だからって、気安く私に話しかけてくるんじゃないのよ」
なぜあまり話したこともない相手にいきなりこんなことを言われなくてはならないのだろう。
同じクラスで同じ部活の部員だからと仲良くなれるわけではない。
人には性格の合う合わないがあるもので、音乃が野々花を苦手なように、野々花も音乃とあまり仲良くしたいとは思っていないようだ。2人は属性が違いすぎる。
これからは2人は同じ部活の部員となると、はたして楽しいものになるのか怪しかった。
しばし陰険なムードが続いたのちに、先輩達が戻ってきて、先輩達は新入部員のお祝いで盛り上がったが、音乃と野々花はあまり話さなかった。あくまでも先輩と話すことがメインで、2人が直接には話さない。
先輩達はその間も、この部活について色々と話をしてくれた。
「部員は他にも何人かいるんだけど、ここには毎日来なきゃってこともないよ。好きな時に自由参加って感じかな。一応、週に1回は顔出しで活動記録を残すって規則があるくらいかな」
この部活は毎日参加が強制ではない。
時折活動として部誌を作るなど、集会はあるものの、基本的に普段は自由参加だ。
基本的に部員は1週間に一度は顔を出すことが規則ではあるが、それ以外は自由である。
「基本的に私達はいつもここにいるよ。いつでも来てね」
先輩達は漫画やイラストの執筆作業や部活としての活動記録を残す為にと、ほぼ毎日部室に来るという。しかし、一年生は今のところ自由である。来たい時に来ればいいとのことだ。
「どんどん来てね。私達も音乃ちゃんのトーク、もっと聞きたいな」
先輩達は優しい。この雰囲気からして音乃にはぴったりで間違いなくここはいい部活だ。
下校時刻になり、部活動の時間が終わり解散になるところ、宮平先輩が音乃にこっそり言った。
「ねえ、音乃ちゃん」
「なんですか?」
「もしかしたら、この部活をきっかけに野々花ちゃんと仲良くなれるかもよ?」
なぜいきなりそんなことを言うのか。これではまるで音乃が野々花と仲良くしていないかのような言い方だ。
「え、なんでそんなことを……」
「……うん。さっきから音乃ちゃん、あまり野々花ちゃんとしゃべってなかったから。あまりうまくいってないのかなって。余計なおせっかいだったらごめんね」
宮平先輩は音乃と野々花が打ち解けそうにないということを見破っていたのだ。
「野々花ちゃん、ちょっときついところあるけど、根は私達と同じアニメ好きだから。同じクラスだし、チャンスはあるかもね。ああ見えて、いい子だよ。アニメや漫画への熱意も凄いし」
宮平先輩はそう言うが、音乃はいまいち信じられなかった。
あの野々花が良い子? 音乃のことをよく思っていないからこそ、あんな態度だったのではないだろうか、と。それにアニメや漫画への熱意が凄いというのも信じられない。先ほどの歓迎会でだって、野々花はあまりそういった話題を出さなかったからだ。
「なんとか、うまくやっていけるように頑張ってはみますね」
「うん、私達も見守ってるから。じゃあ今日は来てくれてありがとうね。気を付けて帰ってね」
そうして、漫画研究会への初日は終わった。
家に帰って、音乃はこれからのことを考えた。
先輩達は優しい。現にアニメや漫画について語ることは楽しかった。これからもああいった時間が過ごせるとなればきっと楽しい日々にはなるだろう。
しかし音乃が気になっていたのは野々花のことだ。
あのお嬢様でつっけんどんな態度である彼女と果たして仲良くなれるだろうか?
同じクラスとはいえ、あまりしゃべったことがない上に、野々花はどこか音乃を見下している部分もある。
「私、あの子と同じ部活でやっていけるかなあ……」
そうつぶやいた。
翌日、入部届けの申請が受理され、音乃は正式に漫画研究会の部員になった。
野々花のことはあっても、野々花は毎日部活に顔を出すわけではない。
それも安心なこともあり、音乃はなるべく積極的に部室へ行くことにした、先輩達とアニメや漫画についてトークをするのは楽しい。
部活動でも先輩達と大好きなラミ丘について語り、たまらなく楽しかった。
そうしている間に、音乃が抱えていた不安は吹き飛んだ。やはり楽しい。充実した日々だ。
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