第13話 小説で勝負しなさい!
音乃はあれ以降、ラミ丘の二次創作で小説を書くことに燃えていた。
あの小説以外にも次もまた新しい小説を書こう、と思っているからだ。
次はどんな話を書こう、とアイディアが閃くと、すぐにスマホにメモをし、どういったストーリーにするかを考える、これが楽しくてたまらない。
あの日、自分の書いた小説に反応がもらえた時から、次は何を書こう? とどんどん書きたい話が浮かんでくるのだ。
アイディアが浮かぶほどに小説を書くことが楽しくなったような気がして。
自分の思い描いた物語が形になること、数日かけて苦労して書き上げた時の達成感、それをアップロードした時の満足感、さらに閲覧数が伸びていくほどに「自分の作品がたくさんの人に読まれている」という嬉しさに、ブックマークがつけば自分の作品を気に入った人がいたということが形でわかる。
ただラミ丘ファンをしているだけではなく、創作という世界に踏み込んだことで、自分もアミロシが好きなラミ丘ファンとして活動が出来ていると思えば、それが幸せだった。
最近はとにかく生活にはりが出来たようにも思える。
「もう本当にラミ丘にどっぷりな今が楽しくて仕方ないよ。人生の何もかもが幸せに見えるの。こんなの初めて」
ここしばらく、音乃にとってはまさに生活が激変する時期だったように思える。
高校に入学したことで新生活が始まったというのもあるが、四月に「ラミレスの丘」を知ってからはまるで時の流れが加速したかのようにあっという間だった。
アニメを楽しみ、原作コミックスを読んで、原作にはまり、SNSを始め、さらには創作活動を始めた。
それに何より、音乃の生活を激変させたことは「腐女子に目覚めたこと」だろう。
今まで知らなかった世界に踏み込み、BLカップリングとう概念を知り、そのキャラにひたすら萌え、SNSによる二次創作チェックを欠かさず、同じ沼の人々との語り合いを楽しみ、しまいには自身も二次創作を始めたのである。
それまでろくに創作すらしたことのない音乃に小説を書くという新しい趣味に目覚め始め、まさにこの数か月で音乃の生活はそれまでとガラリと変わったのだ。
「音乃ちゃん、最近創作活動順調だね」
部室にて、宮平先輩が最近常にやたら楽しそうにしている音乃を見てそう言った。
「ええ、もう毎日のように次に書きたい話とか考えているんです」
創作活動を本腰にする為に、音乃はしばらくの間、顔を出していなかった。
その為に、今日は先輩達に最近やっていることを報告していた。
毎日のように家に帰ればすぐに、アイディアをまとめるためにパソコンを起動させ、文章としてデータにし、次に書きたい小説の一部分を書いてみたりと創作活動に忙しかったからだ。
「音乃ちゃんの小説、読ませてもらったけど、やっぱりあの二人の関係っていいよね」
音乃は創作活動をしているアカウントを先輩達に教えていた。元々は先輩達が背中を押してくれたことにより創作活動を始めたのだ。それならば身近な人々にもぜひ小説を読んでもらいたいということからだった。
「アミエルが優しいお兄ちゃんってことで、ロシウスを弟のようにかわいがってるのとか見ると、やっぱりロシウスもそういうお兄ちゃんみたいなアミエルに日頃の感謝の気持ちとか伝えたいんじゃないかなと思ってあの話にしたんです」
先輩達も腐女子仲間なので、自分の作品を見られて恥ずかしいという感覚もない
「ロシウスってお料理できる設定だし、休日にお菓子とか作ってそう、と思うとまさにあの話は旅立つ前の二人のオフの日って感じで面白かったな」
先輩達も漫画という形で創作をしている者同士だからこうして音乃も二次創作を始めたことで、二次創作を生み出す「そちら側」の人間として話が合うのである。
そんな話題で盛り上がっているところへ、宮平先輩が言った。
「そうそう、今日はちょっと私が用事あるから、ここ、早くに閉めなきゃいけないんだ」
部長である宮平先輩が今日は早く帰らなくてはいけない用事があるらしい。
そして、石野先輩もこう言う。
「それで私も、今日は家で原稿やろうかなって思ってて、だからいつもより早いけどもう帰ろうかなと」
今日は早くに漫研の活動を終えるというわけだ。音乃は早速帰る用意をした。
「じゃあ、部室、もう閉めるね、忘れ物はない?」
「はい」
宮平先輩は部室に忘れ物がないことを確認すると、部室のドアに鍵をかけた。
「じゃあね、音乃ちゃん。また明日」
「さようなら」
部室の前で、先輩達と別れた。
今日はまだいつもの下校時間ではない。
校内では他の部活はまた活動中で、校内には吹奏楽部の練習の音や、廊下では外の校庭からの運動部の掛け声が聞こえた。
「せっかく早くに部活終わったし、今日は他の部活でも見に行こうかな。放送部に行って綾香に挨拶しようかな」
いつもと違い、せっかくこの時間に校内にいるということだ。普段の放課後は帰るか漫研の部室にいるかなので、他の部活のことを知らない。今日はそれらを見て行こう、と。
放送室に行こうとして廊下の角を曲がろうとしたその時だった。
「わっ」
曲がろうとしたところで何者かが突然姿を現し、音乃とぶつかりそうになった。
「何よ、またあなたなの、気を付けなさいよ」
そこにいたのは野々花だった。
以前、教室でもこうやって野々花にぶつかったことを思い出した。
「あれ、今日はもう帰ったんじゃないの?」
野々花は今日、部活に来なかった。ということは帰ったのではなかったのか。
今日は部活動に来ていなかったはずなのに、なぜまだ校内に残っていたのか。
「今日は友達の部活動の応援に行っていたのよ。その用事が終わったから帰る前に漫研の部室に顔を出そうと思ったら、そこで先輩に会って、もう部室は閉まってるって聞いたから」
それで部室に来ようとせず、ここにいたというわけだ。
「いいこと音乃、調子に乗ってるんじゃないわよ」
野々花は突然そう言いだした。
「調子に乗るってなんのこと?」
いきなりこんなことを言われ、音乃は何のことかわからなかった。
「最近、あなたも二次創作をやってるそうじゃない? 先輩達からそういう話を聞いたのよ」
先輩達が野々花に音乃が二次創作をやっていことを教えたようだ。
『あなた「も」』 という言い方が気になった。先輩達のことなのか、それとも……。
「もしかして、野々花もそういうの書くの?」
音乃は気になったことを、ストレートにそのまま言葉に出した。
「ええ、周囲には秘密にしているけど。小説も書くし、二次創作だってやってるわ」
「へー」
意外である。普段の学校生活は友人達と普通にふるまい、アニメが好きということでも、創作活動をやっているとはイメージが違った。
趣味がオープンな音乃と違い、野々花はクラスの友人には秘密にしているからだ。
「私は小学校時代から小説を書いていたわ。私は二次創作以外にもオリジナルだって書いているんだから。昔からよく小説を書くことも趣味なのよ」
音乃にとって小説を書くということはごく最近始めたことだが、野々花はすでに昔からやっていたということだ。
しかしそれはそれである意味お嬢様である野々花らしい趣味かもしれない。
お嬢様といえば、静かで文章を書くことが得意というイメージもある。
「二次創作ってことは、やっぱりアミロシも書いてるの?」
「もちろんよ。私が今まさにはまっているのはアミロシの二次創作よ」
同じラミ丘好きで、なおかつ同じカップリング好きで、それでさらに同じく二次創作をしている者同士、少しだけ親近感が持てた気がした。
野々花がアミロシを書いているのであれば、もしかしてすでにビクシブのどこかで野々花の小説を見たことがあるかもしれない。
しかしラミ丘はまさに現在流行中の旬ジャンルであり、二次創作をしている者はたくさんいる。「ラミ丘 アミロシ」だけでそのジャンルを好きなユーザー達が次々と毎日のように多い日は数十本といった小説をアップロードする。
それではピクシブにも大量の小説があふれているために、どの小説を誰が書いているのかを特定するのは難しい。どれが野々花の作品なのかはわからない。
「どうせあなたのことよ、アミエルとロシウスのあの二人がイチャイチャしてるような話でも書いてるんでしょう。たくさんの人がやってたありきたりな話を」
音乃はその発言にむっときた。まさに音乃が書いているのは野々花の言うような話だ。
「読んでもないのになんでそんなこと言うの? 誰がどんな話書いたっていいじゃない」
個人の思考を他人に押し付けるのは実に不快だ。
「私的には、アミエルが子供の頃から年下でありながらなんでもできるロシウスに嫉妬して、ロシウスをライバル視しようとする方がしっくりくるのよ。幼馴染だからこそ距離が近い分仲良くなれない、みたいな。現に私の書いた小説もそれはそれでなかなかの評判なのだから」
原作の二人からはそうともとれないこともない関係だ。
音乃の好みの趣向である、あの2人が親友という形で仲が良い関係を好む者もいれば、野々花のように、確執があるからこそライバル視している、という関係が好みの者もいるのだ。
現に野々花の書いている二次創作も後者でありながら、そこそこ評判がいい、ということは、やはりそちらの関係が好きだというユーザーもいるということだ。それはそれで需要があると、
「やっぱりあなたとは解釈違いね。きっとあなたの作品は私には地雷だわ」
自分の趣向を押し付け、こちらの好みを蔑み、野々花のいつも挑発するような態度に、いい加減に音乃はしびれを切らした。強い口調でこう言った。
「何よ、いつもいつもそうやって人を見下して! 教室でも部活でもこっちのこと避けてるくせに、こういう時だけ何か言うの!? 趣向が違うとか、私は別に自分が好きだからやってるの! 先輩達だって私の小説を褒めてくれたし、人が楽しんでいちゃ何か悪いの!?」
もう我慢できなかった。野々花の傲慢な態度にも、人の趣向をバカにしてくることも。
腐女子界隈にはそういった「解釈」の違いや「地雷」というものがある。SNS上でも腐女子はそういったことで人間関係が悪くなること多い。皆自分の解釈が合わないというだけで、同ジャンルの人とも仲たがいをするということもある。音乃と野々花はまさにそれだろう。
音乃の反応を見て、野々花は次にこう言った。
「そんなに言うのなら……いいわ、私と勝負しなさい!」
「は……? 勝負ってなんの?」
なぜこの話から突然「勝負」という単語が出てくるのか。野々花の考えが読めなかった。
「二次創作でどっちがより読者の反応を掴めるかの勝負よ! お互いが新作小説を書いて、ピクシブにアップして、期限までに閲覧数とブクマが多い方が勝ちっていう」
つまり、野々花の言う勝負とはどちらの作品がピクシブで読んだ者に面白いと言ってもらえるか、という勝負だろう。
そんなもの、最近小説を書き始めた音乃が勝てるわけない。
「そんな、こと。私に……勝てるわけ……」
しかし音乃は考えた。この話を飲めば、いつもこちらに傲慢な態度を取って来る野々花を見返すチャンスかもしれない。
そうすれば音乃の思う、アミロシの良さも証明できて、その解釈もいいと思われるかもしれないのだ。野々花に音乃のアミロシへの好きという形を理解してもらえる、と。
こんな勝負に自分が勝ち目などあるはずはないことはわかっていた。しかしここで断ってしまえば、今までと同じように、野々花には見下されっぱなしだ。
「わかった。その勝負、のる」
音乃はその話を受けることにした。
「期限は一週間よ! 次の月曜までに小説を完成させ、ピクシブにアップして、そこから一週間、7日間ね。その期限までの閲覧数で多い方が勝ち」
野々花はルールを説明した。
こんなこと、勝ち目はないのはわかっていた。しかし音乃の想いも引けない。
いつも野々花に言われっぱなしなのも嫌だったからだ。それならばこれは見返すチャンスだ。
「じゃあまずはあなたのピクシブのアカウントを教えなさい。ツイッターもよ」
リア友にSNSのアカウントを教える事に抵抗のある人もいるようだが、ラミ丘好き同士ならいいか、と思えたので音乃は漫研の部員にはアカウントを教えていた。勝負の為に、今度は野々花ともお互いのアカウント情報を交換した。
「じゃあ、次の月曜から勝負開始よ!」
今日は月曜日、ちょうどその勝負の始まる日は一週間後だ。
つまり残り日数と土日を使って作品を一つ完成させるというわけだ。
その約束を交わして下校していく野々花の背中を見て、音乃は一人燃えた。
「負けられない……!」
そう呟いて。
家に帰って、今日教えてもらった野々花のアカウントをスマホからチェックした。
「何、このフォロワー数……」
「たんぽぽ」というハンドルネームの野々花のアカウントは、フォロワー数が1500人だった。
それでいて野々花からのフォロー数は200人程度。
アカウント作成日は三年前、つまり野々花は中学1年生からツイッターをやっていたわけだ。
そのツイッター歴の長さと、どうやら書き手として野々花のツイートを見たいであろうユーザーが多く、それで野々花がフォローしている人数よりも、書き手としての野々花を見たいフォロワーが多いのだろう。
一方、音乃のフォロー数は280人だがフォロワー数は約180人だ。
音乃は自分の好きな絵描きなどを進んでフォローしていた為に、一方的にフォローをすることは多くても、フォローバックされることは少ない。
音乃のフォロワーは野々花の約十分の一ほどだ。
「フォロワー数が私の十倍くらいの野々花にかなうわけないじゃん……」
音乃はこの時点で自分は不利なのでは、と思った。
そして、次は野々花のピクシブアカウントをチェックする。
野々花のプロフィールから作品一覧を見ると、野々花はすでにラミレスの丘のアミロシで十本ほどの小説をアップロードしていた。
それも野々花の作品にはいいね数もブクマ数も、どでもすでに十個以上ついている。
「野々花の小説って人気なんだなあ」
自分と解釈は違っていても、野々花の趣向もまた、それだけラミ丘ファンには需要があるということである。
それに比べて、音乃の作品はまだまだ創作を始めたばかりで初めての作品と、その後に書いた二本の三作品しかない。
どれもいいねやブクマもほんの数個ほどで、野々花とは差がある。
勝負にはのったが、この差を見ると、圧倒的な現実を見せられた。
「でももう後には下がれない。私も頑張って野々花に負けない作品を生み出さなきゃ」
音乃はこの日から、熱意を上げて、自分の限界に挑戦する作品を書こうと決めた。
「まずは、テーマを決めて、と。もう一回原作をちゃんと読み返さなきゃ」
音乃は早速、ストーリーを作るために、原作コミックスを読みなおすことにした。
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