第3話 親友と幼馴染が、明日セックスするそうです。

 俺は、マウンテンバイクをキコキコと漕ぎながら、さっきまでのなんとも不思議な経験を思い返していた。


 トップアイドルにいきなりキスされて、そのまま童貞を奪われて、二回戦を始めた直後にこれまたトップアイドルの彼氏が出てきて修羅場に突入して、なんだかあやしいおねーさんが、彼氏から白く濁ったあやしい光をしぼりとって美味しくいただいていた。


 うん。思い出してみても、全く現実味がない。

 ただ、彼氏の飛山ひやま炎児えんじが倒れた時の、春日井かすがいゆみの最後の言葉……


「今日のことは、絶対に誰にも言わないで。お願い!」


 あの言葉を言った春日井かすがいゆみは、俺に対して一切の好意を抱いていなかった。

 出会って五秒でキスをして、そのままセックスをして、二回戦の行為に挑む気満々だったのに、最後の言葉は俺にちっとも好意を抱いていなかった。


 一体、本当になんだったんだ?


 俺はマウンテンバイクをキコキコと漕ぎながら、家路をめざしていく。すると、


「よう、壬生みぶ


 制服姿の塩味系メガネイケメンに声をかけられる。

 親友のいぬいだ。制服を着ているから部活帰りか?

 横には、同じクラブに所属している同じく制服姿の彼女を連れている。


流斗りゅうとはバイト? この暑い中、宅配バイトなんてどうかしてるよー」


 ショートボブが似合う、ちょっとボーイッシュな美少女。

 俺の家の隣に住む……つまり、幼馴染の乙部おとべ澄香すみかだ。


 俺は、マウンテンバイクを降りると、ふたりと一緒に歩き始めた。

 そして、思ったことを素直に言った。


「俺からしたら、お前らの方がどうかしてるけどな。夏休みにわざわざ学校に行くなんてさ」

「そりゃ頑張るよ。部活存続の危機なんだからな!」

「そうだよ。アタシたちの代で文芸部を廃部にはできないもん」


 いぬい澄香すみかが語気を強める。


 いぬい澄香すみかが所属している文芸部は、たった二人しかいない。

 つまりは、高三の二人が卒業すると、そのまま廃部になるわけだ。


「文化祭が最後のチャンスなんだよ。文集と、あと演劇部に提供するシナリオ。そいつでアピールしてなんとでも下級生をゲットしないと!

 ……あ、そんじゃ、俺、コッチだから」


 いぬいはスチャとメガネに手をかけて、曲がり角をまがる。


「おー、じゃーなー」

「ばいばいー」


 俺と澄香すみかが、別れのあいさつをすると、いぬいは、ちょっと緊張した面持ちで澄香すみかをみつめた。


「じゃあ、明日……」

「うん……」


 澄香すみかは、頬をあからめてコクンとうなづく。


 え? どう言うこと??


 俺と澄香すみかは、いぬいと別れて家に向かって歩いていく。


「…………」

「…………」


 俺たちは、無言で家へと向かっていく。

 いつからだろう。澄香すみかとふたりっきりになると、なにを話せばいいのかわからなくなる。

 小学校の時は、一緒にお風呂に入ってた仲だったのに。


 ・

 ・

 ・


「俺、好きな人いるんだ。二組の乙部おとべ


 いぬいから、そう告白されたのは半年前だ。


「へ、へえ。そうなんだ」


 俺は勤めて冷静にそう答えた。うろたえているのを知られたくないからだ。


「なぁ、壬生みぶ、お前と乙部おとべって幼馴染だろ? だったらさ、乙部おとべの好みとか知らない?」

「好み?」

「来週、乙部おとべの誕生日だろ? だからさ、告白と一緒に何か気の利いたプレゼントもわたしたいかな……って」


 俺はいぬいに、澄香すみかが好きなフレンチブルドッグがプリントされたポーチを勧めた。澄香すみかが新しいポーチが欲しいって言っていたからだ。


 いぬいのプレゼントを持参した告白は、見事成功した。約半年前、今年の三月の出来事だ。


 後悔?

 そんなの全然ない。だって、澄香すみかはただの幼馴染で、いぬいは俺の大親友だから。


 ・

 ・

 ・


「じゃあな澄香すみか


 結局、俺たちは、家に着くまで一言もしゃべれなかった。

 俺は、家に入ろうとすると、香澄はなぜだか俺のシャツの裾をひっぱった。


流斗りゅうとの家って、今だれもいないでしょ?」

「うん。両親が共働きだしな。澄香すみかも知ってるだろう?」

「だったらさ、今から流斗りゅうとの家、寄っていい?」

「? まあいいけど……」


 俺は、マウンテンバイクを車庫に停めると家の鍵を開ける。

 冷房をつけっぱなしの家は、ひんやりとしている。


 ぞくり。


 俺は、背中に寒気を感じた。そして、聞き覚えのある声が頭に響きわたる。


(わぁ! 美味しそうな嫉妬♪)


 え? あのおねーさんの声? どういうこと?? 


 すると、寒気を感じた背中にぬくもりを感じた。やんわりと心地よい人肌だ。

 ふりむくと、澄香すみかが背中にしがみついていた。


「……あのね。明日、いぬい君の家に行くの」

「へぇ、そうなんだ」

「そこでね。アタシ、いぬい君に求められると思うの……」

「な、なにを?」


 俺はピンときていた。ピンときたけどすっとぼけた。すると……


「セックス。アタシ、きっといぬい君とセックスする。

 ……だから、その前にアタシの処女を、流斗りゅうとにもらってほしいの」


 そう言うと、澄香すみかは俺の前に回り込んで、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。

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