第8話 腐女子の日々
腐女子として目覚めた音乃はその日からパソコンやスマートフォンでピクシブのラミ丘の腐向け作品を探す日々になった。
新しい趣味を見つけ、周囲にも仲間がいたことでますますテンションが上がり、興奮が収まらず、むしろヒートアップしていく。
音乃は二次創作でいえばやはりロシウスとアミエルの関係がラブラブだったり甘々だったり、アミエルがロシウスに優しくなる感じのするアミロシ作品が好きな傾向にある、
原作のこの二人の関係はロシウスが16才でアミエルが17才という年齢設定の為に、年上のアミエルが年下のロシウスルをサポートするという形に萌えなのだ。
アミエルはロシウスを幼少期からライバル視している設定だが、それでもロシウスのピンチになれば助けに来るという部分もまさに腐女子人気を集めているのか、この二人のカップリング作品はピクシブに溢れていた。
やはりこの二人がそういった関係を描くBL要素の二次創作は多かった。
「やー! このアミロシ漫画すっごくいい!」
音乃は気に入った作品をピクシブで見つけると、ひたすらブックマークしていった。
二人が並んでいたりするアミロシ腐向けイラスト、漫画などなど次々とブックマークしていた為に、音乃のブックマーク一覧はラミ丘のアミロシ作品でいっぱいになった。
「この小説、凄く感動した! 何度も読み返したい!」
さらに音乃はイラストや漫画だけではなく小説も読むようになった。
ウェブ上での二次創作小説は主に「ショートストーリー」の略で「SS」と呼ばれるものだ。
その時まで、音乃は文字でストーリーを追う文字媒体の小説は苦手だった。これまで小説を読むことは夏休みの読書感想文の宿題や学校での読書時間の時くらいだった。
漫画やイラストは絵で見やすく、読みやすい為によく読むが、その反対に音乃は昔から文字がたくさんある本を読む習慣がなかった。
絵がない文字のみの小説は、自分で人物の姿や場面を想像しなくてはならないのでどうしても今まで好きになれなかったのである。
しかし今となっては文字のみの小説を読む楽しさにも目覚めた。
イラストや漫画のようにキャラクターの姿は見えないものの、絵がない文字だけの媒体だからこそ、長いストーリーをじっくり楽しめるということに気が付いたのだ。
小説だからこそ、漫画ともまた違う表現やその場面に至るまでの人物の心理描写が見ていて非常に面白いと。
普段あまり文字の多い本や小説を読まなかった音乃だが、これがきっかけでSSを読むようになったのだ。
「この小説のアミエルってロシウスにこんな感情だからお兄ちゃんっぽいんだ、わかるー!」
目で楽しむならば漫画の方が見やすいはずだが、文字のみの小説は長くストーリーが楽しめる、そして面白い小説は活字であれ、表現に萌えて何度も読みたくなるのである。
「ああー、もう毎日楽しくて楽しくてたまらなーい!」
腐女子に目覚めてから、音乃は毎日が楽しくてたまらなかった。
まるで人生の生き甲斐を見つけたような新しい道に踏み出したような快感である。
音乃は寝る前にスマートフォンからピクシブにログインして一日の終わりを推しカプのイラストや漫画、小説を読むことが楽しみになった。
未成年の為に「R―18」のタグがつけられた作品は閲覧できないのが残念だ。
腐向け作品には性描写が過激なR18というものもある。過激な性描写、つまりキス以上のことということだ。つまり18禁、18歳以下は閲覧することのできない年齢制限だ。
音乃は18才以下の高校生のためにそれらを見ることはできなかった。
「あー、この続きはR18かあ」
ピクシブ上の小説を見ていると、前半は全年齢だが続きの後半がR18指定というものがたまにある。それだと音乃は閲覧することができない。
イラストや漫画においても絵柄や作風など、大好きなユーザーがR18タグをつけた作品をアップロードしていると、その度に自分は見れないと歯がゆい思いをする。
しかしお気に入りのユーザーがR18作品をアップしているのを見ると、どうしても閲覧したい欲にかられる。そういう時にはもどかしさを感じた。
「結構18禁も多いんだなあ。きっとエッチな絵なんだろうな。でも、エッチな絵ってどんな感じなんだろう?」
音乃は一瞬想像した。キス以上のことをする、それは一体どんな絵なのだろうと。
「い、いやいや、私何考えてるんだろう! あの二人がそんなことしてる場面、今はまだ見れない! そんなの私には早すぎるよ! ダメだよ!」
音乃はR18がどんなものかを一瞬想像したが、顔が赤くなり、自分はまだダメだ、と言い聞かせた。
「私は普通の全年齢向けで十分! そういうのは大人になってから!」
全年齢向けの作品もかなりの数がある。これだけでも十分だ、と考えることにした。
そんな日々になったとしても、学校ではいつも通りの生活をする。
放課後、音乃はいつものように、部室へ来た。
「失礼しまーす! って、あれ?」
部室の中にいたのは先輩達ではなく野々花だった。
普段ここにいるのは宮平先輩と石野先輩のことが多いので、珍しく野々花が部室にいた。
「な、何よ! 部室に入って来るのならノックくらいしなさいよ!」
野々花は音乃がここへ来たことに何やら焦った様子だった。手に何か紙を持っている。どうやらそれを見ていたらしい。
「ノックって、私もここの部員だよ。部員が部室に来るなんて普通でしょ」
野々花の姿は同じクラスの為にいつも教室では見るものの、野々花の以前の態度から音乃に積極的に話をすることはなかった。野々花が嫌がるからだ。
いつもならばここには先輩2人がいて、音乃は気軽なのだが、今日は野々花がいる。
「何してたの?」
2人っきりにされるからには同じ部員として無言よりも何か話さねば、と思ったので話す。
「べ、別に。あなたには関係ないでしょ?」
野々花が持っていた紙がちらりと見えた。
「あれ、それって……」
その部分には以前先輩達がパソコンで描いていた薔薇の背景で男性キャラ2人がベッドに乗り上げて、二人で絡み合ってキスをしている絵が見えた。
「それ、先輩達が描いてた原稿じゃない?」
見間違いかと思えたが、薔薇の背景と角度といい、あの時と全く同じ絵だった。見間違えるはずがない。どうやらあれをプリントアウトしたものらしい。
野々花ははっとして、すぐにその原稿を隠そうとした。
「み、見ないでよ!」
野々花は先輩達が描いていたBL漫画の原稿を読んでいたのだ。
あの時の先輩達と同じように、野々花もまたこれを読んでいるところを見られたくなかった。
「野々花って、そういうのわかる人なの?」
「違うわよ! ちょっと先輩に原稿を見てって言われたから読んでいただけよ!」
しかし頼まれたからといって、BL漫画の原稿をを読むだろうか。
漫画やアニメが好きだとしても、男性同士の絡みがあるボーイズラブなど、みんながみんな読めるものではない。やはり同性愛など読んでいて不快に感じるものだろう。
同じ漫画研究会の部員とはいえ、先輩達がそれを見てといったからと、わざわざそんなものに本当に目を通すとは思えない。苦手なら断ることだってできるはずなのに。
「野々花って、もしかして腐女子ってやつ?」
そう言われると、野々花は顔をかーっと赤くした。そして顔をそらす。まるで図星なことをつっこまれたかのように。
「い、いえ、その……、ち、ちが……」
しどろもどろになる野々花に、この態度は間違いない、と音乃は確信した。
先日の腐女子が綾香にばれた音乃と、原稿を描いていた時の先輩達と同じ反応だからだ。
本当に違うのならば即座に否定するはずなのに、野々花の反応はまるで物事を隠そうとする子供のようなものだった。
安心させる為に、音乃は自らのことをカミングアウトした。
「実は、私もだよ」
仲間がいた、同じクラスで同じ部活に。ここにも自分と同じように腐女子がいた。
この部活では先輩達ともそうやってますます親交を深めた。
もしも野々花もそうであれば、共通の趣味でもしかして仲良くなれるかもしれない。
「野々花も、腐女子だったんだね。ここなら、先輩達もそうなの知ってるんでしょ?」
先輩達が野々花にBL原稿を読んで、と言ったのなら、先輩達も野々花がそうだと知っているからでは、と。ならば野々花もすでに先輩達がそうなことを知っているはずだ。
「腐女子とか言わないでよ! こんなこと、クラスの友達には隠しているんだから!」
本当のこととはいえ、触れられたくなかった部分に触られたようで怒っていた。
「もしも友達に私がこんなものが好きと知れたらと思うと……想像するだけで恐ろしいわ」
音乃も最初はそうだった。腐女子になってしまったと、綾香に知られたくなくて、
音乃は綾香に腐女子と話題にできるが、野々花はそうはいかないらしい。
男同士のキャラクターが恋愛するなど、一般人から見ればおかしなものだ。
恐らくここで先輩達には打ち解けていても、クラスの友人には隠しているパターンだろう。
「もしかして、ラミ丘にもそういうはまり方、してたりする?」
音乃はあえて、そこに触れてみた。
野々花はラミ丘が好きだと言っていた。ラミ丘にそんなはまり方をしているかはわからないが。もしも野々花もそうなのであれば、これは近づくチャンスなのではと。
「ま、まあ、そういう形で、好き……でないこともないわね」
野々花は原稿を抱えて、顔を赤くしながら、カミングアウトした。やはりそうだった。
「ねえ、じゃあ推しカプは何?」
ここで音乃がカミングアウトした時にも、先輩達は音乃にももこの質問をした。それと同じように野々花にも聞く。
野々花は、音乃の方をじっと見つめたのち、素直に答えた。
「……アミロシよ」
野々花はそう言った。
「嘘、私と同じカプじゃん!」
なんという偶然だろうか。同じ学校の同じクラス、しかも同じ部活動という身近な存在に腐女子というだけでなく、同じカップリングが好きな同士がいたのだ。
同士を見つけて音乃は少し心がはずんだ。
それとは裏腹に、野々花はすぐにいつものモードに戻った。
「私がどんなカップリングを好きでもいいじゃない。私、外ではあまりこういう話をしたくないのよ。ここでこんな話をできるのは先輩達だけよ」
同じジャンルの同じカップリングが好きな同士が同じ部活ということで仲良くなれそうな気はしていた。しかし現実はそうはいかないようだ。
野々花は先輩達とはそういった話ができても、音乃とはしたくないようである。
先輩達とは違う学年だからこそ、この部活動でしか会わない。しかし音乃は違う。恐らく同じクラスだからこそ、普段から一緒にいる教室が同じな分、音乃とそういった話をすれば、周囲にばれるのを恐れているのだろう。
そこへ部室のドアが開いた。
「戻ったよー。あ、音乃ちゃん、来てたんだ」
宮平先輩と石野先輩だ。
2人っきりの気まずいムードのところへ二人が来てくれて安心した。野々花とこれ以上二人で何かを話せる自信がなかったからだ。
「野々花ちゃん、原稿見ててくれた?」
「はい。あ、先輩、この辺りのコマなんですけど……」
宮平先輩に話しかけられて、野々花は先輩達には愛想よく話す。
同じカップリングが好きということで、もっと野々花とアミロシについて語り合いたかった。
しかし本人が嫌がるのではどうしようもない。
身近に同じカップリングが好きな者がいたとしても、打ち解けられるわけではないのだ。
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