第7話 ヤンキーと巨乳のおねーさんは、絶賛お取込み中のようです。

 ピンポーン


 俺は、マンションのインタホンを押す。フードデリバリーの宅配先の家だ。


「あー、そこに置いといてくれますー?」


 俺は言われた通り、お店から受け取ったチーズとほうれん草カレーとナンのセット、それからチキンケバブを置くと、無言で立ち去った。


 学校は帰宅部で、クラスの中でも目立たない存在の、お世辞にも陽キャとは言えない毒にも薬にもならない存在の俺には、この、コミュニケーションをほとんど必要としないアルバイトはとってもありがたい。


 さて、今日はもうお開きにするか。

 俺は、道先に置いてあったマウンテンバイクに目をうつす。すると……


 なんてこった!!


 マウンテンバイクが倒れている。てか、なんで前輪のスポークが歪んでんの!?

 まいったなぁ……自転車屋をさがさないと。てかこれ修理したら、今日の収支完全に赤字じゃん!


 俺は、突然自分に巻き起こった不運に、ふつふつと怒りが湧き出してきていると、


 ぞくり。


 突然寒気がした。昨日も感じたことがある寒気。


「はいはいー。小悪魔の痕跡はっけんー」


 ふりむくと、そこには幼い女の子がいた。だぶだぶのネイビーの服をきて、地面につきそうなくらいの青みがかった長髪。


 レヴィアたんだ。


 やっぱり昨日の、夢じゃなかったんだ。


「はー、これはまた小物のご主人にとりついたもんだねー」


 レヴィアたんは、壊れた自転車をみながらため息をついている。

 俺は、思ったことを聞いてみた。


「ご主人って?」

「人間のご主人様だよー。サキュバスは人間と契約して魔力を行使する悪魔だからー」


「サキュバス? サキュバスって確か、嫉妬じゃなくて色欲の幻獣のはずじゃあ……」

「おぉ。よく、お勉強してるね。えらいえらい! wikiでの一夜漬けごくろーさんー」

「ぐ……」


 そうだった。レヴィアたん、俺の思考を読めるんだったな……。俺は、一夜漬けの知識でレヴィアたんに質問する。


「サキュバスとインキュバスって、たしかアスモデウスが使徒する幻獣だよな」

「そーだったんだけどさー。ここ二~三十年で、サキュバスがめっぽう力をつけてさ。

 アッスーじゃあ手に負えないってんで、昨日からわたしの管轄になったんだよ」


「力をつける?」

「そ、魔界の住人ってのは、天界にいる神様ヤカラとおんなじでさ、〝信仰心〟がその力を左右するんだよねー。この国が、サキュバスをやたらとモテはやすもんだから、とんでもない力を付けちゃったんだよー」


 なるほど。めっちゃ理解した。どっかの小説投稿サイトも、サキュバスがどうたらって話、やたらと多いもんな。


「今は、まだ魔界の法改正が進んでなくてさー。あいつら、アッスー配下の雑魚悪魔設定だから、人間界の結界パスポート審査が緩いんだよねー」


 そう言うと、レヴィアたんは、可愛いお手てをぎゅっとにぎって、人差し指と中指の隙間から、親指の頭を「ずにゅり」と貫通させてスコスコと上下させる。


人間界こっちで、ヤリタイホーダイしてるわけー」


 うん、絵に描いたら絶対にモザイク検閲がかかる表現だ。


「そんなわけで、とっとと小悪魔を捕まえるよー。バカなご主人が手掛かりをのこしてくれたしー」

「手がかり?」


 俺が質問すると、レヴィアたんは、モザイク検閲がかかった指で、スポークがひん曲がったマウンテンバイクを指す。


「これを倒した男を追えばいいんだよー」


 そう言うと、レヴィアたんは、モザイク検閲がかかった指を耳元に近づけた。


 ぺぽぱひぷぽぱぽ♪ ……プルルルル……プルルルル……。


 どこからともなく、電話の音が聞こえる。そして、


「しもしもー、ベルゼバブおねーさま?」

『しもしもー、レヴィアタンじゃん! どしたどした?』

「小悪魔の痕跡みっけたからさー。追跡したいんだよねー。ブブちゃん借りれる?」

『オケオケー。頭は何個必要?』

「一個で。てか、人間界で三個じゃ、目立ちすぎちゃうよー」

『メンゴメンゴ。じゃ、頭二つ外したから今から送るね』

「はーい♪」


 ガチャリ。


 レヴィアたんは、モザイク検閲がかかった指を耳から外す。

 すると、地面にポカンと深淵の真円が開いて、そこから一匹の黒い犬が飛び出してきた。


 へちゃむくれの鼻と、ピンと立った蝙蝠のような耳。そして、ずんぐりむっくりの体型。フレンチブルドッグだ。


「ブブワンちゃーん♪ 久しぶりー♪」

「わん! ブゴブゴブゴ♪」


 ブブワンちゃんと呼ばれたフレンチブルドッグは、レヴィアたんに気づくやいなや、短いシッポをブンブンと振り回して、レヴィアたんの顔をなめまわす。


「いやーん! ブブワンちゃん、きゃわゆーいー♪

 キスしよ! ねぇブブワンちゃん、おねーさんとチュッチュちよー♪」


 ブブちゃんと戯れているレヴィアたんは、無邪気そのものだ。

 昨日、公園に倒れていたおねーさんと、とても同一人物とは思えない。


「はぁはぁ……ブブワンちゃんが可愛すぎて我を忘れちゃったわー。

 ねぇ、ブブワンちゃん、お願いがあるんだけどー。

 あそこに転がってる自転車を倒した犯人を追ってくれないー?」

「わん! ブゴブゴブゴ♪」


 ブブワンちゃんは、レヴィアたんに命令されて、俺のマウンテンバイクを念入りにかぎ始めた。

 

「ベルゼバブおねーさまの幻獣、ケルベロスのブブワンちゃん!

 本当は頭が三つあるけど、人間界だと目立つから、残りの頭はおるすばんしてもらってるの。ツーちゃんとスリーちゃんにも会いたかったなー」


 うん。どっから突っ込めばいいんだろう。

 なんだかもういろいろと情報量が多すぎてクラクラする。


 ブブワンちゃんは、ひととおり俺のマウンテンバイクをかいで、最後に片足立ちしておしっこをひっかけると、


「わおーーーーーーーん! ブゴブゴブゴ♪」


 遠吠えをして一目散に走っていく。

 レヴィアタンと俺は、ゴキゲンですたこら走る、ブブワンちゃんを追いかけていった。


 ・

 ・

 ・


 着いたのは、かなり築年数が経過した感じの二階建ての木造アパートだ。その104号室で、ブブワンちゃんがぴたりと止まる。


「…………んだと……コラ…………!」

「…………やめて……………………!」


 薄い壁から、男の怒号と女性の悲鳴が聞こえてくる。なんだかお取込み中のようだ。


「ありがとー。ブブワンちゃん。よーしよしよしー♪」

「わん! ブゴブゴブゴ♪」


 レヴィアたんは、ブブワンちゃんの頭をひとしきり、わしゃわしゃとなでまわすと、ブブワンちゃんの足元に深淵の真円がポカンと開き、ブブワンちゃんはそのままその中に沈んでいった。


「さてと、それじゃ、おじゃましまーすー」


 レヴィアたんは、おもむろにドアノブをひねる。


「ちょっと、いきなり入るのはいくらなんでも非常識じゃないか?」


 さっきから非常識な事ばかり起こっているのに何を今さらって気もするけど、さすがに不法侵入は家主に失礼だ。


「だったら、コッソリ入りましょ♪」


 レヴィアたんは小さなお手てをパチンと鳴らす。

 すると俺たちの身体は、みるみると透明になっていった。


「透明じゃなくて、身体にステルス迷彩の演算ほどこしたんだけどねー。

 ま、細かい説明はいいっこなし」


 そう言うと、レヴィアたんはドアノブをひねって、玄関から堂々と不法侵入をした。

 もう、どうにでもしてくれ……俺はため息をついて、レヴィアたんを追って部屋の中へと入っていった。


 するとそこには、


「ったく、こんなデカパイしやがって、ムラつくんだよ! ゴラァ!!」

「ひぃいい! ごめんなさぁぁぁぁい! でも……もっと強くもんでくださぁぁぁぁぁぁぃ!」


 全裸になってくんずほずれつ、絶賛お取込み中の茶髪ヤンキーと、金髪プリン頭の巨乳おねーさんがいた。

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