第9話 趣向・解釈・地雷って?

大好きなアニメを楽しむスタイルは同じだが、環境の変化により、ツイッターの使い方も変わってきた。

初めはラミ丘ファンだけをフォローしていたが、今度はラミ丘でも「アミエル×ロシウス」つまり「アミロシ」のカップリングが好きな人を大量にフォローした。

 ピクシブで作品をアップしているユーザープロフィールのリンクからそのユーザーのツイッターアカウントにたどり着き、アミロシ作品をアップしているユーザーを次々とフォローしていく。そうなると音乃のタイムラインは毎日のようにアミロシ作品や、萌え語りツイートが流れてくる。

そういったツイートに対するリプライもチェックする


「ロシウスってきっと年上のアミエルのことをお兄ちゃんのように思ってそう」

といったツイートがあれば

「わかるわー、兄弟みたいな関係でアミエルもロシウスのこと弟扱いなんですね」

「二人の子供の頃の話とか妄想すると萌えちゃう」

「きっとロシウスはアミエルのことをお兄ちゃんとして甘えてそう」 

 など同じ趣向の者同士でのリプライの投げ合いも見ることができた。


 こういった同じカップリング、同じキャラが好きな者同士のやりとりは見ていて非常に楽しかった。

 そしてファンによる想像、もとい妄想で描かれた二次創作もほぼチェックしていた。

 ピクシブに「ラミ丘腐」のタグで「アミロシ」と入れられている作品の新作がアップされる度に毎度チェックを入れ、寝る前にひっそりとスマホで楽しむ、音乃にとってはこれが毎晩寝るまでの楽しみだった。

もちろんラミ丘アニメ最新話が放送される日には放送時間の夜遅くまで起きてリアルタイム視聴をしつつツイッターで実況を楽しむことも週に一度のお楽しみだ。

 アニメにはところどころ、原作にはないアニメオリジナルシーンが挿入されることがある。

 それがまた原作との違いであり、アニメならではの演出だ。

 そして今週放送された最新話ではこんなアニメオリジナルシーンが挿入された。

 原作では二人がそれぞれ次の目的地に行くまでに一度行動を共にするシーンがある。

 ここまでは原作通りなわけだが、そこで途中で泉で休息を取るというアニメオリジナルシーンが入ったのだ。

二人が上半身の服を脱いで泉で体を拭き、なおかつ共に野宿をするというシーンだ。

 その時点でツイッターの実況では「やばい、二人で休息とかそれもう恋人じゃん!」「二人の裸キター! やべえー!」「キャー! 二人の身体、目が向けられない!」「アミエルは結構筋肉ついてるけどロシウスは細いのね」「野宿とかこれもう初夜でしょー!」

 そのアニメオリジナルシーンではラミ丘ファンである腐女子達が叫び、舞い上がった。

 そしてアニメオリジナルシーンであった野宿が終わり、再び原作通り次の町に着いて二人はそれぞれの目的の為に別れるのだが、そこでもアニメオリジナルの展開が入った。


 夕日が照らす、町の広場で、アミエルがロシウスとの別れ際に二人がこういった会話をしたのだ。

『身体には気を付けろよ。お前は俺の大事なライバルであり、親友でもあるんだ』

『ありがとう。心配してくれるなんて、やっぱりアミエルは優しいね』

 そんなやりとりは原作にはない会話だったのだ。

『ほら、俺達の友情の証として、拳をぶつけあおうぜ』

 二人は手をぎゅっと丸め、拳を突き出した。そしてそれを拳同士でこつん、とぶつけあう

『じゃあ、僕達友達だよ!』

『おう、そしてライバルだ!』

 その二人の姿をオレンジ色の夕日が照らしていた。まさに青春のワンシーンだ。


 このアニメオリジナルである会話にもまた、腐女子のラミ丘ファンが一斉に叫んだ。

「やっばー! 最新話のアミエル、絶対ロシウスに告白したわー」

「身体には気を付けろとかオカンかよ! まさに家族!」

「絶対これロシウスはアミエルに惚れたでしょー!」

「こんなアミロシ的なアニオリ入れてくるなんてスタッフGJ」


 同じく腐女子のフォロワーが盛り上がっていた。もちろん音乃自身もだ。

「フォロワーさん達の感想見ると、やっぱりあれ見て興奮した人多いんだー」

 こうして同士であるフォロワーのタイムラインを見ていると、気持ちを共有しているようで楽しい。

 リアルでは友人以外には家族にすら秘密にしていて全く話すことのできない世界だからこそ、こういったインターネット上の世界では自分と同じ趣向の人々のつぶやきを見ることで、あのアニメにこういった感想を抱いたのは自分だけではない、仲間がいるのだと嬉しくなった。

 一人で萌えるだけならば脳内で盛り上がるだけだが、インターネット上でのこういったSNSを見れば、同じアニメで自分と同じような感想を持つ人がいる、というのだけでもかなり違う。

 そして早速ツイッターやピクシブでアニメ最新話のアニメオリジナルシーンから妄想を生み出したファンがさっそくそのシーンでの二次創作をアップしていた。

「二人が野宿して夜を過ごしてた時に、2人でこんな会話したんじゃないかなあと思って描きました!」と二人が将来について話すシーンの漫画が描かれたり、「きっとあの夜二人っきりだったからキスとかしてたはず!」と二人が夜にキスをしているイラストなど、まさに原作にはなかったシーンだからこそ、アニメを見たファンがさらに盛り上がる。

 つまり公式による萌えの燃料が投下されたというわけだ。

 原作にはないからこそ、アニメによりさらにファンの妄想が高ぶった。

 音乃にとっては次々とアップされてくる二次創作は楽しくてたまらなかった。

「あのシーンからこんな風に想像したファンもいるんだなー。やっぱツイも支部も楽しい」

 ツイッターの略称が「ツイ」ピクシブの略称が「支部」というネット用語も覚えた。

 あのアニメオリジナルシーンはラミ丘ファンには名場面として大好評だった。

 きっと、今後もこの場面はラミ丘ファンにとって、アニメオリジナルの名シーンとして語り継がれていくだろう。

 原作を読んですでにストーリーを知ってはいるが、そういったアニメオリジナルシーンがあるからこそ、これからもますますラミ丘アニメを見るのが楽しみになる音乃であった。


 翌日も音乃は学校の部室で先輩達とアニメトークをしていた。

「昨日のラミ丘なんですけど、アニオリで2人の野宿展開があって、もう胸キュンでした」

「だよね、音乃ちゃんもそう思ったんだ。あれ、私も萌えたなー」

「みんな思うことは同じなんだね。スタッフはきっと私達みたいな視聴者へのファンサービスも意識しているんだと思う」

 そうやって今日も漫研ではアニメの話題で盛り上がる。

 

 今日は同じ部室には野々花もいたのだが、野々花も大好きであるラミ丘のトークには参加してこなかった。恐らく音乃と話すことを避けているのだろう。

 野々花は窓辺で一人、ひたすらスマートフォンをいじっているだけだ。

「そうだ。私達、ちょっと図書室で資料になる本を借りに行くね」

「あ、はい」

 先輩達は部室を出て行き、またもや同じ部室に野々花と二人っきりになってしまった。

「ね、ねえ」

 音乃はラミ丘について語り合っていた勢いで、野々花とも何かを話したくなった。

 先ほどの先輩達とのラミ丘トークだって野々花には聞こえていたのではないだろうか。

 彼女はかたくなに話題に加わろうとしなかったが、昨日のラミ丘は見ていなかったのかと。

「昨日の、ラミ丘見た?」

 音乃に話しかけられ、野々花はちらりと音乃を横目で見てスマホを操作するのを一旦やめた。

「……見たわよ。それが何?」

 やはり野々花も見ていたのだ。深夜放送のアニメならば夜に寝ていて朝になって学校へ行く前にアニメを観ているなんて考えにくい。きっと音乃と同じように、放送時間にリアルタイム視聴をしていたのだろう。

「アミロシっぽいアニオリ展開あったじゃん。あそこを見て、野々花はどう思ったのかなって」

「……」

 野々花はその質問に、黙り込んだ。

「やっぱりあの二人の関係っていいよね」

 空気が読めず、音乃は自分が思ったことを話す。同じアミロシ好きの野々花ならきっとそこのことをわかってくれると思ったのだ。

「アミエルが優しいお兄ちゃんってことで、ロシウスを弟のようにかわいがってるのとか見ると、すっごく萌えるな。兄弟みたいで、ほのぼのとしてて」

 音乃のその言葉で、野々花は一瞬ピクっとした。

「兄弟みたい? ほのぼの? ですってぇ……」

 野々花はぶるぶると身を震わせた。まるで触れてはいけないものに触れたかのように。

「あのアニオリ展開は納得いかなかったわ! あの二人がイチャイチャするわけないじゃない! 原作ではあんなシーン、なかったのに!」

 突然、野々花は怒り始めた。好きなアニメなはずなのに、それを否定するような言い方だ。

 野々花が怒る理由がわからなかった。野々花もラミ丘が好きなはずではないのか、と。

 あの名場面として大好評だったアニメオリジナルシーンをなぜ否定するのか。

 そして、野々花はこう言った。

「あの2人はお互いをライバル視してこそよ! アミエルはずっと年下のロシウスのことを自分より才能があるって、ライバルのように思っているのに。アミエルはロシウスを可愛がるなんてありえないわ。あの2人はライバル同士よ!」

 野々花は自分のアミロシへの解釈を言った。

 確かに原作の設定ならばそうとれないこともない。2人は年は違うものの、お互いをライバルとして育った部分もあるからだ。

 かといって、なぜ野々花がこんなにも怒るのか。

「あの2人は先輩後輩でもあって、兄弟で友達みたいな関係がいいんじゃないの? きっとアミエルはロシウスを可愛がってるってのがあると思うよ」

 音乃はそう答えた。ネットのアミロシ好きは多くの人がそう言っている。現にこの部活の先輩達もだ。

 音乃のその台詞は野々花をさらにヒートアップさせた。

「いいえ。あの二人はライバルであってこそよ! アミエルが年下のロシウスに対抗心を持っていて、それで、アミエルはロシウスをちょっと妬んでて、いつか追い越してやるって思ってるのよ」

 野々花はまたもや、自分の意見を貫こうとした。

「あの2人はそんな関係じゃないよ」

 怒る野々花をどう落ち着かせればいいのかわからず、音乃はどう言えばいいかと思うものの、今の音乃の発言は空気を読めていなかったのかもしれない。

「あなたとは解釈違いよ! あなたの趣向は地雷だわ!」

『解釈』『地雷』 それはまた腐女子界隈でよく使われる言葉だ。

 お互いがその作品、そのキャラクターの形、設定などをどう受け取るか、でファンによって1人1人その作品、キャラについて感じ取ることが違う場合がある。それが「解釈」である。

 原作のロシウスとアミエルの設定ならば、音乃や先輩達に大半のファンが言うように、「仲の良い親友」という風に取れれば、「お互いがライバル視している」ともとれるのだ。

『地雷』これもまた腐女子界隈でよく使われる単語だ。

『地雷』というのは自分が苦手なものを見てしまうと、嫌な気持ちになることを『まるで地雷を踏んだ』という例えでそう呼ぶ。イラストや漫画で自分に合わないものを見てしまうと、それだけで嫌な気持ちになることは二次創作などではよくある話である。

 つまり音乃のあのキャラへの『解釈』は野々花にとって『地雷』だったというわけだ。

「私からすればあの2人はお互いに競争してたのよ。いつかどっちかを追い越してやろうって」

「でも、あの2人は友達としても仲が良いようにも見えるし」

「いーえ、あの2人はライバルよ」

 野々花はその意見を譲れないようだった。

 野々花のやっていること、これだって自分の趣向を相手に押し付けている。

 一方が思う意見をそうは思っていないもう一方に押し付けるのは人としてどうなのか。

 しかし野々花はお嬢様な分、そこは傲慢な部分もあるのかもしれない。野々花は現にきつい部分があるからこそ、音乃とは仲良くしたいとは思っていなかったという性格がそれだ。

「もう二度と私の前でアミロシについて語らないでちょうだい!」

同じカップリングが好きな者同士なら共通の好みがあるということで仲良くなれると思っていたのに、現実はそうはいかないようだ。お互いの好みを押し付け合うものじゃない。

 野々花がその意思を譲らないのであれば、これ以上仲良くしようとするのも無駄な努力かもしれないのだ。

「……わかった。もうしない。なんか気分悪くしてごめんね」

 結局、音乃がひくという形で、この場を収めることにした。

 勝手に野々花が自分の意見と違うからと怒り出しただけなのに、なぜこっちが謝らなければならないのか、と理不尽にも感じた。

 しかし、これはどうしようもないことだと音乃はそう考えることにした。


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