第21話 あり得ないものが生えている!!

『今、飲み物を出しますね。コーヒーと紅茶、あと、お酢と緑茶がありますけど、どれがいいですか』

『じゃ、じゃあ、緑茶で』

『かしこまりました』


 俺は、メイド姿の辰巳たつみちゃんに、飲み物を聞かれて、無難ではないお酢の後に現れた、無難な選択肢の緑茶を選んだ。


「はい! そこまで!!」


 演劇部部長の黒沢くろさわ雪奈ゆきなが、りりしく声を張り上げる。


「ほのか! いいわよ! イメージ通りよ!」

「ほんとうですか!? ありがとうございます!!」


 辰巳たつみちゃんは部長に演技を褒められて、可愛くはにかんだ。


壬生みぶくんもなかなかいいわね。おどおどした演技が板についている」

「ええと……あ、ありがとうございます!」


 俺、褒められたのか?? わからん。


 なし崩し的に演劇部に入部して一週間。俺は流されるまま、稽古に励んでいた。

 俺の役は探偵事務所に探し人を訪ねてきた役で、名前もない端役中の端役だ。


 一方の辰巳たつみちゃんは、ちょい役なんて言ってたけどとんでもない!

 探偵事務所の助手役で、終始出ずっぱりでセリフも多い。

 訪ねてきた依頼人に、やたらとお酢をお勧めするすっとぼけた役どころだけど、それが探偵事務所のミステリアスな雰囲気を演出するのに一役買っている。


 辰巳たつみちゃんはそんな大事な役どころを、終始ニコニコと笑顔を絶やさずに堂々と演じていた。


 通しで劇を行った後、部長の黒沢くろさわがウンウンと首を上下にうごかした。


「全体的に良くなってると思う。でも、卯佐美うさみ。あなたはいまひとつだわ。探偵事務所の所長のキャラクターをつかみ切れていないようね」

「……すみません」

「所長はこの物語の主人公なんだから! もっとエキセントリックに、大げさに!」

「わかりました!」


 うん、演劇の素人の俺にはさっぱり解らんが、部長の黒沢くろさわの熱のこもった演技指導は、主演の卯佐美うさみ真由里まゆりを激しく叱咤する。


 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムが校庭に響き渡る。下校時間だ。


「ふぅ。じゃ、今日はおしまい!

 あ、卯佐美うさみはちょっと残ってちょうだい!

 ギリギリまで個人レッスンするから!!」

「はい! 喜んで!!」

「他のみんなは解散!」


 今日は、卯佐美うさみか……黒沢くろさわのやつ、本当に練習熱心だな。

 黒沢くろさわは、毎日のように、部員の誰か一人と居残り練習をしている。

 そして、居残りを言い渡された部員たちも、大喜びで練習に参加する。


「じゃ、お先に失礼します」


 俺は、大急ぎで部室を出ると、隣の空き教室へと駆け込んだ。

 俺がいたら、辰巳たつみちゃんたちが制服に着替えることができないからだ。


 しっかし、黒沢くろさわがあんなに女子に人気があるなんてな。

 俺は演劇部に入ってからというもの、黒沢くろさわの女子人気をイヤというほど見せつけられていた。


 黒沢くろさわに話しかけられた演劇部の女子たちは、のきなみ目をハートにしている。辰巳たつみちゃんだって例外じゃない。

 辰巳たつみちゃんは、今日も居残り特訓が自分じゃないとわかった途端、明らかにしょんぼりとして「いいなぁ……」と、つぶやいていた。


 なんだろう? カリスマ?


 黒沢くろさわのやつ、なんだかわかんないけど、女子をひきつけるフェロモンかなんか放ってるんじゃなかろうか……。


 ゴンゴン。


 着替えを済ませたタイミングで、空き教室の鉄製のドアがノックされた。

 辰巳たつみちゃんだ。

 

「センパイ、着替え、終わりました?」

「あ、うん。今行くよ」


 俺は、ドアをガラガラと引いて教室の外へ出る。


「じゃ、帰ろうか」

「はい!」


 俺と辰巳たつみちゃんは、並んで廊下を歩く。

 嗚呼! 青春だなぁ! 俺、今、めっちゃ青春してる!!


 童貞は、予期せぬハプニングで卒業できたとはいえ、未だ彼女いない歴=年齢なんだ。このチャンスは絶対に逃しちゃいけない気がする!


 告白するならいつのタイミングだ?

 やっぱり、文化祭が終わった後かな??


 俺は辰巳たつみちゃんと一緒に校庭に出て、楽しくおしゃべりしながら家まで送り届けて、そのままスキップしながら家路についた。


 そして、とんでもなくアホな俺は、そこでようやく気が付いた。


「ゲ! 家の鍵、忘れた!!」


 なんてこった……学校にUターンかよ……。

 俺は重い足取りで学校へと向かう。


 家路へと急ぐ沢山の生徒たちに「こいつ、なんで学校に向かってるんだ?」という白い目にさらされながらとぼとぼと校舎に入り、ふらふらと三階の空き教室へと向かった。


 そこで俺は、とんでもない声を聞いてしまった。


黒沢くろさわ様、もっと、もっとーぉ!

 私をいじめてくださーーーーーーい!!!!」


 卯佐美うさみの声だ。


 随分とエキセントリックだけど、あきらかに役のセリフじゃない。

 俺は、演劇部の部室から聞こえてくる、主演の卯佐美うさみのなまめかしい喘ぎ声につられてしまって、部室の中をふらふらとのぞき見してしまった。


 そこで俺は、ありえないものを見た。


 え? 生えている??

 黒沢くろさわに、あり得ないものが生えている!!


黒沢くろさわ様、わ、わたし、おか、おかしくなっちゃうぅぅぅう!」


 黒沢くろさわの股間には、俺なんかよりもはるかにたくましく黒光りするイチモツがそそりたち、素っ裸で四つん這いになって特別指導を受けている卯佐美うさみに激しく打ち付けられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る