第7話 腐女子ってこんなもの
休日が終わり、月曜日になるといつものように学校が始まる。
音乃はというと、あの時からまるで心の中で何かが弾けたようにピクシブにどっぷりのめりこんだ。
スマホでは常にピクシブにログインしていて、お気に入りの作品を見ることでいつでも楽しい気分でいられた。気に入った絵はブックマークをすればいつでも閲覧できること、よかったと思う作品には「いいね」を押して気持ちを作者に伝えられること。ピクシブを利用しているうちにそういったシステムを自然と覚えた。
お気に入りのイラストや漫画があればブックマークをつける、そしてそれを見返すごとに心が満たされる瞬間。あの日からずっとピクシブに入り浸っていた。
「こんなに楽しい気持ちでいれるなら、これからは学校も日常生活も常に楽しい気分でいれそう!」
音乃はまるで何かに目覚めたように生き甲斐を見つけたような気がした。
学校へ着くと、大勢の生徒が登校してくる玄関で綾香と会った。
「綾香、おっはよー!」
音乃の声は、いつもと違って朝からテンション高めだった。声も大きい。
休み明けの月曜日という日に周囲の生徒達はどこかけだるけな者が多い中、音乃は逆に生き生きしている。
それはやはり新しいことを見つけたおかげで常にハイテンションでいられるからだろうか。
「おはよう音乃。今日は元気だね。あれ? 音乃なんかいいことでもあった? すっごくニコニコしてるんだけど」
「え、そうかな!?」
音乃は学校に来ていても楽しいことがすっかり顔に出ていた。
きっと今、表情がニヤニヤしていたのだろう、そう思い、恥ずかしくなった。
しかし友人に新しい趣味のことを話すわけにはいかなかった。
男同士のイラスト、あんなものを見ていたなど知られれば、きっと引かれてしまうと思ってだ。絶対に言ってはいけないと。
「え、ええと。休みの日、ずっとラミ丘のアニメと漫画読んでて楽しかったなあって」
音乃はとっさに言い訳した。
ラミ丘を楽しんでいたのは本当だが、実は違う意味でも楽しんでいたことは秘密にするつもりだった。
「ふうん。その割にはなんだかいつもよりも楽しそうだけど」
いつもなら友人とはアニメの話で盛り上がりたいところだが、今の自分ではうっかりあのことを口にしてしまいそうだ、と緊張もした。
教室に着くと、音乃は今日一日、楽しいものを見つけたことを声に出してはいけない、と深く自分の心に言った。
「そうだ、ホームルームが始まる前に、トイレ行っておこうよ」
綾香がそう言った。
「うん」
トイレに行くと、綾香は何やら今日の髪型が気になるらしく、鏡の前で止まった。
「やば、ちょっと寝ぐせたってたかも。すぐ直さなきゃ」
綾香は身だしなみを気にしていた。
「いいよ、まだ時間あるし、ゆっくり整えれば」
音乃も同じく鏡の前で身だしなみを整える。二人は持ち歩いていたコームで髪を整えた。
しばし時間がかかり、ようやく用事を終わらす。
「ちょっと時間かかっちゃったなあ。音乃、今何時か時計見て」
綾香はホームルームまでに戻らなくては。と時間を気にしていた。
「えっとねえ」
音乃は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、ホーム画面を開いた。
「あ!」
すると、スマホに表示された画面を見て、思わず声を上げてしまう。
「ん? どうしたの?」
音乃の様子を見て綾香が尋ねる。
「う、ううん。何でもないの、まだホームルーム始まるまで余裕あるよ」
スマホの右上に表示されている時刻を見たものの、音乃はとっさにスマホの画面を隠した。
(しまった! うっかり寝る前に見てたピクシブの画面開きっぱなしだった!)
音乃のスマホ画面にはピクシブのラミ丘作品のブックマークにしていたロシウスとアミエルが抱き合っている上に二人の身体に腕を絡ませているイラストが表示されていたのだ。
(やばい、やばいよ! 私のバカ―!)
一瞬で緊張が走った。なんてものをホーム画面に表示させたままにしてしまったのだと。
こんなものを友人に見せるわけにはいかない。
焦ったあまり、思考停止してしまい、その画面を閉じる暇もなく、すぐにスマホをしまおうと、音乃は制服のポケットにスマートフォンをしまおうとする。
同性愛なこのようなものを見て楽しんでいたと知られれば変態というレッテルを貼られかねない。せっかく高校でできた友人も自分を軽蔑するかもしれない。
「じ、じゃあ教室戻ろうか」
その時だ。
「あっ!」
慌てたあまり、手が震えていた為にポケットに入れようとしたスマホを制服のスカートのポケットに入れようとしたが、間違えて、ヒダの部分にスマホを突っ込もうとしてしまった。当然ながらポケットではない場所のために音乃のスマートフォンがが床に落ちた。
しかも、今まさにスマホ触れていた為に、スマホの画面のライトが消えてないままだ。
これでは先ほどのホーム画面に表示にしっぱなしだったイラストが見られしまう。
「音乃、スマホ落ちたよ」
それを綾香が拾おうとしていた。
ピクシブのイラストが表示されたままの画面を映してるそれを。
「だ、だめー!」
時は遅し、綾香は音乃のスマートフォンを拾ってしまった。
「ん?」
綾香は音乃のスマートフォンを拾おうとした。
すると、綾香はスマホの画面に映っていたイラストを見てしまった。ロシウスとアミエルが抱き合い、お互いの腕が絡んでいるあのイラストを。
(み、見ないで!)
二人の間に、一瞬空気が凍り付いたような気がした。
「音乃、これって……」
音乃は真っ青になった。こんなものを見られたら一気に引かれ、嫌われてしまうと。
よりにもよって、表示されていたイラストは本当に同性愛を思わせるイラストなのである。
しかも綾香もよく知っているラミレスの丘のキャラクター二人で。
「見ないで!」
焦った音乃はすぐに綾香の手からスマホを奪い取った。
「これは、なんでもないの!」
音乃は必死で言い訳をする。綾香も知っているキャラクターでこんな嫌らしいイラストを見られてしまい、もう必死だった。焦り、顔は真っ青だった。
「そういう絵、見るんだ」
綾香は一瞬きょとん、とした表情をしていた。これは音乃に対する偏見の目か。
綾香の反応に、やはり綾香には今のが何なのかを見られていたということを察した。
まずい、と音乃は急に鼓動が速くなるのを感じた。こんなものを友人に見られるなんて、と。
これでは自分がラミレスの丘にとても変態的な目ではまっていると思われてしまう。
「それ、ラミ丘のイラストだよね」
画面を見ただけでラミ丘のキャラクターのイラストとわかるということはやはり綾香にはスマートフォンに映っていた画面がばっちり見えてしまったということになる。
「ち、違うの、これは……」
音乃は必死で言い訳を考えた。しかし、思いつかなかった。
「これは……その……」
音乃はそれ以上言葉が出なかった。
よりにもよって綾香も好きな作品で同性愛を匂わせるイラストなんて引かれて当然だ。
こんなことを最近楽しんでいたとばれればどうなることかと。
「へー……」
しかし綾香はそれを見ても今は驚く様子がなかった。あきれてしまったのだろうか?
次に何を言われるかと、音乃は鼓動が爆発しそうだった。
「そっか、音乃もそっちに目覚めたんだ」
てっきり音乃が見ていたイラストに引くのかと思ったが次に出てきた言葉はこうだった。
「へ?」
綾香は引く様子がなく、むしろ「そっか」と同意するように呟いたことが気になる。
まるでこんなイラストが何なのかを知ってるかのように。
「わかるよ、私も中学からそっちの道へ行ったから。今まで誰にも言わなかったけど」
そっちの道、という表現にまるで音乃が目覚めたことについて何か知っているような口調だ。
しかも綾香もその道へ行ったという言葉も気になる。
「どういうこと?」
音乃は友人の反応を不思議そうに聞く。
あんなことがばれて一大事なのではないかと思っていたが、綾香の反応は想像したものではなかった。偏見の目ではなく、まるで仲間を見つけたという共感の目つきだった。
そして音乃の両肩に両手を乗せてポン、と叩く。
「ようこそ、腐女子の世界へ」
音乃は初めて聞く単語に頭を傾げた。
「ふじょし?」
ピクシブでよく「腐向け」という「ふ」という言葉を目にしたが、その腐とう意味がわからなかった。何かあれらに関係するものなのだろうか、と。
「今時間ないし、学校とか他の人がいるところでこんな話できないから、今日の夜、ラインで教えてあげる。あ、でもこういうこと、絶対他の人がいるところでしゃべっちゃだめだよ」
綾香はそう言った。
これ以降、この日はいつも通りの会話をしただけでそれらの話題は一切出さず、いつも通りの学校生活のまま、学校が終わった。
そして夜になり、音乃は自室で綾香にライン通話を開始した。
音乃はさっそく綾香が言っていた件について聞いてみた
「今日言ってたことについてなんだけど、『ふじょし』ってなんなの?」
音乃はあの時からこの単語が気になっていたのだ。
綾香は音乃のあの態度を見て、一体なぜそんな単語を出したのだろうか、と。
「んー、まずはこのアドレスのリンク先を見てもらった方が早いかな」
綾香はそう言って、ライン画面に何やらURLを貼りつけた。
音乃がそれを開くと、そこには「腐女子というもの」の解説ページが開いた。
綾香は例の「ふじょし」についての解説があるリンクのアドレスを貼りつけたのである。
そこにはこう表記されていた。
「男同士の恋愛・ボーイズラブ(BL)を好む女性。既存のアニメや漫画などのキャラを二次創作で同性愛に結びつけたカップリング(CP)というものを好む。SNSではそういった作品には「腐向け」というハッシュタグが入れられる」
音乃はここでピクシブでよく見たハッシュタグである「腐向け」の意味を理解した。
男同士の絡みを好む、脳が腐っている、その意味で「腐」と表現してそれを好む女性のことを「腐女子」というのだと。
そして再びライン通話に戻る。
「わかる? 音乃が見ていたような、男キャラ同士のああいう描写を好む人のことを「腐女子」っていうんだよ」
綾香のその言葉に、音乃ははっとした。男キャラ同士、という部分で。
「確かに、私、ロシウスとアミエルが絡んでるイラストばっかり見てた。なんでかそういういけない物を見ているようで、すっごくドキドキして。そういう作品ばっかり見ちゃうようになったの。なぜかわからない興奮っていうか」
音乃はあの時から抱いていた、そのことを綾香に打ち明けた。
綾香ならこの感情を何なのか知っているのかもしれない、と。
「そう。音乃が見ていたのはそういう『腐女子』がたしなむものなの」
「へええー。ってことは私以外にもこういうのが好きな人がたくさんいるってこと?」
音乃は今まで知らなかった世界を知ったようで驚いた。
男キャラ同士の絡みを楽しむもの。それはすでにボーイズラブ・腐女子という用語ができるほどにオタク界隈では浸透している属性だったのだ。
「音乃はそれに目覚めたんだよ」
綾香の台詞で、音乃はその世界に足を踏み込んでいたと知った。
しかし、気がかりなのは学校で綾香が言っていた「私も中学からそっちの道へ行った」という発言だ。それも、今ではなく中学時代からという過去に。
「じゃあ、綾香もなの?」
今日言っていた「ようそこ」という部分にはすでに綾香もその手の世界を知っていたことになる。
「うん。そう、あたしも実は腐女子。そういうBLとか好きなの。音乃と同じように」
綾香は衝撃的な告白をした。
「そうだったんだ!」
綾香のその言葉に驚いたと同時に、音乃は自分だけではなかった、と安心感を持った。
同性愛やホモやゲイを思わせる、人によっては気持ち悪いと思えてしまうような趣向を好むのは自分だけではないと。自分の身近にも同士がいたのだ。
「音乃は何のカップリングが好きなの? やっぱりラミ丘のロシウスとアミエルが好きなら、アミロシ? ロシアミ?」
綾香はまたしても謎の組み合わせの発言をした。
「え、何その略称」
なぜ2人のことを縮めて組み合わせるのか、音乃はまたもや疑問に思った。
「こういうBLでカップリングってのはどっちが攻めかどっちが受けかで組み合わせるの」
「攻め? 受け?」
またもや音乃には初めて聞く用語だった。
「じゃあそれもさっきのリンク見て」
先ほどのページを見ると「攻めと受けとはどちらがどちらを好きで、どっちから攻めるのか、どっちがそれを受け入れるのか」という説明があった。
しかし、音乃はそれの意味が好きなキャラ2人にどう当てはまるのかがわからなかった。
「例えば、音乃はどんな雰囲気のイラストや漫画が好き? アミエルがロシウスに告白したり、愛情を向けてるのか、それともロシウスの方がアミエルにそんな感情を抱いているのか」
音乃は少し考えた。自分の見て来た作品の傾向を話す。
「私は…‥年上のアミエルが年下のロシウスを引っ張っていくみたいなのが好きかな」
音乃が好んでいたのはその傾向だ。
年上のアミエルの方から年下のロシウスへの感情を抱き、面倒を見たり、気に掛けたりする、そのパターンが好きだと。
「じゃあアミロシ派だね」
綾香のその発言で、音乃が好きなカップリングはアミロシというものだと知る。
「ちなみにあたしの今の推しカプは「戦隊乱舞」ってゲームの義理丸と喜朗ってキャラの組み合わせ、義理×喜朗なんだ。ギリヨシっていってね」
綾香も似たような単語を口にした。
つまり、綾香が好きなのはその「戦隊乱舞」というゲームに登場する二人の男性キャラクターでその組み合わせのカップリングが好きということだ。
「へー。綾香はそれが好きなんだ」
推し作品は違えど、同じ学校の友人で腐女子仲間がいるというのは心強い。
あんな変態的だと思っていた趣味が自分だけじゃないと思えたからだ。
音乃が好きなカップリングは「アミエル×ロシウス」だから略称はアミロシ。
腐女子のカップリングにおける受けと攻めの意味合いはどちかが攻めか受けになり、どっちがどっちを好きで、という意味合いも知ることができた。
ライバル意識を持っている先輩キャラであるアミエルが後輩であるロシウスを引っ張っていく構図がなんだか好きだ、という趣向もその感情であると。
「綾香はどうやって目覚めたの?」
音乃はふと、そのことが気になった。
音乃はツイッターからピクシブに流れ、そこでそう言った作品を見ているうちにいつの間にかそういう傾向のものが好きになっていたわけだが、綾香はどうなのだろうかと。
中学時代にその道へ行ったということは、すでに何年か前からだ。
「中学時代の友達がね、よくアニメや漫画系のイラストを描いてる子だったんだけど、そこでその子の家に遊びに行ったら、そういうのを教えてくれたの。ただの二次創作ってやつじゃなくて、こういう世界もあるって。あたしもそういう世界全然知らなくて、初めて知った時は衝撃だったよ。でもそのことを知って、あたしの中で何かが変わって、いつの間にかただ漫画やアニメが好きになるじゃなくて、二次創作でそういうBLとかが大好きになったわけ」
綾香がBLを知ったきっかけは違うものの、大筋は大体音乃と同じだった。
「そっかー。綾香はそんなに前から腐女子だったんだね」
「音乃が目覚めたってのはそういうことだったんだよ」
綾香に言われ、音乃は自分が抱いた感情がなんなのかを知った。
それに身近な友人が同じ趣向というのも仲間がいたという親近感も沸く。
音乃はこの日知った、自分が「腐女子」というものになったことを自覚したのだ。
「でもね、こういう話題は嫌がる人もいるから、あんまり学校とか外では言わない方がいいかな。こういう話題は私と音乃だけの時にしようね」
「うん、わかった。私と綾香の秘密だね」
綾香と話したことにより、自分の中で謎の感情だったことを打ち解けて、この日は安心した。
翌日。昨晩の初めて知ったことで今日始まる学校生活の朝はいつもより違うような気がした。
「おはよう音乃、ねえ今日の授業ってさー」
学校に来て、いつも通り綾香と話す。
しかしあえて二人とも「腐」関連の話題は一切出さず、あくまでもいつも通りのやりとりだ。あれはこの学校では二人だけの秘密である。
自分が「腐女子」というものに目覚めたということはわかっても、それは決して他の人には言ってはならないと思った。
そんなことを考えながら、音乃は放課後に部室へと足を運ぶ。
「いくら漫画研究会でも、こんな私の変な趣味知られたらあの部にいれなくなっちゃうかもしれないよね。先輩達だってラミ丘でそんな楽しみ方してるって知ったら嫌かもしれないし」
決して部活ではこのことを知られてはならない。
先輩達も絶賛していた「ラミレスの丘」についてそんなはまり方をしていると知られれば、きっと居心地が悪くなる。先輩達も好きなキャラで同性愛にされているのは嫌かもしれない。
そう思いながら、音乃は部室のドアを開けた。
「こんにちは」
部室の中を見ると、宮平先輩と石野先輩の2人は部室のパソコンで、2人で一台の画面を見ながら何かを言っていた。
「で、ここさ、こうして」
「ここはもう少しこっちの角度がいいんじゃないの?」
音乃が初めてこの部室に来た時と同じように、二人は作業に集中していて音乃に気づかない。
「あのー」
音乃はパソコンをしている二人の後ろに回り、何かに集中している宮平先輩の肩を叩いた。
「あっ、音乃ちゃん、来てたの? ごめんね、気づかなくて」
宮平先輩はパソコン画面から視線を音乃へ移した。
「何してたんです?」
「ううん、なんでないの。今お茶入れるね」
石野先輩はまるで何かを隠そうとしている態度のようにも見えた。
そう言いながら、パソコン画面のウインドウを閉じようとしていた。
「あっ」
すると、石野先輩はクリックのミスで、閉じようとしていたはずのウインドウを間違えて拡大してしまい、画面いっぱいにウインドウがの画像が表示されてしまった。
「音乃ちゃん、見ないで!」
石野先輩は、とっさに画面を隠そうとしていた。しかし間に合わなかった。
パソコンの画面に映ったのは二人の男キャラがベッドに乗り上げて、二人が腕を絡み合ってキスをしている。
男性キャラの周囲には薔薇の絵が描かれており、怪しげなムードの絵だ。
下には枠線のような物も見え、どうやら一枚絵ではなく、漫画だ。
「これって……」
まさに音乃がよくピクシブで見ているようなイラストと同じ雰囲気の絵だった。
先輩達はBL漫画の原稿を描いていたのである。
それを音乃に見られたくなくて焦っていたのだ。
まるで先日の綾香にスマホの画面を見られたくない音乃と同じように。
しかし、そのこともあって、音乃にはこれが何かわかっていた。
「それ、BLってやつですよね」
「え……?」
音乃がその単語を口に出すと、先輩達は驚いた。
なぜBLという単語を知っているのか? ということに驚いたのだろう。
「音乃ちゃん、こういうのわかるの?」
「最近知ったんです。こういう世界があって、それが好きなのを腐女子っていうって」
「って、ことは……」
「私も、最近腐女子に目覚めたんです」
先輩達はお互いの目を一瞬合わせた。そして祝福の声を挙げた。
「わー、おめでとう! 音乃ちゃん、腐女子デビューだー!」
やはり宮平先輩も、石野先輩もそうだったのだ。この二人も「腐女子」なのだ。
音乃が自分達と同じ趣向を持つ「腐女子」に目覚めたということに、同士が増えたといわんばかりに、お祝いモードだった。
音乃もまた、先輩達も同士だったことに、嬉しくなった。
「音乃ちゃんはなんのジャンルでそうなの? 推しカプとかある?」
ここでいう「ジャンル」とは二次創作におけるその既存作品のことを指す。
早く言えば、アニメや漫画でいう沼というものを二次創作で好きな題材ということだ。
そう綾香がラインに貼ったリンクに書いてあった。
「ラミ丘ですね。推しカプはアミロシで」
音乃はここでこんな話ができる、とはきはきと答えた。
「やっぱりラミ丘なんだ! しかもアミロシ、まさに王道だねー!」
先輩達はラミ丘についてそんなはまり方をしていることはちっとも批判せず、むしろ褒めたたえた。
「やっぱり先輩達も好きなジャンルで推しカプとかあるんですか?」
音乃の質問に、まず宮平先輩が答えた。
「私のジャンルはね、「アイドルスラッシュ」っていうソシャゲなんだ。アイドルグループを結成した男の子たちのソシャゲなんだけど、私はその中でトウジとアキトってキャラのカップリングのトウアキが好きなの! 今描いてたのはその原稿なんだ!」
どうやら今、二人がやっていた作業はその作品の二次創作漫画を描いていたらしい。
次に石野先輩が答える。
「私のジャンルは少年ヒショウって雑誌で連載してる「バトルローズ」って漫画のミチヒサ×ハツオってキャラの組み合わせのミチハツなんだ」
音乃と同じように、先輩達にもそれぞれ好きなジャンルと推しカプがある。
そして先輩達もまた、ここでは二次創作のイラストや漫画の原稿を描いていたのだ。
だから先輩達はここではいつも作業をしていたのだ。
腐仲間として打ち解けた漫研部員3人はその後、腐トークで盛り上がった。
先輩達はどのジャンルでの何のカップリングが好きだとか、過去にはこんなジャンルにはまっていただとか、最近腐デビューしたばかりの音乃には実に興味深い内容だった。
先輩達もまた、同じ部活の後輩が同じ嗜好を持っていたことでますます嬉しかったのだろう。
こんなにも身近に二次創作までするディープな腐女子がいるとなると、腐女子とは結構いるのでは、と音乃は思った。
身近に腐女子同士の仲間がいることを知り、音乃は嬉しくなった。
これからは先輩達も仲間だ。それは実に心強い。話も合う。自分だけではないと。
音乃はこれからも腐女子として楽しんで行こうと思ったのである。
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